第26話 好きになってくれてありがとう※瑠千亜Side※
思わず五郎を残してテントを飛び出した。
ずっと泣いてんのも、かと言って素直になんのも、どっちも俺らしくねーなと思ってつい、な。
、、、まあ、どーせすぐ追いついてくるだろう。
むしろ今頃、一人でにやけてるかもしんねぇな。
とか思いながらなんとなくコートに向かっていると、目の前から見覚えのありすぎる人影が。
「あら。お疲れ様。試合、惜しかったわね。」
声をかけられるだけで俺の心臓が飛び跳ねる。
俺、こんなに小春に免疫なかったっけ?笑
「おう。見てたのか。お前らはどうだったんだよ?」
「実はねー、、、ファイナルで負けちゃった、、、」
「まじかよっ!?それは惜しかったな、、、」
「うん、そうねー、、、でも、いろいろと自分に足りないものが見えた試合だったわ。梨々も課題が見つかったようで。」
「あれ?そういえば梨々ちゃんは?」
「トイレに行くって言ってたわ。私は飲み物買いに行った帰り。」
「女子の試合はもう残ってねーの?」
「キャプテンペアの試合があるだけよ。」
「そっか。あとは応援か。俺もだ。」
「お互い応援頑張りましょう。自分たちより強い試合を見るとかなり刺激受けるじゃない?」
「ああ。そうだな。その日にでも練習したくなるもんな。」
「分かるわ。」
普段なら、顔を合わせれば下らない言い合いばかりなのに、今はそんな雰囲気が微塵もない。
多分、俺が落ち込んでること知ってて、こいつが敢えてそうしてくれてるんだと思う。
こんなところで気ぃ遣いやがって、、、
「その、、、お互い次の大会ではもっと上に行こうな。最後まで残って、応援される側になろうぜ。」
「もちろんよ!男子も応援は大変よね。まだまだたくさんペアが残ってるし。でも第二まで残った一年はあなたたちと隼くんたちしかいないわ。」
すかさずフォローを入れてくる。
気ぃ遣い過ぎなんだって。
「そんなに気ぃ使うなよ。俺と五郎だってさっき一年生大会では優勝するって決めてきたんだし。」
ここで敢えてあいつの名前を出すあたり、俺もこいつのこと言えねぇか。
何に気を遣ってるんだか、、、
なんで、小春の想い人の名前を出しちまうんだ俺、、、
「彼のあんな楽しそうな表情、初めて見たわ。あなたとプレーしてる時が、何よりも楽しそうだった。」
夕陽が傾いてきて遠くの空をオレンジ色に染めたとき、こいつの横顔を柔らかく染めた。
だけどそれは明るく光が差し込む感じではなく、儚く脆く影を落とすような光。
そんな表情(かお)すんなよ。
また墓穴掘ったな俺。
でも、
そんな、あからさまに切なさを帯びているから、、、
「お前といる時だって、もっと楽しそうだよ。」
きっとこいつから見た俺は言葉にできない表情をしてるんだろうな、、、
口元には僻み?怒り?悲しみ?悔しさ?自嘲?卑下?
美しくない感情が、済んだ夕方の空の下で溢れ出てるんだろう。
「優しいのね、瑠千亜って。」
対象的に美しいままのこの人は、何故か涙を流さないまま、泣いているようにそう言った。
もう後戻りができないことは、何となく感じている。
この感情を、今更ないものにはもうできない。
置き去りにするくらいなら、ぶちまけた方が後々救われるのかな。
誰にも判断を委ねられないから、とりあえずと口を開こうとしたとき、先に開いたのは涙の蓋だった。
驚いて俺を見る小春。
無理もねぇな。
普通に会話して、途中でいきなり泣き出す男なんて、いくらこいつでも初めて見ただろうし。
「くそっ、、、なんなんだよっ、、、」
弁明できるものがないまま、悪態をつくしかない俺。
オレンジ色の視界がボヤケる。もう小春の表情は見えない。
「ふざけんなよっ、、、こんな時に、、、何もかも、負けてたまるかっ、、、」
最早止める術を失った。
心のままに声を出す。
この…なんて言うんだ……喋ってんのは俺なのに……何となく俺じゃないみたいな感覚は何なんだよ、、、
「とっくに勝てないって、、、見込みなんてないって、、、分かってたのに、、、それでも奪ってやるって、、、決めたんだろぉ、、、」
悔しい。
悔しい悔しい悔しい!
「人の気持ちを変えるのなんて簡単に出来るわけないって、、、自分で一番分かってんだろ、、、」
何度も何度も閉じ込めようとした。
何度も何度も諦めようとした。
もう好きじゃないって言い聞かせた。
他を探そうって試みた。
「それでも、、、無理だったんだから、、、自分の気持ちも変えられないやつが、他人の気持ち変えられるかっての、、、」
いっそ恋なんて、人間の心にそんな感情ない方が楽なんじゃないか、、、
傷つくことも減るし、苦しむこともない。
………でも、つまんねぇんだな。
やっぱり。
恋してるからこそ、
「俺も、お前といる時間が何よりも楽しかったんだよ、、、」
精一杯かな。
今はこれが精一杯。
これ以上、言葉になんか出来るかよ、、、
「私もよ。」
短く答えた声が、いつもより何百倍も優しく響いた。
だけどその優しさは、すぐに心の奥に吸い込まれてしまうものだ。
「私も瑠千亜とお話したり、遊んだりするのがとても楽しいよ。昨日一緒に帰ってくれた時も、久しぶりにあんなに笑ったもの。、、、、、ありがとう。」
コートから離れた時計台の下。
ボーンと鳴り響く音が午後4時を示す。
6月末の湿った風は柔らかくこの会場の上を通り過ぎる。
緑の葉は夏の前の最後の静けさを惜しむように揺れる。
「瑠千亜、、、ありがとう。本当に、、、。好きになってくれて、ありがとう。」
この世界の何もかもを優しく響かせるこの季節。
温かい声が、俺の恋の終焉を告げた。