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男の娘の嫉妬は怖い


 仲良くアンナと泡風呂を楽しんだあと、俺たちは互いにタオルで身体を拭く。
 水に濡れたスク水は更に彼女の身体のラインが目立ち、思わず興奮してしまう。
 当のアンナと言えば、鼻歌交じりに身体を拭いている。
 あまりに無防備な姿だったので、さすがに「写真撮っていい?」とは言えなかった。

「タッくん、アンナ着替えてくるね☆」
 ニコッと優しく微笑み、ステップを踏むように軽快な足取りで更衣室へと向かう。
 どうやらアンナもラブホテルがえらく気に入ったようだ。
 ただ、この部屋……3時間で1万円だぞ?
 もう二度と来れないだろうな。

 扉が閉まるのを確認すると、俺も腰に巻いていたタオルを床に捨てて着替える。
 アンナが洗ってくれたTシャツもいい感じに乾いていた。
 石鹸の甘い香りが漂う。
 あの可愛いアンナが風呂場で丁寧に洗ってくれたところを想像してしまう。
 もちろんスク水姿の。
 これ、帰って真空パックに入れておこうかな?

 ~30分後~

 とっくに俺は着替えを済ませてリュックサックも足もとにスタンバイ完了。
 だが、アンナが更衣室から一向に出てこない。
 何度か扉越しに声をかけたが、「ちょっと待ってて」を繰り返される。
 一体中で何をやっているのだろうか?
 『玉直し』か?

 やっとのことで、出てきたカノジョさん。
「お待たせ☆」
 そこにはヘアもバッチリ、メイクもバッチリなフル装備なアンナさんのご登場。
 これだけすれば、あんだけ時間が掛かるのも納得ですね。

「なんだかお腹すいたね」
「だな」
 昼飯は高いわりに不味くて少ない量だったからな。

「ホテル出てから何か食おう」
「うん☆」
 ニッコリ笑っちゃってさ、これで男の子なんだぜ?
 可愛すぎだろ。

「あ……ねぇ、タッくん」
 俺の肩にそっと触れたと共に、凄まじい握力がかかる。
 超いてーの、だって相手は男なんだもの。
 まあこの感じは怒ってらっしゃるのだろう。
 声が冷たいもの。

「な、なんだ? アンナ」
「ひなたちゃんとは、ラブホのあと……どこか行った?」
 笑ってるけど目が笑ってない。
 怖いよ、サイコパスじゃん。
「えっと……目の前にある“博多亭”」
「なあにそれ?」
 ググッと握力が強まり、爪が俺の肉にまで入り込む。

「ら、ラーメン屋だよ……」
「そうなの…じゃあそこに行こうよ☆」
 痛いよ、痛いから手の力を緩めません?

「同じところでいいのか?」
「だってアンナと行かないと取材にならないじゃない? ひなたちゃんじゃ、きっとタッくんの小説には還元できないもの☆」
 まさかの俺氏、独占宣言。
 ひなたと取材する度に俺は逆インタビューされちまうのかよ。
 怖すぎアンナさん。

「了解した。なら、行くか?」
「うん☆」

 そうして、俺とアンナは初めてのラブホテルを何事もなく取材体験できたのである。
 逆に何かあったら、俺はもう二度と……そっちの世界から帰ってこれなくなっていたのだが。
 まあよしとしよう。


 ホテルを出て、道路を挟んで目の前にあるラーメン屋を指差す。
「ここだがいいのか?」
「え? 本当に目の前なの?」
 ちょっと嫌そう。
 だってラブホの前だぜ? ムードなんて何もないからな。
 脂ぎってて、店内も油まみれ。
 本物の女の子のひなたは喜んで食べていたが……。

「なあアンナ。無理はしなくていいぞ? 俺はいつも映画帰りにこの店を選ぶんだ。『しめの一杯』というやつだ」
 酒を飲んでいるわけではないがな。
「じゃ、じゃあ、タッくんはいつもこの店に行っているの?」
 どこか焦った様子だ。
「まあそうだな。ここは値段も安く、味もうまい。子供の頃から通っているし……」
 言いかけている途中で、アンナが叫んだ。

「イヤァッ!」

 彼女の甲高い叫び声に通行人が足を止める。

「ど、どうした?」
「イヤッたらイヤァッ!」
 急に泣いて怒り出したよ。
 忙しいやっちゃ。
「泣いていてもわからん。理由を話してくれないか?」
 俺は『キマネチ』が愛らしいタケノブルーのハンカチを彼女に渡す。
 アンナは受け取ると大事そうにハンカチを胸元で抱えている。
 涙をふくわけではなく、落とし物を見つけたような安堵した顔だ。

「イヤなの! タッくんとのはじめてを他の女の子に盗られたのがっ!」
 通行人が集まりだし、ギャラリーができる。
 集まったのは全員、野郎ども。

「なあアイツ、なに可愛い子泣かしてんだよ?」
「あんな可愛い子がいるのに浮気かよ! 最低じゃん」
「ぼ、ぼかぁ、男の子を食べたいなぁ……はぁはぁ」
 いや、最後のやつガチじゃねーか!

 
「アンナ、別に全部を盗られたわけじゃないだろう?」
 ただのラーメンだしな。
「違うもん! 『タッくんとのラーメン』はアンナはまだだもん! 初めてはアンナが良かった!」
 更に号泣。
 めんどくせ!

「気持ちはわかるが……(わからんけど)。俺にとってアンナは特別だ」
 だって男の子でしょ?
「とく……べつ?」
「そうだ、アンナは俺にとって大事な取材対象であり、大切な人間だ」
「アンナが?」
 もうその時は涙を止めていた。

「だからもう泣くな。ひなたとは偶然だし事故だ。故意ではない。それにひなたとはデートはしてない」
 というかアンナもデートとして、カウントしていいものか。
「アンナが一番なの?」
 え? サッポロ?
 めんどくさい度100パーセントだが、ここは答えるべきだろう。

「ああ、間違いなくオンリーワンな存在だよ」
 一番の意味が違うし、わからんけど。
 適当だよ、テキトー。

「うれしぃ! タッくん、大好き!」
 俺に飛びつき、人目も気にせず抱きしめるアンナ。
 
 飛び交う歓声。

「いいぞ~ 彼氏、グッジョブ!」
「末永くお幸せに!」
「キィー、あの男の子は僕んちに連れていきたかったのにぃ!」
 だれがお前ん家に行くかよ? 犯罪だろうが。
 俺はまだこう見えて未成年だぞ? ピチピチのセブンティーン。


 機嫌を取り戻したアンナの手を取り、逃げるようにラーメン屋に入った。

「いらっしゃい! あれ、琢人くん。昨日の今日なのに……また映画帰りかい?」
 博多亭の大将とはちょっとした顔なじみ。
「大将、今日は違うよ……」
 もう色々と疲れたからあんまり突っ込まないでくれる?

「今日は?」
 どうやら大将の好奇心はおさまることを知らない。

「そちらのお嬢さんは?」
「あ、古賀 アンナっていいます☆ タッくんの……なんだろ?」
 それ自分で自分に聞く?
「友達……でもないし、彼女でもないし……」
 サラッとふられちゃったよ。

「ならあれかい? 友達以上彼女未満てことじゃねぇかい?」
 大将は嬉しそうに麺を湯がく。
「ですね☆」
 勝手に決めないでよ、アンナちゃん。
 それ、俺が決めることじゃね?

「ところで、昨日も女の子連れてきたね、琢人くん……モテる男はつらいねぇ」
 ニヤニヤしながら俺を見つめる大将。
 恐る恐る隣りを見ると、「ふしゅー!」と怒りの呼吸で我を失うアンナ。

「大将さん☆ その子はタッくんが偶然助けた女の子ですよ?」
 ニッコリと笑っているが、身体がめっさ震えている。
 顔も引きつっていて、無理して笑顔を作っている感がパない。
 俺は怖くて数歩後退する。

「あれ? そうだったの? 随分仲良さげに話してたからねぇ。おいちゃん、知らなかったよ」
「へ、へぇ、随分仲良かったんです……かぁ?」
 言いかけて俺を睨むアンナ。

「しゃ、社交辞令だよ」
 苦笑いでうろたえる。
「ねぇ、タッくん☆」
 優しく微笑むアンナ。
「な、なんだ?」
「アンナ、早くラーメン食べたいな☆」

 俺は人生で新記録ってぐらいのスピードで大将に注文した。
「とんこつラーメン、2つ! バリカタで!」
「あいよ!」
 こんな注文、二度とごめんだ……。

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