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閑話 風使いは月夜に想う その二

 ダンジョンでは様々な事があった。私は風の流れさえあれば近くの地形や構造、動くモノの有無も分かるが、探っている間はやや無防備になる。その間はトキヒサとスライムが私を守るのだが……誰かに守られるというのも新鮮で意外と良いものだ。

 途中休憩を取った時、トキヒサが何もない所から食料を取り出した時には少し驚いた。

 ダンジョンでは基本的に空属性やそれに類するスキルは使用できない。何故かは不明だが、一説によるとダンジョンの中と外は道が続いていたとしても別の種類の空間になっているという。なので空属性による物の出し入れも本来なら難しい筈だ。

 そこで私はトキヒサの加護の“万物換金”と“適性昇華”を知る。……これが『勇者』がこの世界に来る時に貰える加護か。戦闘に向いた加護のみだと勝手に思っていたけれど、ダンジョン踏破という一点であれば“万物換金”はとても使える加護だ。

 しかし道中数体のスケルトンが陣取っている部屋を見つける。そこを避けると遠回りになる上に、向こうが移動中に待機する場所を変えないとも限らない。

 時間の浪費を避ける為に作戦を立てて正面突破を試みる私達。だが予想外の事が起きた。トキヒサより先に突入した私だが、そこで見たのはスケルトン達を蹂躙する別の何かだった。

 その場を離れようとするが間に合わずにその怪物と視線が合う。いけない。このまま逃げても視線が合った私を追いかけてくるのはまず間違いない。私一人なら逃げ切れるが、その場合トキヒサが追いつかれる。……ダメだっ! そんなことはさせられない。

 私はトキヒサに部屋に入ってこないよう叫ぶと、目の前の怪物の動きを見逃さないよう集中する。しかしトキヒサは制止も聞かずに入ってきてしまい、足止めするから逃げろと言っても聞く耳を持たない。そんな頑固な雇い主を護るべく、なし崩し的に二人(とスライム一匹)で戦う羽目になった。

 ゴリラ凶魔と呼称するこの凶魔の胸部に見える魔石は、クラウンが牢で使った物とよく似ていた。私はその時眠っていたので対処法を尋ねると、魔石を壊すか取り出せば良いらしい。

 だがトキヒサはあろうことか、この状況で相手を助けたいと言ったのだ。ここは自分の安全が優先だろうに。……こんな奴だから私の提案を受けたのだろうなと内心呆れながら、依頼主の望みを叶える為に作戦を立てる。

 作戦は上手くいき、ゴリラ凶魔の動きを封じる事に成功する。だがトキヒサが魔石を引き剥がそうとした時、拘束を無理やり振り解いてゴリラ凶魔が反撃してきた。直撃すればトキヒサはかなりの深手を負うだろう。

 咄嗟に風でトキヒサを吹き飛ばして攻撃を避けようとするが、僅かに一秒か二秒足りない。このままではやられると思ったその時、現れたのが自称流れの用心棒のアシュ・サードだった。

 アシュは凶魔の腕を断ってトキヒサを助け、そのまま訳を聞いて凶魔の魔石を摘出した。その剣の軌跡はまるで見えなかった。私が知る剣士の誰よりも速く、鋭く、そして恐ろしい剣の冴えだ。

 トキヒサは素直に感心していたが、その剣がこちらに向けられるかもとは思わないのだろうか? ダンジョンではヒト同士のいざこざなど珍しくもない。念の為私だけは用心しておこう。

 魔石を摘出した結果、凶魔は徐々にヒト種に戻っていく。その途中、アシュの雇い主だという少女、ジューネが現れた時は驚いた。

 ダンジョンと言えばモンスターが徘徊し、気を抜けば罠の餌食になる危険な場所だ。そんな場所に護衛一人で潜ると言うのはまずない。

 あり得るとすれば商人本人が護衛が要らない程の傑物か、護衛が一人で十分な程の実力を有している場合だ。……おそらく後者だろう。一応助けた男の事もあり、二人はしばらく同行することになった。

 その後ジューネから日用品や助けた男の衣服等を買い込み、ついでに交渉の結果転移珠を一つただで貰うことに成功する。

 ……こう言っては何だけれど、ジューネは商人にしてはまだ経験が浅いようだ。少し交渉するだけで商品の値引きを許し、品を確かめもせずにタダにしてはいけない。……トキヒサは何やら要らない物まで買ってしまったようだけど。

 その日の夜、ジューネ達に話を聞いてみると、このダンジョンは位置的に交易都市群と魔族の国デムニス国の中間に位置しているという。

 ……デムニス国の名前を聞いて少し思う所があるけれど、今はそれよりも護衛が優先だ。ジューネ達は明日の朝出発するというが、トキヒサは助けた男が目を覚ますまでここで待つという。それだけでなく私に契約を解除してジューネ達と一緒に行くかなどと聞いてくる始末。

 多少頭にきて額に“風弾”をお見舞いする。バカにしてもらっては困る。一度受けた仕事は契約違反が無い限り投げ出さない。それに私から提案した契約だ。依頼人(トキヒサ)が待つと言うならギリギリまで私も待つ。

 しかしこのままでは危険が大きいのも事実。……トキヒサが危険だと判断したら無理にでも脱出させるが、そうならないよう私はジューネに取引を持ち掛ける。助けた男が出発までに目を覚ませばアシュがジューネと一緒に護衛し、目を覚まさなくとも私達に道具などの援助をするという内容だ。

 対価としてこちらが支払うのは、これまで私達がダンジョンで見聞きした情報。情報も商品とするジューネならばこの提案に乗ってくる可能性はある。

 結論から言うとジューネはこの取引を承諾した。情報の真偽と言う点で多少疑っていたようだが、アシュが横から少し口を挟むと何故かすぐに了承したのだ。……アシュとは多少互いの能力を護衛の為打ち明けているが、それが良い方向に働いたらしい。




 そうして明日への仕込みも終わり、私達は交代で休みを摂る事になった。そして私の番になる少し前。

「…………んっ!?」

 私は誰かの声で目を覚ます。仕事上……と言うより子供の頃からの気質か。夜中の襲撃なんてざらだったので、私はいつの間にか微かな物音でも目を覚ますようになっていた。安眠と言うのはこの所あまりしたことはないが、仕事には役立っているので治す気も特にない。

 どうやらアシュとジューネが話をしているようだった。こちらを害する相談なら奇襲をかけるか寝たふりを続けて情報を引き出すが、単に取引についてのようだったので聞くのを止める。それから少しすると、ジューネはどうやら自分の寝床に戻ったようだった。

 このまま寝直しても良かったのだが時間が中途半端で眠りづらい。仕方がないのでそのまま起きだしてアシュと見張りを交代しようとするが、アシュはそのまま一向に戻ろうとしない。そして、私にヒトを探していると切り出した。

「ヒト?」
「ああ。もしかしたら知ってるか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何本かの線をくっつけたような痣。そして珍しい加護かスキル。……もしかして? 私は()()()人物を思い浮かべる。一人はトキヒサ。以前ちらりと右手首に妙な形の痣が見えた。それに“万物換金”と“適性昇華”の加護。可能性は高いだろう。そしてもう一人……。

「っ!? 思い当たる人がいるのか?」
「……その前に聞かせて。アナタは何故そのヒトを探しているの?」

 その答えによっては話せないという言外の問いに、私達の間に沈黙が流れる。あるのは焚き火の弾ける音とトキヒサ達の寝息くらい。そのまま一分ほど過ぎると、根負けするかのようにアシュは大きく息を吐きだした。

「……はあっ。分かった。言うよ。俺は今でこそ流れの用心棒をやっているが、それとは別に依頼を受けている。今言った奴を探せってな。それで見つけたら報告する。……依頼人は聞くなよ」
「それだけ?」
「ひとまずはな。一応軽くその相手と話をして、要注意人物だったらそれも報告する。それ以外は指示は受けていない」

 予想以上に軽い内容に少し拍子抜け……いや、もう少し確認しておこう。

「……無理やり拘束するとか、危害を加えるという事はないのね?」
「向こうが話し合いに応じず、こちらを襲ってきたりしない限りはな」

 アシュに僅かな指示のみという事は、それだけ彼の自由意思に任せているという事。となれば、

「……分かった。こちらも話すわ。だけどタダとはいかない」
「それはそうだ。いくら欲しい?」

 アシュは服から小さな布製の袋を取り出す。しかし中から聞こえるジャラジャラという音から、かなりの金が入っていることが分かる。それも多分金貨が数枚以上。金か。それだけあれば……。

「……いえ。今は言わないでおくわ。その代わり、これは貸しにしておく。いずれ返してもらうから」

 どのみちしばらく同行するのだ。いざと言う時の為に貸しを作っておいた方が無難だろう。あとで役に立つかもしれないから。




 私の対価を貸しにするという言葉に、アシュは宙を睨んで軽く何かを考えているようだった。

「まずい相手に借りを作った気がするが……まあ良いだろう。じゃあ情報を貰おうか」
「ええ。……だけど、()()()()()()()()()()()()だから全ては話せない。それで良い?」
「そこは信用問題になるから仕方ないな。では言えない所はぼかしてくれ。こちらである程度推測する」

 傭兵の仕事は信用が第一だ。簡単に前のとは言え依頼人の情報を漏らすような傭兵には良い仕事は回ってこない。アシュはすぐに方針を決め、私に話を促した。

「では話すわね。……私がそいつに会ったのは、今から七日前のこと。ヒュムス国王都でよ」

 そう。私にはトキヒサの他にもう一人思い当たる奴がいた。私がクラウンに雇われてすぐ、『勇者』を襲撃する為のメンバーは下見を兼ねて現地で集まったのだ。

 私も含めて全員黒いローブとフードで素顔は分からない。だがその際にちょっとしたいざこざがあった。幸い軽い牽制をしあうだけで済んだのだが、その時一人のローブが少しめくれて左腕が露わになった。そこにあったのは、アシュの言うような奇妙な痣だったのだ。

「左腕ねぇ。これまでのメンツには無かった場所だ。……これは当たりか?」
「……何?」
「あ、いや。何でもない。続けてくれ」

 アシュの呟きに妙な違和感を感じながらも続きを話し始める。そいつは声から男だとは分かったけれどそれ以外は不明。そしてその男には奇妙な能力があった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「止めるって……どんな風に?」
「……何と言えばいいのか。彼が手を伸ばすと、突然見えない何かに捕まったみたいに止まるの。そしてそこらに投げるような仕草をすると、止まっていた物も同じように飛ばされてしまう」
「成程ねぇ。確かに妙な能力だな」

 ずっと対処法を考えているのだが、強いて言うなら認識できない所からの不意打ちくらいだろうか。しかし正面からではどうにも勝ち筋が見えてこない。

「その男は今も王都に?」
「……分からない。ただメンバーの中に空属性持ちがいるからもう移動している可能性が高いわね。今私が話せるのはこれくらいね」
「う~ん。他に何かないか? これだけだとどうも」

 確かに情報としては弱いか。しかしこれ以上はクラウンの方に関わってくる。あとは……。

「……じゃあ今度は俺から質問するから、答えられなかったら答えられないって言ってくれ。それなら問題はないだろう?」

 アシュの言葉に私はこくりと頷く。あくまで推測なら問題ないだろう。私はそうしてアシュの質問に時には答え、時には答えなかった。しかし流石と言うか、アシュは()()()()()()()()()何らかの情報を得ていたようだった。

 そうしてアシュの言う借り一つ分になるまで話を終えた後、トキヒサを起こして私達もまたゆっくりと眠りについたのだ。

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