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見栄と常識


「も、もういいぞ! タクト」
 顔を赤らめて、扉を開くミハイル。
 特段、部屋の見た目は変わってない。
 やはりエロ本の隠し場所でも、変更していたのか?

「ああ……」
 俺は待つこと5分ほど。やっと許可が下りたので、彼の部屋へ入ることにした。

「どこにでも座ってくれよ☆」
「すまんな」
 部屋の真ん中あたりに、小さなガラス製のちゃぶ台がある。
 ちなみに形はハートである。

 ちゃぶ台を挟むようにして、これまたハートのクッションが二つ並んでいた。
 今日はバレンタインデーでしたかな?

 俺は右手にあるクッションに腰を下ろした。
 ミハイルが「飲み物はなにがいい?」と聞いてきたので「コーヒー、ブラックで」と答える。
 彼は俺の答えにニカッと微笑み、リビングまで小走りで去っていった。

 やけに嬉しそうだな。
 こいつもこう見えて、友達が少ない……可哀そうなやつなんだろうか?

 ちゃぶ台の前に目をやった。
 今時、珍しいブラウン管のテレビ。
 ベゼルが太すぎぃ~! な、せいもあってか、ハートのシールが貼りまくってある。
 これでは映像を見る際、ハートが気になって映像に集中できないのでは?

「お待たせ☆ タクトのぶん!」
 ミハイルはネッキーのグラスを差し出した。

「あ、ありがとう」
 なんかコーヒーが似合わないよ!

 だが、俺好みのアイスコーヒーで旨い。
 スクリーングの疲れが吹っ飛ぶぐらいだ。

 ミハイルは俺の対面に腰を下ろすと、なぜか正座している。
 日頃からショーパンを履いているせいもあってか、ヒップが更に強調され、白くてきれいな太ももが堪能できる。
 くっ! ヤンキーのくせして、お行儀が良すぎかよ!

「じゃあオレもいただきまーす!」
 そう言うと、ミハイルはネニーのグラスを両手で持ち上げた。
 俺と違い、いちごミルクでストローつき。
 まあこいつはお口がちっさいからな。

「んぐっ……んぐっ……」
 なんで、君が飲み食いしていると、違う音に聞こえるかね。

「ぶはぁっ! はぁ、はぁ……おいしかった☆」
 それ、本当にいちごミルク?
 別のミルク入ってない?

「ところで、ミハイル」
「ん? なに?」
「お前の姉さんが『今夜は泊まっていけ』とか言っていたが……本気か?」
「え!?」
 ミハイルはボンッ! と顔を赤くする。

「ねーちゃんが、そんなこと言っていたのかよ!?」
「ああ」
「ど、どうしよう! タクトのパジャマがないよ!?」 
 そんなこと、俺に言われてもな。
「ならば帰ろう。急に来て迷惑だしな」
 咄嗟に逃避フラグを立てておく俺、グッジョブ。

「え? か、帰るの!?」
 顔を赤くしたと思ったら、今度は驚くミハイル。
 表情、豊かでいいですね。

「だって、母さんやかなでにも、伝えてないしな」
「そ、それはそうだけど……かなでちゃんには、オレから電話しておくよ!」
 身を乗り出すミハイル。
 互いの唇が重なりそうなくらいな至近距離。

「却下だ。母さんはミハイルが我が家に泊まった時にこう言っていただろ?」
「?」
 俺はわざわざ母さんのものまねで答えてあげた。
「今度ミーシャちゃん家にお母さんのお菓子を持っていってちょうだい♪ ……とな」
「そっか……でも気にしなくていいよ☆」
 くっ、早くしないと、おんめーのねーちゃんが風呂から上がるだろうが!

「いいか、ミハイル。大人には見栄ってのがあってな。菓子折りぐらい持っていかせるのが、大人の常識……」
 と言いかけた瞬間だった。
 ミハイルの部屋の前で仁王立ちしている女を発見。

「いらねーよ、そんなもん」

 そのお人は、またもやブラジャーとパンティのみ、という防御力ゼロの装備で、俺の目の前に現れた。
 逃避フラグが折れた……。

「だいたい、あたいはパティシエだぞ? 菓子なんぞ、こっちが土産としていくらでもやるよ」
 背後から『ゴゴゴゴゴ』とスタンドが動き出す。

 これは……なにか口答えすれば、殺される。

「あ、今晩お世話になりまーす」
 苦笑いでごまかした。
「坊主、お前。飲み込みが早いな♪」
 きっしょ!

「あぁっ!?」
 突然、慌てるミハイル。
 そして、俺に飛びついて抱き着く。

「な、なにをする? ミハイル」
「だって、ねーちゃんが裸じゃんか!」
 絶壁の胸で、俺の視界は真っ暗だ。
 だが、ミハイルの香りが心地よく、また彼の心音が聞けて、BGMは最高だ。

「ミーシャ、裸じゃないだろ~ 下着を着てるじゃん」
 ヴィクトリアの顔は見えんが、きっと意地悪そうな顔なのだろう。
「ねーちゃん! タクトは男なんだよ! 早く服を着て!」
 いや、お前もだろ。

「は? どうしたんだ、ミーシャ? (りき)だって、いつもあたいの身体を見てるけど?」
「力はタクトと違うもん! あいつはちっさいころから、ねーちゃんの裸見てたもん!」
 ええ……ちょっと、ドン引きだわ。千鳥のやつ。

「はぁ? おかしなミーシャだな……ま、あたいは服でも着るべ」
 そう言うと、足音が遠くなる。
 その間、ずっと俺はミハイルの胸で暖められている。
 貧乳、ばんざ~い!
 
「も、もういいぞ……タクト」
 抱擁タイム、終了ですか?
 延長ってお願いできないんですかね。

「なんか色々とごめんな……」
 顔を真っ赤にさせて、モジモジしだすミハイル。

「まあ我が家もあんな感じだから、気にすんな」
「う、うん……」
 それが大問題なんだがな。

「じゃあ、お泊り決定だな! オレがかなでちゃんに電話しておくよ☆」
「いや待て……」
 話している途中だというのに、俺を無視して、既にスマホで通話しだした。

「あ、かなでちゃん? うん、オレ☆ タクト、今日うちに泊まるからさ」
『了解ですわ。それより、ミーシャちゃん、ハァハァ……今日の下着は何色ですの?』
 隣りにいても聞こえてくる変態の声が。(妹)
「え? ブルーかな?」
『ハァハァ……そ、それでどんな形ですの? リボンは付いてますの?』
「普通だけど」
『ハァハァ、まだまだノーマルですのね。ミーシャちゃんは、デヘヘ……』
 俺はミハイルのスマホを取り上げると、電話をぶち切ってやった。
 人の友人になにを吹き込んでいるんだ、あの変態妹は。

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