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商人と用心棒

「はあっ。はあっ。……雇い主を放って一人で先に進むなんて、まったくなんて用心棒ですか」

 そんな声が通路の一つから聞こえてきたのは、丁度ゴリラ凶魔の止血が済んだ時だった。エプリは素早く俺の前に立って身構え、俺もポケットの中の硬貨を握りしめる。

 声の主は一人の少女だった。齢は十三、四くらいか? 蜂蜜色の髪をストレートに腰の近くまで伸ばし、前髪を花を模った髪留めで押さえている。動きやすそうな布製の服装に片手にはカンテラ。そこからの光は部屋をそれなりに明るく照らしだす。

 しかし特筆すべき所はそこじゃない。彼女は体格に合わない、背の低い大人なら丸々入れるサイズのリュックサックを軽々と背負っていたのだ。傍から見ると小山のようだ。

「悪い悪い。しかし契約の時に言っておいた筈だぜ? 俺は用心棒であって従者じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。さっきは周囲に危険はなさそうだから先行しただけだ」
「それにしても説明ぐらいしてくださいよ。いきなり『ちょいと行ってくる』って先行するから理由を聞く間も止める間もなかったですよ。……にしても、何ですかこの状況は?」

 現れた少女と親し気に話すアシュ。どうやら知り合いのようだ。少女は部屋を見回すと俺やエプリに目を向ける。

「ちょっとした成り行きだな。なに。すぐに終わる」
「すぐにって……ちょっと!? それ凶魔じゃないですか!! なんで治療なんか!?」

 少女はゴリラ凶魔に目を止めると酷く驚く。当然だよな。手当たり次第に誰彼構わず襲い掛かるような相手を治すなんて何考えてるのかって話だよ。

 少女は一目散にアシュの所に駆け出して後ろに隠れる。……どうやら盾にしているらしいが、アシュが動じていないのを見て少し落ち着き、恐る恐る顔を出して覗き見ている。なんか微笑ましい。

「……見て。戻り始めた」

 エプリの言葉にゴリラ凶魔を見ると、少しずつ全身を覆う緑の剛毛が薄くなっていた。四本腕の内二つはそのまま身体に引っ込むように縮んでいく。幸い切り落とされた腕は縮んでいく方で、これなら隻腕にならずに済みそうだ。

 凶魔の証である角も縮んでいき、もう最初の半分程度。よし。このまま行けば大丈夫そうだ。

「なんなんですかねぇこの状況? 折角ダンジョンに入ったのにちいっとも儲からないし、用心棒は勝手に行動するし。挙句の果てにこれ。ホント訳が分からないですよ」
「……本当に変わるとはな」

 アシュや少女もこの光景を見て唖然としている。それはそうだ。今まで凶魔だったのが、徐々に人の姿になっていくのだから。

 ほら。どんどん地肌が見えてくる。どうやら男らしいな。歳は三十くらいって所か。ゴリラじゃなくても中々に筋肉のついた身体だね。腹筋なんかしっかりと割れて……って!! これはマズイ!!

「だ、誰かっ!! 布でも毛布でも良いから掛ける物を! さもないと色々マズイことになるぞ!!」
「……さっきの布の余りを掛けておく。余りだから身体全体は覆えないけど」
「構わない! 特に下半身を重点的に頼む!」

 俺の言葉にいち早く反応したエプリが、さっきの余り布を素早く元ゴリラ凶魔の男に掛ける。……気のせいかフードの下の顔が少し赤くなっていたような。だがおかげで助かった。

 考えてみたらゴリラ凶魔は服を着ていなかった訳で、当然だがそのまま人間に戻るってことは……つまりそういう事だ。男だけならともかく女性もいるからな。こういう事は未然に防ぐのが一番だ。




「しかしどうしたもんかね」

 人に戻った元ゴリラ凶魔の男を前に、俺は頭を抱えていた。助けたいと思ったのは嘘じゃない。しかしダンジョンを裸の男を連れて脱出するのは一気に難易度が跳ね上がる。

 なので散らばっていた骨を使って焚き火を作り、目を覚ますまで傍で待つことにしたのだが……いくら待っても叩いてもつねっても、一向に目を覚まさない。

「相当身体に負担がかかっていたようだな。俺も初めて見たが、こういうのはいつまで眠り続けるか分からんぞ。下手すりゃ数日かかる」
「そうですか……。あの、ありがとうございますアシュさん。助けてもらった上に付き合ってもらって」

 そう。何故かアシュさんと少女も同じ部屋に陣取ってくれている。流石に全員付き添っても意味がないので交替でだが。今はエプリが部屋の周囲の様子を確認している。

「ハハッ。良いって良いって。一応俺も助けるのに一役買った訳だし、結末ぐらいは見届けないとな。それに丁度うちの雇い主にも休憩を挟ませたかった所だ」
「休憩なんかいいですってば! こんな金にならなそうな人達は放っておいてさっさと行きますよ。用心棒さん」
「嘘言いなさんなよ雇い主殿。まだ膝が笑っているぜ。もちっと休んでいかないと途中でへばるのは目に見えてる。休むついでに人助けしても罰は当たらんよ。人間困った時はお互い様だ」

 今にも少女は出発しようと意気込んでいるが、アシュさんにまあまあと宥められて少女も自分が疲れていることに気づいたのか、それ以上反論せずに悔しそうな顔をしながら焚き火の前に座り込む。それを見てアシュさんも自分も焚き火に当たりはじめた。

 ……なんかアシュさんって誰かに似てる感じなんだよなぁ。飄々としている所とか、やたら戦闘力が高い所とか。

 それにしても。俺は軽く持ち金を確認する。今回の人命救助に後悔はしていない。だけど自分の懐が予想以上にダメージを受けたことはキツイ。

 今回ゴリラ凶魔相手に使った金は全部で三百九十デン。それだけで済んだことを喜ぶべきなのだろうが当然収穫はゼロ。

 一番金になりそうな魔石はアシュさんに渡した。今からでも言ったら返してもらえそうだが、ピンチを助けてもらったからな。その分の礼ってことで。

 散らばっていたスケルトンとボーンビーストの素材はほぼ傷物で、焚き火用にしかなりそうにない。ダンジョン用核も似たようなもので、なによりこの面子の前で換金する訳にもいかない。おまけに、

 ぐう~。

 さっきから見張りに立っている()()()()腹が鳴っている。どうやら能力が高い分、エネルギーの消費も激しいらしい。“竜巻”だの“二重強風”だの相当使っていたからな。

 以前非常食は二日分あると言っていたが、それは少しずつ食べればという意味だったらしい。今も非常食らしい押し固めたパンを口に放り込んでいるが、腹の音はまるで鳴り止まない。

 微妙に手がプルプルと震えていることから、どうやら恥ずかしいとは思っているらしい。

「はあ~。金も無ければ食事もない。ないない尽くしで参ったよまったく」
「おっ! お前さん飯はないのか?」

 つい口から出る愚痴にアシュさんが耳ざとく反応する。よく見れば自分は何か饅頭のような物を頬張り、少女もパンみたいな物を齧っているがこっちは牢で出た物よりも上等そうだ。

「俺の分はまだ有るんですが、エプリ……仲間が腹を減らしているのに自分だけ食うのもどうかと思って。それにここから出るまでどれだけかかるか分からないから節約しないと」
「……私の事は気にせず食べなさい。雇い主に倒れられては困るわ」

 そんなことを言うエプリだが、その前に腹の虫をどうにかしてほしい。

「成程ねぇ。良かったなジューネ。()()()()()()
「今の言葉聞いていなかったんですか? 金が無い相手に何を売りつけろと?」
「なあに。さっきの魔石は良い値が付きそうだし俺が払ってやるよ。それに比べりゃ食事位安いもんさ」
「……それならまぁ儲け話にはなりそうですね。良いでしょう」

 二人は何やら話し込んでいたが、どうやら纏まったらしく少女がこちらの方を振り向く。何故かその表情は凄まじい程に笑顔だった。……これはあれだ。いわゆる営業スマイルだ。しかもとびきり練度の高いやつ。よほど練習を積んだのだろう。

「さてさて、ようこそお客様。()()()()()()()ジューネのお店に!」

 そこで少女、ジューネは背負っていたリュックサックを降ろし、上の方の留め金をパチリと外した。すると、

「おっ、おお~!!」

 驚いたことに、リュックサックはそのまま拡がった。ただバラけるのではなく言わば変形だ。

 一部は取り外され簡易型の椅子と台になり、台の上には様々な品物が並んでいる。別のパーツは小さな屋根と簡単な壁を形作り、畳二畳ほどのちょっとしたスペースを造り出していた。奥の方には台の上に収まり切れなかった品がまだあるようだ。成程。これは確かに移動式個人商店だな。

「ちょっとした食料や日用品。或いは簡単な武器防具からご禁制ギリギリの品まで、取り扱いの広さは我が店のちょっとした自慢でございます。どうぞお気に召す物があればお持ちくださいませ。……無論お代は頂きますが」

 そしてジューネは天使のような営業スマイルを解くと、一転して小悪魔のように少しだけ邪気を感じさせる笑みを浮かべてこう締めくくった。

「ただし、必要のない物までお買い上げ頂くことになってもご容赦を。何せ私……商人ですから」




 嬢ちゃんも一緒に見た方が良いだろうとアシュさんがエプリと見張りを交代し、しばらく会話をしたかと思うと入れ替わりでエプリがこちらに駆けてきた。

「何話してたんだ?」
「……見張りの引継ぎについてね。通路に簡単な罠を仕掛けたり……あとは互いの探査能力について少し。全ての能力は話さないけど、互いに雇い主を守るために必要な分は情報を共有しないとね」

 流石傭兵と用心棒。互いにプロフェッショナルということで話はスムーズに進んだらしい。詳しくは教えてくれなかったが、アシュさんもエプリが言うにはかなり広い範囲を調べられるという。

「そっか。……俺も次は見張りに立つか?」
「それよりいざって言う時のために体力を温存してもらった方が助かるわ。アナタ自身もそれなりに戦力として使えるって分かったし、自衛出来るなら護衛の難易度が下がるもの」

 認められたのは嬉しいが、美少女にばかり働かせるのは落ち着かない。何か出来ることはないかな?

「……ふっ。雇い主が気を使わなくて良いの。アナタは無事に脱出することを考えなさい」

 考えていることが顔に出ていたのか、エプリに軽く鼻で笑われた。そんなに分かりやすいかな俺。

 まあ何はともあれ今は買い物だ。ダンジョンショップっていうのもまたロマンじゃないか!

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