第34話 相談※隼Side※
ある昼休み。
この学園では中学にしては珍しく給食がない。
高等部と併用の学食を使うか、各自弁当を持参することになっている。
俺は基本的に弁当を持ってきて、同じく弁当持参の優と、学食で食べる瑠千亜、そして五郎と一緒に4人で学食の一部を借りて食べている。
梨々と小春さんはどちらも弁当なので、教室でそのまま食べる時もあれば、たまに学食に来て俺らと一緒に食べることもある。
「梨々さん?お弁当はどうしたの?」
いつもなら弁当を持って小春さんの席に行く梨々が、今日はじっと机に座ったまま、少し落ち込んだ様子をしていた。
「お弁当、、、わすれちゃった、、、それにお金も持ってないから、学食や購買でも買えなくて、、、」
力なく笑いながら梨々は答えた。
「俺今日おにぎり2つあるけど、1つ食べる?」
「ありがとう隼くん。でも、、、」
「いいよ気にしないで!おにぎりだけだと足りないだろうから、サンドウィッチも分けよう?」
「そんな、、、それだと隼くんが足りなくなっちゃうよ」
「大丈夫だよ。俺は今食べ盛りだから、っていつも余るくらい沢山用意してくれてるから。この他におかずもあるし、、、」
「本当にいいの?」
「いいよ!ほら、どうぞ」
「ありがとう!凄く助かる!今度何かお礼させてね!」
「お礼なんて気にしなくていいよ。こういう時はお互い様だよ」
「ありがとう」
ふんわりと、また力なく笑いながらおにぎりとサンドウィッチを受け取る梨々。
なんだか、いつもより元気がない。
「そういえば小春さんは?」
後ろを振り返って小春さんの席を見ても、そこにはいない。
「係のお仕事があるみたいで、先生に呼び出されてた。だから今日は隼くんたちと食べてね、って言われてたけど、梨々お昼ごはん持ってなかったからどうしようかな、と思って動けなかったの、、、」
「そうだったんだ。じゃあ一緒に食べよっか。
優たちはもう学食に行ってると思うし」
「いや、、、、あのね、、、、、」
教室の出口に向かおうとした時、梨々が何かを言いにくそうにしながら見をよじらせていた。
「今日は、、、その、隼くんと二人で食べたいな、、、、実は、ちょっとお話ししたいことがあって、、、」
もじもじとこちらを気にするように言った。
梨々からそんなこと言われるのは初めてで、思わずドキリとした。
「う、、、うん。わかった。
えーと、ここで食べる?それとも、人がいない方がいい?」
梨々の様子から察するに、きっと優関係のことだろうと思ったから、人に聞かれたくないかもしれない。
「人がいないほうがいいから、、、屋上に行こっか、、、」
ふと周りを見ながら人が教室では多いことを確かめ、梨々がそう提案した。
屋上で何度かみんなで食べたことがあるけど、確かにポツリポツリとしか人がいないし、屋上は広いから周りと距離を取れば会話の内容が聞こえるということはないだろう。
「わかった。」
俺と梨々は屋上に向かって歩きだした。
少し前を歩く梨々の後ろ姿は、やっぱりいつものようなはつらつとした感じが消えていた。
あからさまに落ち込んでいるとまでは見えないけど、それでも何かを抱えているのは分かる。
屋上につくまでの間、二人は無言だった。
屋上の扉を開けると、梅雨の時期の少し冷たい風が頬を撫でた。
朝降っていた雨上がりの空は、青に近いけどどこか重みを含んだまま、弱く太陽を乗せている。
四組ほどのグループがほぼ等間隔で昼食を食べていた。
「あそこにしよう。」
梨々は隅の方を指差して歩きだした。
「隼くん本当にありがとね。お昼ごはんももらっちゃって、しかも優くんたちと食べる予定だったのに屋上についてきてもらっちゃって、、、」
「大丈夫だよ。優にはメールしておいたし、ご飯も気にせず食べて!今食べないと、部活までもたないからね」
「うん!ありがとう!いただきます!」
さっきまでに比べると少し明るい笑顔でそう言っておにぎりを頬張った。
俺は梨々のこういう仕草に、まだドキドキするのを辞められない。
「美味しいっ!これ隼くんのお母さんが作ったの?」
「え?あ、、いや、、、調理人さんが、、、」
「えっ!調理人さんがいるの?」
「一応ね、、、」
「すごーい!それじゃあ、毎食プロのお料理を食べてるの?」
「たまに母さんも作ってくれるけどね。基本は忙しいから料理人さんが作ってくれてるよ。」
「へー!いいなぁいろんなお料理が食べられるんだね!このサンドウィッチも調理人さんが作ったの?」
「そうだね!野菜とかお肉とか、すごいボリュームなんだ」
「うんうん!栄養満点!って感じだね。
凄いなぁ~梨々、今凄く得しちゃってるよ」
「そんな大袈裟な笑 今度よかったら出来立てのを食べに来なよ。夏休みの半日練の後とか、みんなでさ」
「えー!そうする!そうしたい!凄く嬉しい!!そういえば夏休み中に誕生日の人が多いから、みんなでパーティーしようって話してたもんね!」
おにぎりを頬張りながら、梨々は心底嬉しそうに笑っている。
だんだんといつもの梨々に戻ってきているのを見て、安心した。
でも、、、、
だからこそ、何となくこちらからは梨々の相談事については切り出せなかった。
「梨々なんか元気になってきた!隼くんのおかげだよ!ありがとね!」
梨々の後ろに見える太陽と重なって、ぱぁと明るい笑顔でそう言われる。
容赦なく跳ね上がる心臓。
顔が熱くなるのがなんとなく自分で分かった。
「……っそれはよかった…」
ドキドキして、そんなことしか言えなかった。
多分変に目が泳いでるんだろうな、自分、、、
いつまで経っても、梨々にドキドキすることを辞めない自分が情けなくなってくる。
梨々には、想う人がいるのに、、、
それを応援するって言ったのに、、、
自分がこんな気持ちじゃ、本当に梨々の幸せを願っているのか分からなくなる。
願いたいと思っている一方で、梨々の幸せの中に自分はいないのかと思うとどうしようもなく悲しくなる。
本当にただの一方的な思いばかり。
焼き肉屋で瑠千亜と話したように、結局は自分のエゴなのかもしれない。
そんなことを考えていると、梨々が「あのね隼くん、相談っていうのはね、、、」と、おもむろに口を開いた。
「好きな人にドキドキするのって、どうしてだと思う?っていうのを、考えてほしくて……」
真剣な目をして梨々は尋ねる。
正午の陽が真南に上がって、夏の始まりを示すように気温が上がる。
俺たちの空気を包み込むように、生暖かい太陽の香りがする。
梨々が今頭の中で思い描いているのは、勿論優なのだろう。
そしてそれと同じ感情を俺は梨々に抱いている。
その理由、か、、、、、
「どうしてだろうね、、、自分でも気づかないうちに、いつの間にかその人のことを考えるとドキドキしちゃうよね、、、」
目の前にいる梨々に対しての気持ち。
理由もなくただ抑え込めないまま、気持ちが一方通行している。
「そうだよね、、、理由なんて、分からないよね、、、」
梨々が切なげに呟く。
「どうして理由を探そうと思ったの?」
今までは目一杯優への恋愛を楽しんでいた梨々が、急に恋愛について考え込みはじめたのは不思議だった。
「分からなくなっちゃって、、、、、お友達に対して好き、って思うのと、恋愛として好きって思うのは、何が違うんだろう、って、、、」
ギュっと手を握りながら俯く梨々。
「お友達に対しても、一緒にいたいとか、尊敬するとか、こういうところが好きだな~って思うし、、、
でも好きな人にもそう思うし、、、
だけど、お友達にはドキドキしないから、、、
そのドキドキはどこから来てるんだろう、って、、、」
伏せた目を何度も瞬きしながら考え込んでいる。
「確かにそうだよね。その人にしか抱かない、特別な感情ってものがあるもんね、、、」
顔が熱くなり体が火照るような息苦しい感情は、好きな人にしか抱かないもの。
それを説明できるものなんて、あるのかな、、、
「ごめんね梨々さん、、、今の俺には、その答えは出せないかな。
その人を見ると、否が応でもそういう感情が湧き上がってきて、自分ではコントロールできない感情もある、ってことしか考えたことがなかったから、、、」
「そうだよね、、、突然こんなこと聞いてごめんね?」
「でも、これから一緒に考えていこう。自分のことなんだから、きっと考え続ければ答えは自分なりに出せると思うよ。だから一緒に、答えが見つかるまで頑張って探っていこうよ」
答えが見つかるまで、梨々の気持ちは晴れないだろうから。
今解決させてあげられなかった自分が情けなくてしょうがないけれど、だったらこれから解決できるようにしていきたい。
「、、ほんとにごめんね、、、今はこんなことしか言えなくて、、、」
「ううん!隼くんって、本当に優しい。隼くんに相談してよかったよ」
梨々の気遣いなのか、そんな言葉をかけてくれる。
それに対してまた、心臓がドクンと動く。
だけどこの感情は、梨々だから得られるものなんだ。
それだけは確かだよ。
「どうして梨々がいきなりこんなこと聞いたかというとね、優くんが、男の子を好きだって知ったからなの、、、」
悲しそうに口もとに笑みを浮かべながら、また力ない声に戻って梨々が言った。
「えっ!?」
突拍子もなく出てきたその発言に驚きを隠せなかった。
「え?どういうこと?」
「五郎くんから聞いたの。
分かってたんだけどね、、、
優くんにも好きな人はいるかもしれない、って。
でも、それを聞いてショックだったのは、、、
梨々が優くんに対してドキドキしてるのと同じように、優くんも誰かに対してドキドキしているっていう事実があることを知ってしまったからなの。
しかもそれはお友達の男の子に感じてるってことだから、、、もうドキドキの正体が分からなくなって、、、」
ポツリポツリと話す梨々を前に、俺も気持ちが整理できていない。
なるほど、それで友達の好きと恋愛の好きの境界線を探ろうとしていたのか………
「隼くんは、知らなかったの?」
「全然知らなかったよ!だから今、凄くびっくりしてる、、、」
「そうだよね。梨々もびっくりだもん」
「それは優から直接じゃなくて、五郎から聞いたんだよね?」
「うん。」
「どうして五郎はそれを梨々さんに言ったんだろう、、、」
「多分ね、それは、梨々が優くんを好きなことを五郎くんが知ってたからだと思うの。知ってたから、早めに教えてくれたんじゃないかな、、、」
五郎が知ってたとしたら、余計に疑問が残るよ。
それを梨々に言ったとして、梨々が傷つくのは当然なのに、、、
『好きな人を一度傷つけてまで、手に入れたいと思うか?』
ふと、焼き肉での瑠千亜の言葉が頭をよぎった。
まさか、、、、、
俺のこういう勘はあまり宛にならないし、人の気持ちに鈍感なのも自覚している。
でも、今回はどうしてもその予感が当たっている気がしてならない。
つまり、五郎も梨々のことが好きで、わざと優のことを梨々に喋った、、、、?
「梨々さん。
でもやっぱり、優本人に確かめないと本当のことは分からないよ。
直接聞いたわけじゃないのにモヤモヤするのは辛いでしょ?
だから、それを確かめるまで諦めないで、もっと優本人と話したほうがいいんじゃないかな、、、」
動揺のあまり、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
だけど、ここで梨々さんを傷つけるのだけは絶対に違うと思うから、、、
「まだ確定したわけじゃないんだから、新しくそういう視点を含めて優と接してみてさ。そこで自分で確かめようよ。俺も協力するし、、、」
梨々が傷ついて優のことを諦めるのだけは避けたい。
ちゃんと、本人同士の気持ちを確かめ合ってほしい。
「うん、ありがとう隼くん!梨々、諦めそうになってたけど、もう少し頑張ってみるね!」
いつものような明るい笑顔になって弾んだ声で梨々がそう言った。
俺に気を遣って言っているのかもしれない。
けど、梨々が傷つかないように自分の想いはもっと強く押し込めようと思った。