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第47話 宣戦布告※隼Side※

俺と梨々は祭りの会場を後にして、2人で梨々の家までの道のりを歩いた。

会場から梨々の家までは徒歩5分。

すぐに着くからと言われたが、夜道に梨々を一人で帰すわけにはいかなかった。


梨々と別れてから俺は駅の方向へと向かう。

またあの満員電車に30分も揺られるのかと思うと、少しわがままを言って家族の迎えを呼ぼうかとも思った。

そんなことを考えながら歩いていると、正面から五郎の声が聞こえてきた。

五郎の声は太くて落ち着いており、力強い物言いと相まって遠くからでもすぐに分かるのだ。


「……五郎!」

複数の浴衣姿の女性と談笑しながら歩いてくる五郎に俺は声かけた。


「む?隼ではないか!何をしているこんな所で」

「俺は今祭りの帰りで駅に向かってたんだよ。五郎も祭りに行ってたの?」

「うむ。見ろ隼、ハーレムだ。羨ましいだろう?」


五郎はそう言って両手を広げ、五郎の左右に2人ずついる女性たちの顔を見渡した。


「…こんばんは。五郎の友達です」

俺はとっさに彼女たちに挨拶した。

「え!ねえめっちゃ可愛いんだけど」

「それな?名前隼君って言うの?すごいかっこいい」

「五郎くん!こんなイケメン君の友達いるなら早く言ってよ!」

「しかもちゃんと挨拶してきて偉い!」

「まあまあ落ち着け落ち着け。隼がビックリしているだろう」


俺が喋った途端、五郎とその周りの女性たちが一斉に話し始めた。

俺はこんなに一気に反応されるとは思ってなくて、誰にどう答えれば良いのかが分からなかった。

「……えーっと……」

「ごめんね隼くん!キミがあんまり可愛いから私達はしゃいじゃって」

「いや!大丈夫です。あと可愛くないです…」

「謙虚だねーー隼くん、年上の女の人は好き?」

「えっ?年上……ですか?」

「うん!お姉さんたちと遊ばない?」

「寄せ。隼には想い人がいる。それにこいつは純情な男だ。主らのような夜蝶には付いてこないだろう」

「えーこんなにイケメンなのに遊んでないの?そういうのすっごい好きなんだけど!」

「だからよしてやれ……」


どんどん展開していく会話に俺はついていけず、ただ頭の上がグルグル渦巻いているような感覚になっていた。


それでも五郎が、俺には想い人がいるという言葉を発したことは少し引っかかった。


やっぱり五郎も俺の気持ちに気づいていたのか……?



「ていうか隼くん、誰とお祭りに来てたの?もしかしてその好きな人と?」

「えっ!いや……その」

「もー照れちゃって可愛い!」

「それともお友達と来てたのかな?今度は私達と五郎くんと皆で行こうよ〜」

「あ、五郎がいるなら…」

「ねえもうめっちゃウブいんだけど!私達とだけじゃ恥ずかしいから嫌だって!」

「分かったから貴様ら少し落ち着け」

「貴様とか酷いーー!五郎くん、拗ねないでよ!」

「誰が拗ねるか馬鹿者め。俺が隼に拗ねる要素など何一つとして無い。あとから追うから先に俺の家に向かっててくれぬか?暫しの間、隼と話をさせてくれ」

「えーじゃあ隼くんとメアド交換したい!」

「駄目だ。どうしてもと言うなら隼の許可を得てから後程俺がお前たちに教える。いいから先に行っててくれ」

「んもう仕方ないなあ。また後でね!じゃーね隼くん!また会おうね!」

「ばいばーい!」


「……全く、嵐が過ぎ去ったようだったな。隼、突然驚かせてすまぬな」

「いや!全然大丈夫!みんな楽しそうだし仲良さそうだね」

「まあ、彼これ2年ほどの付き合いだからな。皆俺の姉の知り合いだ」

「そうなんだ!」


五郎がどうしていつも年上の女の人と仲良くしているのかがやっと分かった。お姉さん繋がりだったのか…


「それよりも隼、お前今日は誰と祭りに行っていたのだ?」


五郎が真面目な顔になり俺に尋ねてくる。

俺は五郎と梨々のあの話を思い出し、素直に答えても良いのかが分からなかった。

6月の地区予選の大会の日……

五郎は梨々に、優の好きな人が男の人であるということを伝えた。

そして梨々はその事実にショックを受け、俺に相談してきた。

その頃から俺は、五郎も梨々の事を好きなのではないかと思い始めていた。


だから、もし俺が今日梨々と2人で祭りに行ったと知れば………それが怖くて俺は答えられずにいた。


「………梨々さんと行ったのか?」


俺が黙っていると、五郎からそう聞いてきた。


「えっ……!なんで……」

「矢張りな。昨日小春さんから聞いていたから」

「ええ!そうなの!?」

「うむ。どうやら優もいるらしいが…奴らは今日来てないのだろう?」

「なんで分かって……」

「小春さんからメールで報告を受けたからだ。…………お前と梨々さんが二人きりになるだろうから、俺は決して邪魔をするなとも言われた」



俺は一瞬、五郎の言葉の意味が分からなかった。

だけど次の五郎の言葉を聞いて、俺の予想が当たっていたことを知った。


「小春さんはどうやら隼、お前の味方のようだな。……しかしすまぬが俺とて男だ。周囲がどう動こうと、簡単に諦めるわけにはいかん。隼……俺もお前と同じ気持ちだ。俺も梨々さんのことを特別に慕っておる。そしてその暁には、是非俺と一緒になってもらいたいと思っておる。だから隼………お前とは勝負せねばならん」


街灯の灯火だけが目立つ閑静な住宅街。

俺はそんな場所で、今間違いなく五郎から宣戦布告を受けた。


やっぱり五郎も梨々のことが好きだったのか……


そして清和さんは、俺と梨々が2人で祭りに行くことを見越して、事前に五郎に連絡を入れていたのか……

ということは、清和さんも五郎の気持ちをわかっていたということだ。

清和さんは俺にはその事を敢えて言わず、ただ側で応援すると言ってくれていたということになる。


五郎の告白によって繋がってくるこれまでの色んなこと。

俺が思っているよりもずっと早く、どうやら俺の周りでは皆の思惑や情報のやり取りが交錯していたみたいだ。


「………俺は、梨々さんには幸せになってほしいと思ってる。それだけだよ」


五郎のように、俺は自分に自信が無いし恋愛に慣れている訳でもない。

だから梨々を幸せにできるとか、そんなことは思えない。

ただ、梨々には報われてほしいだけ。
幸せに笑ってて欲しいだけ。

さっきの優との出会いを聞き、その気持ちはより一層強まった。


「ふん。見限ったぞ隼。まさかお前がそこまで腰抜けだとは思わなんだ。己の気持ちに蓋をして綺麗事を言い逃げるのか?俺は真正面からお前にも向き合っているというのに。」


五郎が少し怒ったような絶望したような声で俺に言う。

確かに五郎の言う通り、俺は真正面から梨々に気持ちをぶつけているわけではないとは思う。

だけど………


「自分の気持ちを貫くことで梨々さんを傷つけるなら、俺は喜んで逃げるし遠回りでもするよ。」


五郎の目を見て言った。

俺より少し高い位置にある五郎の目の奥が、一瞬揺らいだのが見えた。


「……瑠千亜みたいなことを言いおって。俺が梨々さんに優の恋事情を漏らしたことをお前も怒っておるのか?」


「怒ってないよ。五郎には五郎なりの考えがあったんだと思うし。……だけど梨々さんはそれを聞いて今でも苦しんでるよ……救える算段があるなら、早くそれをしてあげてほしいなとは思うけど」

「そこまで分かっておるのか隼。お前にしては勘が鋭いではないか。」

「瑠千亜からヒントを貰ったからね。……どっちにしろ俺には梨々さんを救うような事はできない……そんな自信もないし。だけど五郎がそれをできると思ったからそういう行動に出たんでしょ?…それなら…」

「ああ。お前に言われんでも分かっておる」



俺の言葉を遮って短くそう答える。

五郎は腕を組み難しい顔をして俺を睨みつけるようにしている。


「とにかく隼、今日お前が梨々さんと2人で過ごして出した結論がそれであるならば、俺は今後容赦なく梨々さんと共に幸せになるべく動くぞ。お前は遠巻きからでも見ておるが良い。そんな逃げ腰で後から後悔しても、俺は構わんからな…」


五郎はそう言って俺の横を通り過ぎ、さっき五郎と一緒にいた女性たちが歩いて行った方向へと進んだ。


五郎の言葉は正論ばかりだ。

何も言い返せない。

だけどその言葉で何故か、さっき花火が終わった後に梨々が打ち明けたことを思い出した。

男性への微かな恐怖。恐らく梨々を想う人たちによって傷つけられてきたこと。剥き出しの下心と自分へ働く損得勘定。

梨々にはこれ以上、そんな思いをして欲しくない。


「……もし……もし梨々さんが傷ついたら、俺も容赦なく動くから…!その時は傷つけた相手が五郎だとしても、俺も遠慮しないから……!」


歩いている五郎の方を振り向き、届くように声を張る。

五郎は一瞬だけ足を止めて、こちらを振り向かことなく「望むところだ」と呟くようにして言って再び歩き出した。


五郎が梨々を傷つけるとは思いたくない。

だけど純粋に優を想い辛い過去を克服しようとしている梨々のことは、絶対に誰にも邪魔させたくないと思った。

これも俺の独りよがりな思いに過ぎなくて、梨々にとって迷惑になることもあるのかもしれない。

だけど俺は、梨々が心から笑える日が来るまで、梨々が話してくれた宝物のような思い出と気持ちを、守っていきたいと思った。

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