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入学式


 入口には、目の前に『巨大なメロン』を2つ抱えた長身の女が両腕を組んで、仁王立ちしていた。
 肩まで伸びた長い髪が風と共に揺れ、桜の花びらが彼女の背後で舞う。
 一見すると美人と言える部類なのだろうが、どうにも目が怖い。
 しかも不敵な笑みを浮かべている……。
 次のターンで即死技でも使うんですか?

 彼女の服装と言えば、入学式なこともあってか。ジャケットにタイトスカートと至ってフォーマルな装いではあるが、何か違和感がある。
 上着のボタンは閉めておらず、合間から見えるインナーは胸元がざっくりと開いたチューブトップで、豊満なバストが零れ落ちそうだ。
 この人はいわゆるキャバ嬢というものだろう。それとも……いやらしいお店の呼び込みか?

「よお! やっと来たな!」

 彼女の名前は宗像(むなかた) (らん)
 この一ツ橋高校の責任者兼教師でもある。

 俺とこの女が会ったのはまだ2回目だというのに、妙に馴れ馴れしい。
 コミュ力というものが数値化されるのならば、平均値を五十としよう。
 この女は限界値を突破して、53万だろう……。

 対する俺は『コミュ障』と自認している。
 十九ぐらいだな。だが、時と場合による……。
 俺は曲がったことが大嫌いなんだ。
 だからその時は穏やかで純粋な心を持つ俺は激しい怒りで『スーパーコミュ人』へと変身してしまう。


「初日から遅刻とはいい度胸だな、新宮!」

 おーい、新宮さん~ 呼んでるよ?
 辺りを見回すが、俺の周りには誰一人としておらず、目に見えるのは校舎の前で駐車している車や、舞い散った桜の花びらがアスファルトを埋めているだけだ。

 俺がとぼけていると、女が俺の頭をガッシリと掴み、握力をかける。
「い、いだい……」
「新宮……お前、本当にいい度胸しているよなぁ」
 その目は百獣の王が草食動物を狙っているそれと同じだ。

「いえ……俺にそんな鋼のメンタルは持ち合わせていませんよ」
「いやいや、その歪んだ性格は私のお墨付きだ」
「俺ほど真っ当に生きているティーンエイジャーもいませんよ?」
「ふん! 可愛げのないやつだな。もうお前以外、既に集まっているぞ。こうやって若くて美人のセンセイがお前を待ってやっていたんだ。光栄に思え」
 と言いつつ、女の握力は増すばかり。あんまりだ。

 この女……以前のご職業はSMの女王様なのでしょうな。
宗像(むなかた)先生、暴力はいけませんよ。昨今、生徒に対する体罰は問題視されていると聞きますが……」
 俺が歯向かうと、自称美人教師の宗像先生は力を更に強めた。
 頭蓋骨が軋む音がする……俺は今日、死ぬのか?

「嫌だな~ これは可愛い生徒に対するスキンシップってやつだろ♪」
 といってウインクした。
 きっしょ! ホルスタイン女めが!

「わ、わかりました……遅くなったことは謝ります……。と、とりあえず、そのお手を放してから入場させてください……」
「お! 学生らしい良い返事だな。大変よくできました♪」
 ……と、満面の笑みを放っているが、俺の頭蓋骨に対する握力が弱まることはない。

「せ、先生? 俺、入りますから手を放していただけないと……」
「な~にを言っているんだ? 担任の私も入るんだからこのままでいいだろうが?」
 不敵な笑みで俺を見下している。
 悪魔だ! 児童虐待だ! あ、青年か?

「つべこべ言わずにさっさと入れ!」

 宗像先生はまるで俺をゲーセンのUFOキャッチャーの景品のごとく、片手で軽々持ち上げて、ポイッと会場内に投げ込んだ。

「うわっ!」

 俺の身体は会場内に投げ込まれるとボールのようにコロコロと転がり、途中柱にぶつかると静止した。
 漫画のように頭と両脚で4つん這い(3つん這いというべきか?)になり、お尻だけが宙に浮いているような状態だ。

 これが世にいう『リアル尻だけ星人』とでもいうのだろう。

 気まずい……なんという高校デビューなのだろうか。それもこれも全部『アイツ』のせいだ。
 『アイツ』とは先ほどの宗像先生のことではない。
 この学校入学を薦めた、クソ編集部のロリババアのことだ。
 忌々しいロリババアのことはまたいずれ話そう。
 (ムカつくから!)

 俺が脳内フリーズしていると足音が近くなる。

「だ、大丈夫ですか?」

 そう手を差し出したのは、一人の少女だった。
 所謂、ナチュラルボブでめがね女子。ザ・素朴。俺のセンサーではコミュ力は三十五といったころか。
 着ている服は、白いブラウスに紺色のプリーツの入った膝丈スカート。
 まるでJKの制服だな。この高校は私服が認められているのに……なぜだ?
 だが、リア充ではあるまい。安全牌だ。

 さっきまでSMプレイを強要されていた俺には、女神のように見える。
 差し出された手を取り、俺が「ありがとう」というと少女は「どういたしまして」と女神の微笑みを見せてくれた。
 暴力教師、宗像よ……見習え! (切実な願いさ)

 初回からトラブル続きのスクールライフをおくるのに戸惑う俺は頭を掻きながら、女神少女の隣のイスに座った。
 イスに座ることでようやく会場内を一望できた。
 外から見ると小さな建物ではあったが、意外と中は広く感じる。
 壁一面に紅白幕がかけてあり、中央には『ご入学おめでとうございます! 教師一同』
 なんか見てるだけでこっちが恥ずかしくなる。たかが高校の入学式なのに。
 会場内は宗像先生の言った通り、新入生、保護者、教師、来賓の方々……みんな全員集合! といったところか。
 既に全員着席済みときたもんだ。

「おい! 新宮!」
 またお前か……宗像。

「今度はなんですか?」
「お前の席はそこではない! お前のは、ほれ……一番前の席だ!」
 なん……だと!
 コミュ力、十九の俺に一番前の席とはなんたる羞恥プレイか!

「マ、マジっすか……?」
「マジだ」

 宗像先生はまた俺の頭を片手で掴むと、一番前の席まで持っていかれた。(モノ扱い)
 確かにそのイスには俺の名前が書かれていた。
 宗像先生が「な?」と言いつつ、俺をゴミのようにイスにポイッと捨てた……。


 先生はため息をつきながら、壇上の隣り、おそらく司会と思われる机の前に立ち。
「あー あー、テステス……」
 ふむ、なんか懐かしい光景ですな。

「では、全員揃ったところで、今から、第31回、一ツ橋高校、通信制コース。春期入学式を始めます」

 そうコミュ力が底辺クラスの俺には通信制高校で十分だ。
 俺には全日制など程遠い。

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