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第46話 夜の太陽※隼Side※

梨々は話を終えると、涙を堪えるように真っ暗な天を仰いだ。


気がつけば花火は終わり、微かな火薬の匂いが辺りを包んでいた。


近くで花火を見ていた人たちがぞろぞろと帰り始める。

その背中は祭りの余韻を残し、これから始まる夏を待ち受けているようだった。



「……梨々は今、幸せだよ。」


周囲の雰囲気とは違う二人だけの異空間のような静寂を破る、梨々の声が切なく破いた。


「この学園に入って……あの日助けてくれた優くんと仲良くなって。毎日お話できて、梨々はそのお陰で毎日元気になれる。お兄ちゃんのことを思い出さない日はなかったよ。だけど、その度に優くんが梨々の心の中に出てきて、悲しんでいる梨々をお兄ちゃんと一緒に優しく見守ってくれてるの。」


力ない笑顔を作って梨々は言う。


梨々は、自分の兄と優を重ねていた。



兄に対する兄妹以上の感情。

最後に素直になれなかった後悔。

悔やんでも泣いても消えない深い悲しみ。

伝えられなかった感謝と愛情。

きっと梨々の耐え難い苦しみを、優が救っているんだと思った。



「優にはこの話、してあるの?」


優が事情を知ったら、梨々に対しての気持ちはどうなるのだろうか……

知ったとしても変わらないのかもしれないが、この話をすれば、もしかしたら色々と変わるのかもしれないと期待してしまう。


「……ううん。優くんにはお話してないよ。水泳大会の日のことも、優くんは何も触れてこないし。……梨々の事は覚えてないみたい」


目を伏せ口元だけ笑顔を作った梨々は、消え入りそうな声でそう答える。


「そっか………」

「うん。だから梨々は、あの日の事とか関係なく優くんと仲良くなりたいと思ったの。同情とかそういうのナシに梨々のことを好きって思ってもらえるように……頑張ったんだけどね……」


言葉の途中で梨々は泣き出しそうな声を止めた。


「それでも結局…駄目だった……」

耐えられず梨々は涙を流した。

ポタポタと頬を伝う涙が、梨々の浴衣の胸元に落ちる。


梨々は自分の籠からハンカチを取り出し、目を抑えた。

その大きな目でゆっくりと瞬きをするたびに、優への気持ちが募っているようだった。



「……梨々さん、まだ優のこと、諦めなくていいんじゃないかな…」

「……え?」

「確かに今は、優は他の人を好きなのかもしれない。……だけど、その人と付き合ってるわけでもないんだし…梨々さんも気持ちを伝えて断られた訳でもないんでしょ?それなら、まだ駄目だったって言うのは早いんじゃないかな……」


涙を止めて俺の目を見て聞いてくれている梨々に俺はそう声をかけるしかなかった。

俺も優の好きな人のことはまだよく分からない。

だけど、梨々の優に対する気持ちを何もわからないまま止めてしまうことは、梨々を苦しめることになるのではないかと思った。


少なくとも今の梨々は、優への気持ちで過去を乗り越えようとしている。

優への気持ちが今の梨々を支えているのなら、もう少しはそのままでいいんじゃないかと思う。


「……隼くん、やっぱり優しいね……」

梨々は俺の顔を見てそう言いながら微笑んだ。


「梨々、やっぱり今日隼くんと2人で来られてよかったよ。このお話も、隼くんにしてよかった。」


辺りはもう完全に静まっている。

遠くから聞こえる虫の音は、疎らに散らばる空の星に向かってその声を奏でているようだった。


そしてその中に浮かぶ梨々の笑顔は、涙の痕を携えることで余計に美しく気高く光る。


俺は梨々のくれた言葉にどう変えしたら良いか分からず、ただ梨々と同じように微笑むことしかできなかった。



「梨々がお兄ちゃんのこと…ちゃんと向き合えるようになったら、梨々は優くんと一緒になれなくても悲しくならないと思う」


梨々の言葉の通り、梨々はきっと、兄を引きずっているんだと思う。

優への特別な感情は、本当は兄への感情なのかもしれない。

それが姿を変えて優に向かっているだけ。


だけどそれでも、優に恋することで梨々が救われているのなら、そんな事実はいつか無実になるのだろう。


「うん。だけど梨々さんは、今のままでもいいと思うよ」


俺はただの第三者だ。

梨々の過去にも現在の気持ちにも関わってはいない。

だから、言えることはこれしかなかったんだ。



「……隼くん、梨々のだめなところ、どうしてそんなに受け入れてくれるの?」


梨々が無垢な瞳で尋ねてくる。

その目は驚くほどに綺麗で澄んでいて……

俺の心を鋭く突き刺した。


「梨々さんはだめなんかじゃないよ。……もし自分でだめだと思っているんだとしても、人は完璧じゃないから。俺にも誰にでも、だめなところはあるんだよ」


俺は自分の駄目な所を日々痛感するばかりだ。

だから他の人の悪い部分やマイナスな部分などに注目する余裕はない。

だけど、俺以外の誰もが駄目な部分がある。

そう思わないと、自分で自分を押し潰してしまいそうだ。


そんな自分の弱さを隠すために、実際はそう思い込んでいるだけなのだ。




なぜ俺が梨々を受け入れているのか。

本当は、それは梨々には知られてはいけない、俺の梨々に対する特別な感情があるからに他ならない。

梨々の事が好きだから、何でも受け入れているだけなのかもしれない。

俺は梨々が思う程、心が広くないんだと思う。



「そっか……梨々も、隼くんみたいになりたいなあ」


梨々は目線を俺から正面に移し、さっきまで花火が広がっていた方向を見つめながら言った。


「俺は梨々さんみたいになりたいよ…」

「ええー!なんで!?」

「俺にないものを沢山持ってるからかな」

「隼くんこそ、梨々にないものを沢山持ってる!」

「そんなことないよ」

「あるよ!……梨々ね、実は中学生になってから、男の人が少し怖かったの。だけど隼くんは梨々に対してだけじゃなくて、他の女の子たちにも全然怖くない。絶対嫌な事はしないし、ちゃんと最後までお話を聞いてくれるし、どんな人にも平等に優しいし。梨々のこと、見た目だけじゃなくてちゃんと中身まで見てくれて考えてくれてるし。そんな人、他にはいなかったよ……」


梨々は多くの人の目を惹くその見た目故、嫌な思いも沢山してきたのだろう。

いつも無邪気に笑っていた梨々が、実は悲しみ傷つき怯えていたのだと思うと、そんなことに気付なかった自分に不甲斐なさを感じた。


「ありがとね梨々さん。だけど俺、本当に梨々さんが思ってるような人じゃないと思うよ」

「そんなことないと思うけどなあ…。梨々だけじゃなくて、他の子たちも皆言ってるよ?」

「それはすごいありがたいけど……」

「隼くんはもっと自分に自信を持っても良いと思う!隼くん程優しくていい人、絶対他にいないから!」


力強く明るい笑顔で梨々に言われる。

自信を持てって、清和さんにも言われたな……

だけど自分への自信の持ち方が分からない俺は、梨々の言葉にただ曖昧に微笑むしかなかった。


それに、梨々にとって俺はいい人以外の何者でもない……

そんな事実が今更胸を締め付けた。


俺は所謂、いい人止まりっていうパターンになりがちなのかもしれない。

そう思うと自虐的な感情を止めることができなかった。


「ねえ隼くん!もし隼くんが自分に自信を持てないなら、梨々が隼くんの良いところ沢山教えるよ!だから落ち込んじゃったときとか追い詰めちゃってる時は、梨々に何でも相談して!」

俺は鬱々とした気持ちが表情に出ていたのか、梨々は励ますようにまた明るくそう言った。

「梨々は何回も隼くんに助けられてるからね!そろそろ梨々がお返しするときが来たよ!」

俺に気を遣わせないように、梨々は全力の笑顔をこちらに向ける。

その笑顔はまるで、明日の太陽を先取りしているかのように眩しかった。


「本当にありがとね梨々さん」

俺はただただ、目の前の尊い光にそう答えるのが精一杯だった。


梨々の真っ直ぐな気持ちと純粋な愛情。

それは兄や優だけでなく、彼らが優しく照らしてくれたこの世界全てに注がれているのだろうと思った。



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