第29話 今は、まだ※優Side※
「男子個人戦第一位、旭堂学園高崎・北村ペア!」
総合体育大会関東地区予選閉会式。
個人戦、団体戦共に全試合を終えて、功績を残したペア、チームの名が順に呼ばれていく。
「男子個人戦第二位、旭堂学園醍醐・冷泉ペア!」
「「はい!」」
名前を呼ばれて前に出る。
一人ずつ賞状を受け取り、礼をする。
そこに書かれているのは、『男子個人戦第二位』の文字。
そう。
俺らは結局、個人戦で優勝することができなかった。
決勝戦で再び当たった同じ学園のキャプテンペアに、1-4という大差で負けてしまった。
団体戦では全勝して勝つことができたため、取り敢えず学園の30連勝に泥を塗ることはなかったが、1年にして個人戦制覇という期待を持たれていただけに、それが達成できなかったのは悔しい。
でもまあ、正直言うと俺らの目標はここじゃない。
全中での優勝であるから、ここで優勝は逃しても、全国の舞台で頂上に立てるよう努力すればいい。
そう切り替えられたことが、二日目の団体戦での善戦に繋げられたのだと思う。
「いやー、みんな本当にお疲れさん!
また明日から今度は全国に向けたもっと厳しい練習になると思うが、今日はこの2日間の頑張りを称える意味と、これから頑張りましょうの意味を込めて、、、
全員で焼き肉だぁぁぁぁ!」
「「「「いぇぇぇい!!!!!」」」」
大会会場を後にして一旦学校に荷物を置きに戻り、監督の話を聞いたり各ペアでの反省会を行った後。
この部での恒例の行事らしく、キャプテンの言葉に部員全員が盛り上がりの雄叫びを上げる。
「いやー!!!ひっさびさだなぁ焼き肉なんて!」
「瑠千亜、お前負けた直後が信じられないくらいに元気だな、、、」
「おう優、当然だよ!ちゃーんと切り替えたしな!ずるずる引きずっててもどーせお前らには勝てねぇしな!」
「焼き肉を食べすぎて体が重くなり劣化、、、などということにはならんでくれな。」
「誰が一日の食い過ぎでなるかよ!五郎テメーこそもっと食え!そんな細い体じゃあ勝てねーぞ!」
「む。貴様こそ身長伸ばせないのか。貴様のみ肉ではなくひたすら牛乳を飲んでおれ。」
「うわー!パワハラ野郎だこいつ!!!」
いつものような瑠千亜と五郎のしょーもない言い合いに参加するでもなくにこにこと眺めている隼。
そう、優勝を逃したせいで、こいつに言いそびれてしまった。
ふと隼と目が合う。
決勝戦が終わってからも、あの話にはお互い触れていなかった。
だから、、、
「そういえば優、優勝したら話したかったことって、、、」
案の定、気になっていたのだろう。隼の方から聞いてきた。
「ああ。優勝できなかったからまた今度な。、、、悪いな。無駄に気にかけさせてしまって。」
「ううん。優がいいならいいんだけど、、、」
「おーっ!?なになにー?優クンは一体隼に何を言おうとしたのー?」
「チっ。こういう五月蝿いのがいるからやはり言わなくて正解だったな。」
「本当にそれで後悔しないのか?優。俺はもう動き出したからな。」
「五郎は本気で黙っておけ。次からはもう特訓しないぞ。」
「立派な脅し行為であるな。こいつこそパワハラ野郎だ。」
「ふん。抜かせ。」
面倒なこいつらとのやりとりを適当に交わしつつ、やはり隼の方を気になってしまう。
未だにこいつらの会話の意味を掴めないでいるため、少し不思議そうな顔をしていた。
「ねぇ優、もしかして優が言いたかったのって、いつも瑠千亜や五郎と話してること?もしそのことなら、俺も知りたいな。いつも俺だけ分かんなくてちょっと気になってたからさ。」
ああもう。やはりそう来るか。
全く。こいつらのせいだ。
「そ、それはそうだよな。すまんな隼」
情けなく謝ることしかできなかった。
「でもなぁ……確かにそうだよなー。そもそも、なんで優勝したら言うってゆーことにしてたの?
優勝して周りの期待に応えて、自分で納得できる自分になったら言う、とかそーゆーことだったの?そーゆー訳でもなさそうなんだけど、、、」
「瑠千亜の言うとおりだな。何となくその場のノリで言ったのだろう。別に優の言いたいことと優勝は必ずしも関係はないからな。」
「あ、いや、別にその、何かしらの意味が優なりにあったなら全然今じゃなくていいんだよ?」
「そうやって優を甘やかすな隼。いつまでも聞けずじまいだぞ。」
言いたいことを言い放題なこいつらを見てため息しか出ないが、今回ばかりはこいつらが間違ったことを言っているわけではないので一方的に怒ることもできない。
「分かったから、お前らはどこかへ行け。話させる気があるなら隼と二人にしろ。」
全くしょうがないなと呆れつつもとりあえず外野を追い出すことにした。
するとこいつらは腹立つ顔で
「はいはーい。気が利かなくてごめんね~」
などと抜かしてどこかへ消えた。
周りを見渡すとミーティングをしていた部屋には誰もいない。
ここから焼き肉の店までは徒歩5分圏内。
集合時間までに各自で現地集合すれば良いことになっているから、きっと皆それぞれの場所で時間を潰しているのだろう。
集合時間まではあと20分ほどある。
「なんか、ごめんね、、、焦らせるつもりはないから、本当に優が言いたい時でいいんだよ?」
妙な沈黙を破るように隼がこちらを気遣うように言った。
俺はいつでも、こいつのこういう優しさに甘えてきた結果、ダラダラと今に至ったのだろう。
だが、今はまだ、言えない。
もし今言ったら、こいつは雨宮とのことも考えてまた色々と気を遣うだろう。
少なくとも、雨宮がはっきりと俺に気持ちを示し、俺もこいつより先にまずは雨宮へ自分の気持ちをしっかりと話したあとにこいつにも言おう。
「ああ、、、隼、この話とはまた別なんだが、、、」
………嘘だ。別ではない。
「もし、もしも、同性が好きな男がいたら、お前はどう思う?」
隼は突然の質問に一瞬驚いたような顔をした。
今の俺には、これが精一杯だ。
いろいろと確かめたいことや伝えたいことはある。
しかし、今は、まだだ、、、。
「俺は全然構わないと思うよ。」
明らかに普段とは様子が違ったであろう俺に柔らかく降り注ぐ声。
いつものような穏やかな口調でそう短く返ってきた。
「そうか。」
俺も咄嗟に短く返す。
「うん。誰が誰を好きになるのなんて、誰にも決められないんだから、年齢や性別なんてどうしようもないことだと思うし、、、」
どこか切なさを帯びた声で続けた。
きっと、自分の恋愛と重ねているのだろう。
誰が誰を好きになるかは誰にも決められない。
この言葉が、きっとこいつに一番重く降り掛かっているのだ。
「確かにそうだな。」
こいつなら、きっとこう返してくれるだろうと分かってはいたが、やはり直接聞いて安心した。
しかし俺は臆病だ。こいつからの反応が怖くて、半分聞きたいが半分聞きたくないような妙な気持ちで様々な探りを入れてしまう。
「その対象が、、自分だとしても同じことを言えるか、、、?」
怖くて思ったよりも小声で出た言葉。
「え、、、?」
聞き取れなかったのか、言葉の意味を聞き返したのか、どちらかは分からないが、隼は小さな俺の呟きを捉えようとした。
「、、、いや、いいや。何でもない。」
情けないと自覚しつつも、結局そこまでは踏み込めなかった。
いくら鈍感なこいつでも、多少は気づくかもしれない。
そうしたら、俺の心の準備がまだ整っていないから、、、
結局こうして逃げることになるのはいつもと変わらないと分かっている。
分かっているが、今はまだ、、、、、
「突然文脈のないことを聞いて悪かった。あまり深く考えずに受け流してくれ。そろそろ俺達も店へ向かおう。」
いつもの口調でそう言って先を歩き出す。
「………うん」
少し納得のいっていない様子だが、隼は俺に着いて来る。
ここでもし、隼がしつこく聴き込んでくる人間であれば、俺は自分の気持ちを言わざるを得なかっただろう。
しかしこいつはそういった強引なことはしない。
いつでも俺に気を遣って、無理矢理聞いてきたりはしないのだ。
こいつのそういう優しさにいつまで漬け込んでいられるかは分からん。
いつかこいつも溜まっていたものが爆発するかもしれない。
そうなったら俺も、言わざるを得ないだろう。
こうは考えつつも、そんな日は来ない、と勝手に結論づけて毎度のことこいつに甘えているのである。
それは今日も結局変わらなかった。