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走れっ! 駆け上がれっ!

 俺は貯金箱を構えながら台座にじりじり近づく。そして宝箱にギリギリ手の届く所まで近づいた時、

「……んっ?」

 台座の周りだけ床の色が微妙に違う。よく見ないと気が付かない程度だし、普通は宝箱や台座に目がいって分からない。

「……そういうことか。エプリっ! 床にも何か仕掛けがある。壁と床、両方に注意してくれ!」

 エプリは何も言わず頷く。これはおそらく罠の定番の落とし穴だ。問題は()()作動するか。

 乗ったら作動する奴なら乗らなければ心配ない。宝箱に触れたり開けたりした時の場合も何とかなる。最悪なのはもう一つの可能性。

 こういう事態の先読みとかは“相棒”に敵わないが、足りない分はダンジョンの知識と想像力でカバーしようじゃないの。

「三つ数えたら換金する。終わったらすぐ階段を駆け上がるからな。ジューネも全力で走れよっ!」
「分かってますとも!」

 微妙にジューネの声が震えていたが、それは武者震いだと信じたい。

「じゃあ行くぞ! ……三、二、一、換金っ!」

 その瞬間、宝箱はフッと消え去った。さて、ここで最初の問題だ。宝箱は換金できたが中身の買取不可だった“何か”はどうなるのか? 答えは……()()()()()()()()()()()

「おっと!?」

 空中に放り出された物を受け止めると、それは拳大のサイズの石だった。全体的に丸みを帯びているが所々デコボコしている。色は反対側が薄ら見える澄んだ青。魔石にしてはデカいな。それに何というか少し違う気がする。うまくは言えないがこう……質というか。

 ビー。ビー。

 突如として部屋中に耳障りな警報音が響き渡った。

 どうやら最悪の可能性が的中したらしい。宝箱が()()()()()()()時に作動する場合だ。重量センサーでもあったのか?

 そして床が揺れだし、台座の周りから順にヒビが入る。これは落とし穴と言うより……マズイっ! 

「全員走れえぇっ!」

 俺は叫びながら石をポケットにしまい込み、一目散に階段に向かって駆ける。その僅か一秒後、台座の部分()()の床から次々と崩落を開始した。

 台座の周りだけ違う色だったからこの可能性も考えていたが、まさかほんとにやるか普通!? これでは下手したら宝物だって落っこちるんだぞ!!

 そんな事を考えながら、俺は先に走っていたエプリ、ジューネ達と一緒に階段を駆け上がる。チラリと後ろを見ると、どんどん崩落が進んで遂には階段も下から崩れ始めていた。それと同時に反応のあった壁がスライドし、中から何かが飛び出してくる。アレは……。

「……っ!? 気を付けて。ボーンバットの群れよっ!」

 エプリが珍しく焦ったような声を出す。その名の通り全身骨だけの蝙蝠が、凄まじい勢いで部屋になだれ込んできた。

 大きさは羽(骨だけど)を広げて大体十五センチぐらい。あまり大きくもなく、大して怖そうでもないと思えるのは一匹だけならの話。骨蝙蝠が群れで襲い掛かってくるのはホラー映画さながらだ。

 ……今更だが、仕掛けた網はあまり効いていないようだ。一応何体かは引っかかっているが、大半が小柄だから網の目を潜り抜けてしまうのだ。ちくしょうっ! スケルトンかと思ったら骨違いだった。俺のなけなしの千デン返せっ!

「急げっ! もたもたしてると追いつかれるっ!」
「分かって、ますよ。はぁっ。はぁっ」

 ひたすら上に向かって走るが体力面ではジューネが問題だ。顔を真っ赤にして必死に走っているが、息も荒く今にも足が止まりそう。無理もないか。

 先頭を走るエプリがペースを落としてジューネに合わせようとするが、落としすぎると階段の崩落に追いつかれる可能性があるので上手くいかない。

 そして空中からはボーンバット達が追い縋る。これは中々に嫌らしい罠だ。もたもたしていたら崩落に巻き込まれるが、走る事だけに集中しようにもボーンバットが行く手を阻む。向こうは飛んでるから床が崩れても関係ないしな。

「このっ!」

 俺は飛びかかってきたボーンバットを貯金箱で叩き落す。サイズも小さいし骨だけだから一撃当てれば倒せる。しかしとにかく数が多い。

「きゃあっ!?」
「ジューネっ!」

 悲鳴にハッと振り向くと、キイキイと鳴き声をあげてボーンバット数体がジューネに襲い掛かっていた。ジューネは手で振り払おうとするが、ひらりひらりと避けながら噛みつこうとするボーンバット達。俺の方にも追いついてきたボーンバットが纏わりついて手一杯。このままじゃ……。

「風よ。巻き起これ。“強風(ハイウィンド)”」

 救いの声はすぐ近くから聞こえてきた。その瞬間、吹き抜けとなっているフロア中央に強烈な風が吹き荒れ、ボーンバット達のバランスを崩して次々と落下させていく。助かったぜエプリ!

「そこを動かないでっ!」

 エプリはジューネに半ば怒鳴りつけるように言う。ジューネは反射的に身を竦め、

「“風弾(ウィンドバレット)”」

 エプリの放つ圧縮された風の弾が、ボーンバットを一体ずつ撃ち落としていく。そしてジューネの周りにいたボーンバットが全て撃退されると、エプリがジューネの近くに駆け寄った。

「……怪我はない?」
「えっ。えぇ。大丈夫です。ありがとうございます。助かりました」
「礼は要らない。……仕事でやっているだけよ」

 ジューネがお礼を言うと、エプリはただ淡々とした態度で応える。フードに隠れて表情が見えないが、どことなく嬉しそうな気がするのは気のせいだろうか? 意外に微笑ましい風景なのだが、

「それは良いんだけど……こっちもついでに何とかしてくれない?」
「……いざとなったらジューネを優先して護れと言ったのはアナタではなかった?」

 うぐっ! 確かにそれを言われると弱い。一度言ったことを曲げる訳にもいかないしな。……えぇ~い仕方がない。やってやろうじゃないの!

「このっ! いい加減離れろっ!」

 俺は貯金箱を振り回してボーンバット達を何とか振りほどく。はぁはぁと息を整える俺に対して、エプリは一言「遅かったわね。“強風”でボーンバット達が混乱している内に行くわよ」と再び階段を上り始める。ジューネも一休みして元気になったのか、さっきよりも幾分軽やかにエプリに続く。

 ……おかしいな? いくら何でも軽やかすぎ……あれ!? よく見たらジューネの服が不自然に風ではためいている。そうか。エプリの風魔法だな! これなら身体の負担も軽くなるってってことか。

「なるほどなるほど……って! 感心してる場合じゃなかった。お~い! 俺を置いていくなっ!」

 階段の崩れる音がドンドン近づき、ボーンバット達も体勢を立て直しつつあるようだ。急がないとな。しかし俺にもかけてくれないかねその風魔法。そうしたらもっと楽なのに。




 ペースの上がった俺達は、上りだというのに来た時と大して変わらない速度で進んでいた。

 現在殿を務めている俺からは、前を走る二人の明かりがチラチラと見える。通路の幅は大人が三、四人並んだらつっかえるくらいのものでしかなく、中央の穴に気を付けながら進むのは地味に大変だ。

 しかしこの部屋の仕掛けは侵入者を倒す為にしては効率が悪すぎる。罠が有るのはまだ分かるが、それにしたって肝心の宝が失われるような事態になればマズいはずだ。

 なのに床や階段が徐々に崩落していく罠。まるで宝が持ち出されるぐらいなら落ちてしまった方が良いと言わんばかりのやり口だ。

「エプリ。まだ俺達が入ってきた所は見えないか?」
「……まだ見えないわ。走った時間から考えると、半分はもう越している筈だけど……」

 走りながらの言葉にエプリは疲れたような声で返す。エプリは階段を上りながらボーンバット達を足止めする“強風”と、ジューネの身体を押す別の風魔法も使用しているからな。二つ同時に使っているから疲れている様だ。

「出来るなら休憩したいけど……無理だろうな」

 さっきからかなり近くでキイキイと鳴き声が聞こえてくる。“強風”を抜けてきたボーンバットが追いつきつつあるようだ。それにどこからかガラガラと石が崩れるような音も聞こえてくる。止まってはいられないか。

 こんな時、アシュさんの言っていた事が切実に感じられる。確かにダンジョンの中では休める時に休まないとダメだ。ここに入るまでに休息をろくに取らずに来た為、階段の途中でジューネはへばりかけ、エプリも疲れが取れ切っていない状態で連戦だ。

 それに出口が見えないのも辛い。せめて何か、もう少しで辿り着くって目印でもあれば……。

『……もう少しだよ。頑張って』
「うんっ!?」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……見えたわっ! 出口よっ!」

 ハッとして上を見上げると、小さく俺達が入ってきた所が見える。チラチラと明かりも見えるから、アシュさんがそこで待っているのだろう。

 まだそれなりに距離があるが、それでもハッキリ終わりが見えてきた事で気合が入る。心なしか前を走る二人もより力強くなった気がする。

 ……それにしても、さっきのは誰の声だったのだろうか? 空耳か?




「もう少しだ。ガンバレっ!」

 いくら風で走りやすいとはいえもうジューネは限界だ。それでも出口が見えた事で何とか走り続けている。俺もその勢いを止めてなるものかと後ろからジューネを鼓舞する。このまま何事も起こらなければ……。

「……止まってっ! 前方に何かいるわ」

 何事も起こらなければなんて思った直後にこれだよっ!! エプリが鋭く叫んで構えを取る。さりげなくジューネを庇って前に出ているのは流石だ。こちらも立ち止まって前方の様子を探ると、ぼんやりと何かが階段の途中に立ち塞がっている。

「今度は何だ!? ボーンバットが先回りしてきたか?」

 もう少しって時に邪魔するんじゃないっての!! 俺は立ち止まっているエプリの横に歩み出る。どこのどいつか知らないが、早いところそこを退いてもら……え~。

 そこに居たのは通路の大半を埋め尽くさんばかりのスケルトン軍団だった。自分達が動く僅かな隙間を残し、ほぼ等間隔で規則正しく整列する様子はある意味で美しくもある。それがスケルトン軍団でなければの話だが。骸骨が団体で整列しているのは普通に不気味だ。

「一体どこから湧いてきたんだコイツら?」
「あっ!? あれを見てください!」

 突如ジューネが先の通路の途中にある壁を指さす。よく見ればそこには穴が開いており、穴からスケルトンが次々と入ってきている。……しまった。来る時には分からなかったが途中の壁にも仕掛けがあったのか! 

 スケルトン達は明らかにこちらが上に行けないように道を塞いでいる。ってことは、

「先に進むには……やるしかないってことか」
「……そのようね」

 俺は片手で貯金箱を構え直し、もう片方の手でポケットの中の硬貨を握りしめる。エプリもジューネにかけていた風魔法を解き、いつでも攻撃を放てるよう油断なくスケルトン達を見据えている。

 ジューネはエプリの後ろに隠れているが、リュックサックを何やら漁っている。何か良い道具でもあれば良いんだけど、「あれでもない。これでもない」なんて言っているからあまり期待出来そうにない。

「……来るわ!」

 遂にスケルトン達が整列しながら階段を下りてきた。手に手にそれぞれボロボロの武具を持ち、一糸乱れぬ正確さで向かってくる。そして正確だからこそ、その動きには一切の感情が感じられなかった。

 ……これは試さなくても分かる。コイツらには凶魔とは別の意味で話し合いは通用しない。そして避けて通る事も出来ない。……戦うしかない。

「私はジューネを護りながら“竜巻”の溜めをするから、それまでなるべくアナタは時間を稼いで」

 仕方ないか。確かにあれだけの数を一体ずつ相手にしていたらキリがない。そしてぐずぐずしていたら床の崩落に追いつかれる。それなら一発デカいのを食らわせて突破した方が良い。

「一応言っておくけど……死なないでよ。アナタも護衛対象なのだから」
「気遣いありがとよ。……行くぞっ!」

 俺は貯金箱を盾のようにかざしながら、目の前のスケルトン軍団に突撃を敢行した。

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