第41話 夏の始まり※隼Side※
あと一週間で夏休み。
7月下旬に始まる夏休みは、俺らにとっては8月下旬の全国中学校体育大会(全中)で終わることになる。
つまり、夏休みだからといって遊んではいられない。
むしろ学校の時間がない分、ビッチリ練習が詰め込まれるのだ。
「全中組は遊べねーけど俺らは青春しちゃうもんねー!な?五郎?」
「うむ。夏こそ恋衣を脱ぐときである。つまり我が身にまとわりつくような恋が、夏もそのままではさぞ暑かろう。ここは一つ、勇気を出してそんな恋の衣を脱ぎ捨てるのだ。自分の気持ちを曝け出せ!閉じこもるのはもう終わりにするのだ!」
「何言ってんだこいつ。」
「五郎の場合本当の衣を脱いで逮捕でもされそうだけどな」
「されるかああ!!なんだ貴様らその言い草は!折角の夏の余暇も興醒めするだろう!」
「ふつーに夏休み萎えた でよくね?なんでこいつは昔の言葉を使いたがるかなー」
「昔の言葉だと!?フン、まるでわかっておらぬな瑠千亜。日本古来の大和言葉を昔の言葉などと言い馬鹿にするとは。お前はもしや日本人ではないな!?和の心を持たぬ者め!さては夷狄の送り込んだ使いの者だな!?」
「あーハイハイ。そのままお前が間違ってどっかの国に送り返されればいーのにな」
夏休み目前になっても、俺らは相変わらずだ。
毎日がとても楽しくて、特に瑠千亜と五郎の言い合いは目の前で漫才でもやっているかのような面白さがある。
みんなと一緒に授業を受けて部活をして、たまに遊んでテストを受けて。
そんな当たり前のような学生生活を、とても濃い密度で過ごしている。
これが一般的に言う「青春」っていうことなのかな?
まさか中学でこんなにも「青春」を感じることができるとは、小学生時代は思いもしなかった。
「まーとりあえず夏休み中、部活無い日は俺と五郎でナンパするっしょー?海でも行く?」
「うむ。海で始まる恋もなかなか趣があるな」
「そんな暇あるのか?全中に行かないとはいえ、夏休みが明けたらすぐに新人戦なんだぞ。それにお前ら、あれだけ啖呵切っといて結局一年生大会も俺らに負けたじゃないか」
「う、うるせー!!いいんだよ!決勝まで行ったし!!同校対決でめっちゃ競って試合時間長くなったせいで観客から『学校のコートでやれよ』って野次が飛んだのとかアレちょーサイコーに優越感あったから!」
「どこで優越感に浸ってんだよ。ドMか?」
「ドM!?まさか瑠千亜お前!只でさえ夷狄の密使疑惑があるのに、その上性別まで偽っていたのか!?」
「いやアホすぎんだろお前!なんでそうなるんだよ!
性癖と性別はまた別だろーが!しかも海外のスパイ疑惑いつまで引きずってんだよ!」
「ほう。つまりMなのは認めると」
「っくそ優テメーそこ気づくんじゃねーよ!」
「最早隠せてもないじゃないか」
だめだ、やっぱりこの速度にはついていけない笑
よくこんなに次から次へと面白いやり取りができるなあ……
やっぱりみんな、頭の回転が速いんだなあ。
「おい隼お前さっきからほくそ笑んで何も言わねーけど!」
「えっ!ほくそ笑んでたわけではないよ!?」
「言い訳すんな!!俺がドMなのを知って笑ってただろ!」
「ドM…?」
「あーそうだった!こいつそっち系は小学生レベルだったんだ!」
「隼、ドMを知らぬのか。いいか?ドMというのはな、根っから被虐嗜好の人を指すのだ。他人から攻撃されたり苦痛な状況に陥ったりすることを楽しむ傾向や性癖が甚だしい人のことだ」
「テメ何辞書的な説明してんだよ!余計なことを言うな!」
「その通りだぞ五郎。隼に変なことを教えるな」
「えーと、ドM?の人が攻撃されたいと思ってるっていうことは何となくわかった」
「わからんでいい隼。忘れろ。」
「んーーーまあ当たらずとも遠からず!なんかすげー端折られたせいでヤベーやつみたいな認識になってっけど!」
「やばいやつだろお前は」
「いやいやいや人の性癖をやばいとか言っちゃーいかんよ?ね?隼!隼にだって性癖の1つや2つあるもんねー?」
「瑠千亜お前いい加減にしろよ」
「隼もドMな気がすっけどなー」
「俺はべつに攻撃されたいとは思ってないから違うよ!」
「おお、こういう会話で珍しくはっきり否定してきた……」
「隼の性癖を是非暴いてみたいものだな。どれ、隼も練習の合間にびーちへ赴くか?」
「黙ってたと思ったらたまにはいいこと言うじゃん五郎!いいじゃん!さんせーい!キレーなビキニのオネーサンたちを見て隼も自分の性癖に目覚めちゃうかもよー?」
「水着着てる女の人をあんまりジロジロ見たら良くない気が……」
「全くふざけるのも大概にしろお前ら。夏休みは遊ぶ暇などない!ひたすら練習だ!それに休み明けの模試に向けての対策もしなければいけない。文武両道に明け暮れるのが夏休みというものだぞ」
「はーーーーったくこのクソジジイはセンコーみたいなこと言いやがって!」
「センコーという言葉もお前がさっき馬鹿にしてた昔の言葉だぞ瑠千亜。あと俺はクソでもジジイでもない。」
「んなのもうどーでもいいっての!ったく、せっかくの夏休みへのワクワク感が興醒めだっつの!」
「萎える でよかったんじゃないのか。ちゃっかり五郎の言葉引用してるじゃないか」
「うむ。瑠千亜も素直じゃないのう」
優の真面目な言葉に盛り上がっていた2人も徐々に落ち着きを取り戻したようだ。
でも確かに瑠千亜の言う通り、折角の夏休みだから少しくらいは楽しみたい気持ちもわかるなー。
もちろん勉強もしないとついていけなくなるし、部活がメインの夏休みになるのは覚悟してる。
だけど1日だけでも皆と楽しめたらいいな。
「確か俺らもお盆付近は連休があったよね?そこら辺で皆で遊びたいな」
「おっ!!隼が乗ってきた!これは優も来るしかないのでは!?」
「五月蝿い馬鹿。確かに8月13~15は休みだったはずだ。しかし家族が帰省したりしないのか?」
「うーん確かに。そこが駄目なら7月の最終土曜日は?7月唯一の休みだけど……」
「いいね隼!やっぱりお前も俺らと遊びたかったんじゃん!」
「そりゃ少しは、ね?せっかく仲良くなったんだしさ
。」
「何こいつかわいい」
「ね?優、一日だけお願い」
「「かわいい。」」 あっハモった」
「茶化すな瑠千亜と五郎。仕方ないな。一日だけだぞ。しかしその日以外は文武両道を貫けよ」
「やったーーー!!さすが隼!!お前の上目遣い攻撃、やっぱり優には効果抜群だぜ!!」
「上目遣い!?そんなのしてないよ!」
「してたしてた。かわいかった~ありゃ男でも勃つもん勃ちかけたわ」
「死ね瑠千亜」
「うーーこわこわ!さすが隼のボディーガード」
「まあ瑠千亜の言うことも分からんではない。正直俺も、心のアレがアレしかけた」
「何だ五郎テメーその表現は!!いつもの語彙力どーした!?」
「すまぬ。あまりに優が文武両道煩いから、つい寛政期の狂歌を思い出していた」
「世の中に 蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶ(文武)といふて 夜もねられず って やつ?」
「うむ。さすが隼、古の心得があるな」
「これは有名なやつだからね!五郎ほどそういうのは詳しいわけじゃないよ」
「ギャハハ!!優お前蚊だってー!!蚊レベルでうるさいってーー!」
「間違いなくうるさいのはお前だ瑠千亜。全くこいつは本当に教養も常識も欠けたガキだ」
賑やかな俺らのやり取りを、少し離れた場所から見ていた梨々と清和さんがいる。
俺らのやり取りはきっと教室の半分くらいまでは聞こえていると思う。
大体の人はやり取りを聞いて笑っている。
梨々さんたちも遠巻きに笑っているのが見えた。
そういえば、あの日。
清和さんと2人で帰った6月下旬のあの日。
あれから1ヶ月経つけど、俺は未だに梨々を花火大会に誘えていない。
花火大会は、さっき俺らが話していた7月最後の土曜日の前日、金曜の夜にある。
俺も梨々も夕方まで部活だけど、その後行こうと思えば行ける。次の日は部活が休みだし。
だけど…………
あの日、変わるって決めたけど、なかなか踏み出せないでいた。
あの日以来、清和さんと2人きりで話す機会はなかった。
だから俺が誘えてないことに対してどう思っているのかは分からない。
俺も梨々と花火大会に行けたらすごく嬉しいけど……
梨々は嬉しいのかな?やっぱり優も来たほうが喜ぶよね…
そもそも土曜日にみんなで遊ぶなら、前日の花火大会もみんなで行ったほうが楽しいんじゃないかな……
でもここで俺がそれを勝手に提案するのも気が引けたので、とりあえずあとで清和さんに相談してみることにした。
「で?7月最終土曜日どうするんだ?どこに行く?」
「ガチで海行かねー?出会いももちろんだけど泳ぎたいし!!」
「はあ、お前は清和に振られたばかりだというのに軽い男だ。」
「う、うるせー!男は諦めも肝心よっ!」
「未練たらたらな癖によく言う。隼と五郎も海でいいのか?」
「うん!友達と海に行くって実は少し憧れてたから」
「俺も海に賛成だな。先程も言ったがやはり夏は恋衣を脱ぐ季節…そこで「よし、じゃあ日程決めるか」」
五郎の言葉を遮って瑠千亜がペンとノートを取り出した。
「海行って泳ぐだけか?」
「俺アレやりたい!スイカ割り!あとBBQ!」
「夏の風物詩を詰め込んだな。」
「あとはかき氷!」
「かき氷やりたいってなんだよ。あれは海の家とかで売ってるものだろーが」
「あとは~~~」
瑠千亜を中心にどんどん決まっていく夏の予定。
すごく楽しみだし、早くその日が来ないかなと思ってしまう。
皆で計画を立てて遊びに行くのはGW以来だ。
あの時から俺は、何か成長したかな?
俺の時が一番止まっている気がする。
結局色んなことが有耶無耶なまま、中学生活初めての夏が始まった。