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花祭り その4

 辺境都市ガタコンベを会場にして行われてきた花祭りも、いよいよ今日が最終日。

 今日は、中央広場にありますステージを使ったイベントが開催される予定になっています。
 ……でもって、名ばかりとはいえ辺境都市ガタコンベの領主代行を務めている僕はですね、このステージイベントの司会を務めることになっている次第です、はい。

「大丈夫ですですわ。私も一緒に行いますますので」

 商店街組合の若い蟻人さんがにっこり微笑んでくれています。

「あぁ、はい……よ、よろしくお願いしますね」

 そんな蟻人さんに笑顔を返した僕……なんですけど、なんか、すっごく固い笑顔になってしまったわけでして……コンビニおもてなしで接客する時とは違って、こういうステージの上でたくさんの人の前に立つのって独特の雰囲気がありますよねぇ……

 屋台の方は、スアとパラナミオに加えて、今日はリョータ・アルト・ムツキ・アルカちゃんが加わってくれていますので、人数的には十分です。あと、念のために今日はイエロとセーテンにも屋台に回ってもらっていますので、何かあっても対処出来ると思います。

 ……そういえば、リョータ達が昨日登校してる時にサービスしてもらったっていうニギリメシの串焼きっていうやつを販売している屋台、今日もやってるのかな? 昨日、お礼を言いに言ったらもう屋台が終わってたんだよな。なんとか今日は、ステージが終わった後にでもお礼を言いにいかないと……


 ポン……ポンポン……

 そんな事を考えていると、青空に花火の音が響いていきました。
 花祭り最終日の開始を告げる合図です。

「タクラ領主代行さん、では行くですです」
「では、行きますか」

 蟻人さんに背中を押されながら、僕はステージの上へと上がっていきました。

◇◇

 ステージの上にあがった僕は、簡単な挨拶をしていきました。
 まぁ、『えー……本日はお日柄も良く……』と、まるでお見合いの席のような挨拶からはじめてしまったのは自分的にもいかがなものかと思ってしまったものの、それ以後は特に支障なく挨拶を終えることが出来ました。

 それから、蟻人さんが今日のステージイベントの内容を説明していってくれました。

 今日は、花祭りに協賛している都市や商店などから事前に申し込みのあった人々が出し物を披露しまして、それを見たお客さん達が投票していきます。
 で、一番投票数が多かった人が優勝になりまして、賞金と記念品が渡されることになっています。

 僕の世界の通過に換算すると、およそ百万円が賞金ですので、皆さん結構気合いが入っているんですよね。

「では、エントリーナンバー1番 シオンガンタさんとユキメノームさんによります、小話ですです」

 魔法拡声器を片手に司会進行をしてくれている蟻人さんなのですが……シオンガンタとユキメノームって……君達ってば、コンビニおもてなしの地下冷蔵庫の担当者だよね? いつの間に応募してたんだい?
 見るからに冷気を振りまきまくっている、ステージ上の2人の姿を、ステージの袖から見つめながら僕は思わず苦笑していました。

 そんな2人の小話は……会場中が物理的に冷え切ったのも災いしてか評価はいまいちだったようなのですが……そんな2人を皮切りに、ステージイベントはどんどん続いていきました。

 そして、お昼前……

 ステージには、子供達がずらっと並んでいきました。
 教会の学校に通っている生徒さん達です。
 もちろん、その中には我が家のリョータ・アルト・ムツキ・アルカちゃんの姿もあります。

 ……今は、ブリリアンとメイデンが屋台のフォローに来てくれているはずだから、大丈夫だよね

 そんな事を考えていると、僕の横にスアが姿を現しました。
 どうやら転移魔法で移動してきたみたいですね。
 そんなわけで、僕はスアと一緒に我が家の子供達の晴れ舞台を見ることになりました。

「スア、屋台の方は大丈夫?」
「……うん、順調、よ。ブリリアントメイデン、それにファニーとヴィヴィランテスも来てくれてる、わ」
「ファニーとヴィヴィランテスまで?」
「……うん、子供のファファランをつれて」
「あぁ……子供を遊びに連れてきたついでかな」

 そんな会話を交わしていた僕とスア。

『では、次は教会の学校の皆さんによります合唱ですです』

 蟻人さんの声と同時に、会場内に拍手が巻き起こっていきます。
 子供達の親御さん達でしょうね、みんな熱心に手を叩いています。
 よく見ると、最初に出し物をしたシオンガンタとユキメノームの姿も会場の後方にありまして、2人して拍手を行ってくれています。

 先生をしているエルフのシングリランが、いつもより少し着飾った感じで子供達の前に立ちました。

 その腕を振り、それに合わせてみんなが歌を歌っていきます。

 元気いっぱいで、聞いていて思わずこちらまで元気をもらえそうな歌声です。
 子供達も、笑顔で歌っていますね。
 その笑顔がまた、みんな可愛いもんですから見ているこちらも笑顔になってしまいます。

 みんなが歌っているのは、この世界ではポピュラーな歌「パルマ散歩歌」って言う歌です。
 有名な歌なもんですから、会場の皆さんも子供達の歌声に合わせて口ずさんでおられる方も少なくありません。

 すると、歌の終盤でシングリランが観客席の方へ振り返りました。

「では、皆様もご一緒に歌いましょう!」

 その声に合わせて、会場中から歌声があがりはじめました。
 スアも、小さな声ですが口ずさんでいます。
 僕も、うろ覚えですけど、一緒に口ずさんでいました。

 ……ん?

 なんでしょう……みんな元気いっぱいに歌っています。
 会場の皆さんも、元気に歌っているのですが……なんか、異質な歌声が中に混じっているような……えぇ、なんか、すっごく上手な歌声が……

 会場内を見回した僕は、その理由にすぐに気づきました。
 観客席の中で、立ちあがって歌っている男性の方がいるのですが……あれ、ブロンディさんです。
 えぇ、コンビニおもてなし7号店で働いてくれているブロンディさんに間違いありません。
 ブロンディさんは、元々王都でも有名な吟遊詩人さんですからね、歌が上手くて当然です。

 な、もんですから、ブロンディさんは周囲に注目を集めまくっているのですが……そんなブロンディさんは、

『さぁ、みなさまもご一緒に』

 とばかりに、ブロンディさんを見つめているお客さん達に、一緒に歌うように手で合図しながら、ステージ上の子供達をみるように案内しています。
 ……よく見たら、その隣に座っているのって……あれ、クローコさんじゃないですか!?
 大きな帽子を被って顔を隠していますけど、隠しきれていないアクセサリーがあちことにはみ出しています。
 今日は、コンビニおもてなしも定休日ですので、ひょっとしたらデートでやってきたのかもしれませんね。

 そんな2人を微笑ましい眼差しで見つめていた僕なのですが……異質な歌声は一箇所からではありませんでした。

 さらに会場を見回して見ると……

 観客席の右の方で、ハープを片手に歌っている小柄な女性の姿がありました。
 その女性、ツバの長い帽子を被り、背に大きなリュックサックを背負っています。
 その周囲に子供達がいるのですが……あの子供達って、確かこの間、タテガミライオンの串焼きをサービスしてあげた子供達じゃなかったかな?
 で、その大きなリュックの女性の歌声とハープが会場の中に響き渡っているんです。
 透き通った声で、それでいて子供達の歌声を邪魔しないように、むしろその歌声を包み混むような歌声です。

 さらに、左の奥でも、歌を歌っている2人の女性の姿がありました。
 黒い衣装を着た女性と、その女性の腕に抱きついている女性の2人なのですが……この2人もまたすごく歌が上手でして、リュックの女性と同様に、綺麗なハーモニーを奏でています。

 そんな会場の歌声にも後押しされながら、リョータ達教会の学校の子供達は元気に歌を歌っていきました。

 ステージが終了すると、会場内のお客さんが総立ちになりまして、一斉に拍手をしてくださっていました。
 割れんばかりの拍手の雨は、ステージ上の子供達だけでなく、ブロンディさんやリュックの女性、2人組の女性達にも送られていたのですが、3組とも『拍手はステージ上の子供達に』とでも言わんばかりに、席に座ってステージ上に向かって拍手をしてくれていました。

◇◇

 そんな大歓声を受けた教会の学校の子供達による合唱は、ステージイベントで2位に入りました。
 1位は、オザリーナ温泉郷で歌と踊りの酒場を商っているシャラさんとレイレイさん達による踊りでした。
 シャラさんの踊りも超一流ですからね、ある意味順当な結果です。
 とはいえ、1位と2位の票差はあまりなかったらしく、リョータ達も大健闘だったと言えます。

 僕は、ステージにあがった子供達を屋台に集めました。

「さぁみんな、今日は好きなだけ食べてもいいからね、今日頑張ったご褒美だ!」

 そう言うと、僕は子供達にタテガミライオンの串焼きなどをどんどん渡していきました。
 もちろん、子供達の親御さん達も招待しています。

「わぁい! リョータパパありがとー!」
「すごく美味しい!」
「私達までありがとうございます」

 そんな声が、あちこちからあがっています。

「じゃ、じゃあ私も~……」
「ストップ! ツカーサ! あなたは関係者ではないでしょう!?」
「ふえぇ、エミリアちゃん、そんな殺生なぁ」

 なんか、そんな声も聞こえてきているのですが……その女性2人組に、僕は笑顔でタテガミライオンの串焼きを差し出しました。

「はい、どうぞ。1本サービスしますよ」
「わぁ! ありがとうございますぅ!」
「り、リアリィ!? ……な、なんか申し訳ありません」
「いえいえ、せっかくのお祭です。残り時間は少ないですけど、楽しんでいってください」

 その女性達に、僕は笑顔を向けていきました。


 こんな感じで、春の花祭りは盛況な中、幕を閉じていきました。
 ちょっと心残りがあるとすれば、忙しすぎて例のニギリメシの串焼きの屋台にお礼を言いに行けなかったことですかね。

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