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コンセプトの違和感

「それにしても、誰が残る?」

 俺達は隠し部屋の前で悩んでいた。入口は誰かが取っ手を引いている間だけ開く。中に別の出口が有るのかもしれないが、もしもの為に一人は待機しなければならない。

「それにバルガスさんの事も考えると、引っ張る役とその間護衛する方が必要になります。ちなみに私は絶対行きますからね。ぜ~ったいに!」

 ジューネはさっきから凄いやる気だ。気のせいか宝と聞いて目が金の形になっている気がする。アシュさんはやれやれって肩を竦めているし、これは残れと言っても聞きそうにないな。

「となると私かアシュの二択ね……じゃあ私が残るわ。私なら近づかれる前に攻撃できるし、拠点防衛には向いている。引っ張る役は……そうね。ヌーボをつけてくれる? ヌーボはあまり動き回るのに向かないから、ここで護衛に専念させるわ」
「……いや。ちょっと待ってくれ。トキヒサは罠の解除とかは出来るか?」

 これでメンバーは決まりかと思った時、ギリギリでアシュさんが待ったをかけた。俺はその言葉に首を横に振る。罠に魔法とかが使われていたらお手上げだ。

「そうか……じゃあエプリの嬢ちゃんに行ってもらって、俺が代わりに残ろう。部屋に罠がある場合、嬢ちゃんの探査なら部屋の違和感に気が付けるかもしれないからな。解除できないんならせめて予兆だけでも掴みたい」

 確かにこのメンバーに罠を解除できそうな人はいない。それなら事前に予兆を掴めれば被害を防げるかもってことか。

「……アナタは一時的にとは言え自分の雇い主と離れる事になるけど良いの?」
「それは嬢ちゃんだって同じだったろう? 雇い主の意向に出来る限り応えるのも仕事の内。だから嬢ちゃんもトキヒサが行くのを止めなかったんだろ?」
「……分かったわ。私が最優先で護るのはトキヒサだけど、ジューネも出来る限り護る事を約束するわ。アナタの代わりになるかは分からないけどね」

 どうやら二人の話し合いは済んだらしい。護られる対象としてはどうにも落ち着かないな。

 ジューネの方はというと、どうやら考え事をしていて話を聞いていなかったようだ。ようやく我に返ったかと思ったら、アシュさんがここに残ると聞いて何やら詰め寄っている。肝心な時に居ないで何が用心棒ですか! とか、いつもいつも置いてきぼりにして! とか。

「……こっちも言いたい事はあるのだけれど、そこの所は分かっている?」
「いや。それはその……護衛の手間を増やしてスマン。出来る限り自分の身は自分で護るようにするから許してくれ」

 エプリからのジト目に俺はもう腰を低~くして謝る。これから入るって時にこれである。……いや、だからこそ言えるのかもしれないな。

 この隠し部屋に何があるか分からない以上、入った瞬間言えなくなるようなことになってもおかしくないのだから。




 こうして俺、ジューネ、エプリの三人は、アシュさん、ヌーボ、バルガスを残し隠し部屋に侵入した。

 一応二十分経ったら状況に関わらず戻り始める予定だ。帰りを合わせると最大四十分なので時間を決めておかないと危ないからな。待っている方も待たせている方も。

「そういえば、地図上でここらってどうなってるんだ?」
「……丁度一部屋分の空白が出来ているわね。この分なら私じゃなくても地図で誰かが発見した可能性が高いと思う」
「一部屋分ね。確かに広さはこれまで休むのに使った一部屋分くらいなんだけど……地図には縦の高さも記述した方が良さそうだぜこりゃ」

 俺達は壁沿いに()()()()()()()()話していた。

 これはいわゆる螺旋階段というものだろう。正確には部屋は円形ではなく四角形だが、壁沿いに下へと続く階段が延々と伸びている。斜度はそれほどでもないが、その分とにかく長い。

 中央は吹き抜けになっていて、暗さもあって底が見えない。試しにコイン(石貨)を一枚落としてみると、大体四、五秒くらいしてから何か当たるような音がした。……結構深いぞ。俺達は各自明かりを準備して下りていく。

「これ明らかに二、三階層くらい下りてるぞ。俺とエプリが跳ばされた階層よりも下手すると深い」
「かも、しれませんね」

 俺の何気なく言った言葉にジューネが息を切らせながら答える。体力ないのに無理するからだ。

 引き返そうかと言ったが頑として戻ろうとせず、壁に手を突きながら一歩一歩着実に進んでいくその様子からは、ジューネがただのか弱い女の子ではなく商人である事がひしひしと伝わってくる。

 それから俺達は黙々と階段を下り続けた。間違っても穴に落ちないように、足元を明かりで照らしながら。……そして、

「……どうやら着いたようね」

 ようやく階段が終わり平らな床に到達する。そこは明らかに怪しい場所だった。部屋の中央には台座が設置され、そこに堂々と宝箱が置かれている。箱のサイズは目算で直径五十センチ位。豪奢な作りをしていて見るからに高そうだ。

「罠だな」
「罠ね」
「罠ですね」

 怪しすぎる。これで罠じゃなかったら逆におかしい。……しかし妙だ。このダンジョンを造った奴がここまであからさまな罠を用意するというのはどこかイメージに合わない。

「エプリ。一応周りを調べてみてくれるか? 多分宝箱に近づくか開けようとすると発動する罠だと思うけど」
「もうやってるわ。……周りの壁に僅かな風の流れが有る。仕掛けがあるのはおそらくそこね」

 俺が言う前にもうエプリは動いていた。流石行動が早い。

「そうか。この状況なら考えられる手はシンプルだな。モンスターが壁から飛び出てくるか、対生物用の殺傷力のある罠か……水攻めとかの手もあるな。どのみち()()()()()()()()()のが分かっていればやりようはあるか」

 俺は手元に貯金箱を呼び出して周りの査定を開始する。幾つかの場所に壁(罠有り)と反応があった。ここだな。

「な、なんなんですかトキヒサさんそれは!? どこから出したんですか!?」

 そう言えばジューネに見せるのは初めてだった。しかし今は説明する時間がないので後で話すと誤魔化す。……よし、反応があったのは全部で五か所か。反応の有った場所に簡単な印を付けていく。

「ジューネ。一つ聞くけど、そのリュックサックの中に網か何か無いか? 出来れば頑丈で簡単に破れないのが五枚以上」
「なんですか急に? ……まあ有りますけど。ただし売り物ですよ」

 こんな時にも金とるんかいっ! というツッコミを飲み込んで網五枚を購入。ちなみに全部で千デンとかなり値が張る。トリックスパイダーという珍しい蜘蛛の糸で編まれた物らしく、高い柔軟性と丈夫さが売りだとか。そこまで凄い物じゃなくても良かったんだけどな。

 俺はその網をそれぞれ反応があった場所に設置する。これでもし何か出てきても、上手くいけば引っかかって進みが遅くなるはずだ。

「……大体調べ終わったわ。あとはあの台座と宝箱だけど、そっちは準備は良い?」
「ああ。ちょっと待ってな。あとはこの網を仕掛け終われば……よし。出来上がり。それじゃ残るはあの台座と箱だな。どれどれ」

 こんな時、あってよかった貯金箱ってね。俺は査定の光を台座と箱に当てる。台座の方は……特に反応なし。これはあくまで装飾らしい。あと本命の宝箱の方だけど。

 宝箱(内容物有り。罠有り)
 査定額 六百デン+???
 内訳
 宝箱 六百デン
 ??? ???(買取不可)

 これはまた妙な感じの結果だな。罠が有るのは予想できたから驚かない。内容物が???なのは昨日の箱の例もあるから分かる。多分外から観測できない物は???になるんだろう。しかしそれにしては()()()()()()()()()なのはなんでだ? 

「……どう? 何か分かった?」
「やっぱり宝箱に罠が有るみたいだ。罠の種類までは分からないけどな」

 しかしここは何かおかしい。宝の部屋に罠を仕掛けるのは道理だ。しかしそれにしたって、侵入者を倒して得られるエネルギーとこの罠や宝を用意する手間暇が釣り合うのか不明だ。

 それにこのダンジョンのコンセプトと合わない。人を来させない為の場所に、わざわざ人を集める宝の部屋を造るか? どうにも造り手の意図がチグハグだ。……おっと。また考え込みそうになった。エプリやジューネがどうしたのかというようにこちらを見ている。

「ゴメン。考え事をしてた。とりあえず罠の解除は難しそうなので、箱に触るか開けるかしたら罠が作動すると思う」
「ではどうするんですか? このまま宝を目の前にしてみすみす戻ると言うのは……」

 ジューネは未練たらたらに言う。それはそうだろう。青い鳥の羽に続いて二度目だもんな。商人としてはたまったもんじゃない。だが、

「勘違いしないように。諦めるなんて言ってないぞ」

 そう。確かに俺は罠の解除などは出来ない。箱を開けたら中から何か飛び出してくるとか、周りの壁からモンスターの集団が襲い掛かってくる可能性は十分ある。ならば、

「箱に触ったら危ないなら、()()()()持ち帰れば良いだけだ」
「そんなことどうやって……いや、その手が有ったわね」

 エプリは気が付いたみたいだな。ジューネは訳が分からないのかきょとんとしている。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 唯一気にかかるのは、中身の部分だけ買取不可だった事。つまり箱を換金した場合、中身だけ外に放り出されるのだろうか? それとも箱ごと消えるけれど、その分の金は入らずじまいと言う事なのだろうか? ……考えていても仕方ない。時間も迫っているし、やるなら早い方が良さそうだ。




「ジューネ。実は秘密にしてほしい事が有るんだが」

 これからやることをざっと説明すると、案の定ジューネは訝しむような顔をする。それはそうだ。いきなりそんなことを言っても信じられないだろう。なので、実際に適当な物に『万物換金』を使ってみせる。そうしたら、

「トキヒサさんっ! 私、貴方とお知り合いになれて良かったですっ!」

 喜色満面とでもいうような輝かんばかりの笑顔をこちらに見せてくる。……笑顔は良いのだが、またもや目が金マークになっている気がする。デカい儲け話を見つけたとでもいうような顔だ。

 出来れば教えたくなかったけど、こうでもしないと罠に確実に引っかかるからな。情報には価値があるって豪語するような奴だから、あちこちに触れ回るようなことはしないと思うけど……しないよな?

「任せてください。秘密は誰にも話しませんとも。……適正な価値を付けてくれるヒトが来るまでは」

 後ろのセリフはボソッと言ってたけど、聞こえてるぞ。……ここは宝を諦めて撤退した方が良かったかもしれん。大金を積まれたら誰かにポロッと話しそうだ。大丈夫かな?

「内密で頼むな。そういう訳だから、ジューネとエプリは階段の所まで下がってほしい。換金したら即脱出するからな」

 直接触れなくても、何か他の罠が発動する可能性もある。出来れば離れていてほしいのだけど。

「……私はアナタとジューネの中間に待機するわ。いざと言う時にどちらにも対処できるようにね」

 成程。道理だ。エプリはジューネの護衛も頼まれているから両方を護らないといけない。

「分かった。だけどいざとなったらジューネの方を優先な。俺の方がまだ一人でも何とかなると思う」
「私からすればどちらもそこまでの差はないけどね」

 失礼な。知識ではともかく、流石に体力面ではジューネより俺の方が上だぞ。……さぁてと。それじゃあ早速取り掛かるとするか。出来れば罠が作動しない方が良いけど……この流れだと無理だろうなぁ。

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