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お酒は大人に…… その2

 ……とまぁ、そんな感じで花祭りの打ち上げなんかを終わらせた僕だったのですが……微妙に一件片付いていない案件があるんですよね。

 いつものように、コンビニおもてなし本支店で販売する弁当の調理を終えて、配送をハニワ馬のヴィヴィランテスにお願いし終えた僕は、一度巨木の家に戻って家族みんなで朝食を食べていたのですが……

「スア、例の鬼人さん……えっと、シュテンさんって言ったっけ? 結局あの人ってば、今もスアの使い魔の森にいるのかい?」
「…… (コクコク)」

 口いっぱいにご飯を頬張っているスアは、大きく頷きました。
 元々食が細い上に、毎日のように朝方まで魔法薬や魔法の研究を行っていたスアは、僕と結婚するまでは超夜型人間だったもんですから、朝ご飯もほとんど食べなかった時期があったのですが、僕の生活リズムに合わせているうちに夜型から朝方の生活に移行することに成功して、朝ご飯ももりもり食べるようになっているんです。
 
 頬を膨らませながら朝ご飯を頬張る姿が、まるで小動物のようで可愛くて仕方ないんですよね。

 ……あ、今の僕の思考を読み取ったらしいスアが、顔を真っ赤にしながらてれりてれりと身をよじっています。
 まったく……そんな姿まで愛らしいなんて反則ですよ。

 って、夫婦のおのろけはここまでにして……

「確かシュテンさんって、酒造りをしている鬼人さんで、タクラ酒の製造方法を見学に来たんだよね?」
「……うん。タルトス爺が、対応してくれてる、よ」
「タルトス爺なら、うまく対応してくれるだろうし……わざわざこんな辺境にまでタクラ酒を訪ねて来てくれたんだ、気が済むまで見学してもらえばいいよ」
「……ん。タルトス爺にも言っておく、ね」

 僕の言葉に、スアも頷きました。

 タクラ酒やスアビール、パラナミオサイダーなど、コンビニおもてなしの飲料系主力商品は、すべてスアの使い魔の森で、そこで暮らしているスアの使い魔達の手によって製造されています。
 タクラ酒の元になっている日本酒や、スアビールの元になっている缶ビール、それにパラナミオサイダーの元になっているサイダーなどは、すべてコンビニおもてなしの在庫として残っていた物を使用しまして、その成分をスアが魔法で解析し、この世界での製造方法を研究・開発した後、製造用の工房まで製造しているんです。
 味はよく知っていますけど、その製造方法となるとちんぷんかんぷんだった僕だけに、そこまでやっちゃうスアの魔法力の前に目を丸くした僕なんですけど、スアによれば、

「こんな飲み物を先に開発していいたのがすごい……カガクすごい」

 と、狂喜乱舞しながら嬉々として研究しまくっていたんですよね。
 まぁ、カガクとは微妙に違いますけど、先人達の英知の結集には違いありませんので、あえてそれ以上突っ込みはしませんけど。

 このシュテンさんとは、僕も最初にお話しているんですけど、

「酒造職人の矜持として、ここで学んだことをそのまま模倣するような恥ずかしい真似はしない。あくまで参考にさせてもらって新しい酒造りに活かさせてもらう」

 シュテンさんはそう言って深々と頭をさげてくれているんです。
 
 酒造りを行っているスアの使い魔達の中には、

「タクラ様、こいつがここの技術を盗んでですね、よそで似た酒を造って売り出したら……」

 そんな心配をする人もいたんですけど、

「ここまで言われているんです。問題ないでしょう」

 僕のこの一言で、シュテンさんの見学を受け入れることになっていたんです。

「それに、シュテンさんが製造しいているお酒も、コンビニおもてなしに卸してくれるって話だしさ」
「……ん。そう、ね。旦那様がそう言うのなら、私も異存ない、わ」

 スアは、僕の言葉に何度も頷いて……今度は、おかずの焼き魚をもきゅもきゅと可愛く頬張っていましててあぁ、もう! ホントに可愛過ぎますよ、僕の奥さんってば!

◇◇

 朝ご飯を済ませた僕は、パラナミオと一緒にコンビニおもてなし本店へと移動していきました。
 本店のレジの奥、厨房につながっている廊下の壁に設置されているスアの転移ドアの1つを使用して、辺境都市ウリナコンベにありますコンビニおもてなし7号店へ出勤しようとしていたのですが……

「あ、店長様、ちょうどよかったですわ」

 そんな僕を、魔王ビナスさんが呼び止めました。

 魔王ビナスさんは、コンビニおもてなし本店の副店長にして、新人教育係を兼務してくださっているとっても頼りになる店員さんです。
 他の世界で魔王をなさっていたとのことなのですが、基本的に温厚で優しくて面倒見が良くて料理が上手で……良妻賢母を絵に描いたようなお方でして、コンビニおもてなしに欠かせない人材の1人と言っても過言ではありません。

 ……実際、魔王ビナスさんが産休育休をとられていた間は、期間こそ短かったものの結構ワタワタしてしまいましたからね。
 とはいえ、いつまでも魔王ビナスさんにおんぶに抱っこではあれなので、この方面での人材育成も急がないと、と思ってはいるのですが……

「あの……店長様?」
「あ、ごめんなさい、少し考え事をしていました」
「ならよろしいのですが……あの、これをどうしましょうか?」
「これ?」

 魔王ビナスさんが指さした先には、木箱が6つおかれていました。

「これって?」
「あの、鬼人のシュテンさんと言われる方がですね、『約束の品なので、店長に渡してほしい』って言って置いていかれたのですわ」
「あぁ……ってことはこれ、全部お酒か……」

 木箱の中身を確認してみると……確かに、その中にはお酒が入っている一升瓶がびっちり詰まっていました。

 タクラ酒の工房を見学する代わりに、シュテンさんが製造しているお酒を卸してくれるって言ってましたけど、早速約束を守ってくれたわけですね。

 で、そのラベルには……

「鬼天ノ霹靂」

 って、なんか僕の世界の漢字に似た文字で書かれていました。
 この世界の文字なんかは、スアの魔法のおかげで難なく読み書き出来るようになっている僕なんですけど、この世界には時折、僕の世界の文字のような物があったりするんですよね。
 ひょっとしたら、僕以外にもこの世界に転移している日本人がいたりするのかもしれません。

 まぁ、それはさておき……

 僕は、早速そのお酒を1本開封しまして、試飲してみたのですが……

「うわ……すごく美味しいな、これ」

 思わず目を丸くしてしまいました。

 この世界で流通しているお酒って、果実をベースに作られたエールに似た物が主流なんです。
 ですが、シュテンさんのこのお酒の味……これって間違いなくお米を使ってつくっています。純米酒の味です。
 ピリッと辛みが口の中を刺激するのですが、飲み込むと爽やかな喉越しとともに胃の中に落ちていく……なんかもう、すっごく爽快なお酒です。

「あらあらまぁまぁ、タクラ酒に負けない美味しさですわねぇ」

 一緒に試飲していた魔王ビナスさんもびっくりなさっています。
 ですが……

「確かに美味しいお酒ですけど……そうですわね、やはりタクラ酒の方が美味しいですわ」

 そう言って、にっこり笑う魔王ビナスさん。
 そうなんです……自分の名前を冠しているからって依怙贔屓する気はないのですが、タクラ酒ってすっごく美味しいんです。

 ……ただ、なぜか店頭では、スアビールの人気が圧倒的でして……まぁ、これは、こっちの世界に炭酸飲料が存在していなかったってのも影響しているとは思うんですけど……そ、それにしてももう少し売れてもいいんじゃないかと、悶々とした日々もあったんです。
 今では、ドンタコスゥコ商会を通じて定期的に大量購入してくださる酒場も出て来たりしていて、どうにか安定的に売れ始めているもんですから、僕としても安堵しきりだったりするんです。

「多分そのシュテンさんも、それがわかっているからこそタクラ酒の製造方法を研究にこられたのかもしれませんわね」
「なるほどなぁ……」

 魔王ビナスさんの言葉に頷いた僕。
 そうですね、とりあえずこのお酒はコンビニおもてなしの中でも一番お客さんが多い辺境都市ナカンコンベにある5号店東店で試験的に販売してみようかな。
 そう思った僕は、パラナミオと一緒に転移ドアをくぐって5号店東店へと移動していきました。

 ちなみに、酒の木箱は全てパラナミオが軽々と持ち上げてくれました。
 成人したばかりのパラナミオですけど、龍人だけあってそのパワーはすっごいんですよね。
 時々、
『パパ! 肩を叩いてあげます!』
 って言ってくれることがあるのですが……すっごく固い鎧を着た上からでないととんでもないことになるといいますか……手加減してねってお願いはするのですが、僕の役にたてるのが嬉しすぎるのか、パラナミオってばすぐに全力で腕を振るいまくってくるもんですから……ま、まぁこれも嬉しい悲鳴ってことで……

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