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第21話 苦い初恋の味※瑠千亜Side※

着々と試合は進み、遂に残っているのは俺らの学園のペアがほとんどの状況になってきた。


隼と優は順調に2、3回戦をストレートで勝ち進み、俺と五郎もいよいよ次の試合でこの学園の3番手と当たることになる。



そして、女子で唯一、一年から個人戦に出る梨々ちゃんと小春のペアも、一回戦を勝ち抜き、次の試合を控えているらしい。


どうやら俺らの試合と時間的に被るようだから、さっきのように応援に来てもらえるということはないだろうけど........



「なあなあ!次の試合始まる前に、少し梨々ちゃんと小春に会いに行かねぇ?」


俺の隣でひたすら素振りをしていた五郎に声をかけてみた。


どうせ五郎も同じことを考えていたのだろう。


普通の奴ならここで、「試合直前だというのに女に現を抜かしてるなんて、なんて奴だ!」とか言うんだろーけどさ。


相手は天下の女好き五郎さんだぜ?



「うむ。試合前の景気付けとしていっちょやるか。」


などど抜かしている。


さすがだ。







女子コートの方へ向かって歩いていると、たまたま正面から梨々ちゃんと小春が並んで歩いてきた。


「あ!瑠千亜くん!五郎くん!!!」


俺らに気づいた梨々ちゃんが手を降って駆け寄ってくる。


可愛いなぁ.....これだから隼といい五郎といい、モテる男を一気に虜にするんだろうなー



チラ、と隣の五郎を見ると、やはり考えてることは俺と同じみたいで、こいつもさっきまでよりも目を輝かせている。

でもここであからさまにニヤニヤしたりしないのがこいつの凄いところだ。

女慣れしてる男程怖いものはないのに。




そして、梨々ちゃんの隣に立っている、その女慣れしてる男に惚れてる女は、五郎の様子に一瞬だけ不満そうな顔をした。しかしこいつも恋愛には相当慣れているようで、すぐにいつも通りのポーカーフェイスに戻った。


やっぱり、男女共に恋愛慣れしてる奴らってこえーなー。




「一回戦突破おめでとう。まさかお互い勝ち残るとはね。」


ポーカーフェイスの女.........小春が、いつものような穏やかな口調で言う。

「さっきの試合見てたけど、二人とも本当に凄かったよ!!!瑠千亜くんは相手の速い球を繋いでたし、五郎くんはチャンスをみつけてボレーに出てたし!」

梨々ちゃんが心の底から感心したようにほめてくれる。



彼女は褒め上手でオーバーリアクションなんだけど、何故だかこちらをまったく不快にさせない。


心から褒めてくれてるのが伝わるからだろうか。


そんな彼女の褒め上手で落ちる男も沢山いるってんだ。



「貴女方のような見目麗しき女性に褒めていただけるなんて、有り難き幸せ。ああ、これで次の試合も奮闘出来るというものだな。」


こちらもすかさずオーバー気味に返す五郎。


こいつの場合はどこまでがギャグで、どこまでが本気かがよくわからん。



「次があるのは俺らだけじゃねえだろ。お前らも次頑張れよ。」


ちょっとここでかっこつけてみる。


「あらまー、瑠千亜クンが珍しくマトモな事言ってるわよ~ヤーネー」

「おい!!!何でだよ!嫌ってなんだよ嫌って!!!たまにはマトモな事言わせろよ!」

「あーあーすぐ叫んじゃって。次の試合は落ち着いてやりなさいよ。今更緊張するんじゃないわよー」

「緊張してたのは俺よりもこいつ!!!!!!お前らも試合前見ただろ!?こいつの情けない姿!!!」

「ああやってガタガタ震えてるだけならまだ可愛げがあるわ。でもあなたのようにワーワー騒いで緊張を紛らわせようとしてるのが一目瞭然の方が恥ずかしいじゃないの。」

「はあっ!?なんでお前らはそーやっていつもこいつらみたいなのを贔屓するかなぁ!」

「しーっ。静かに。近くのコートでは試合をやってるのよ。」

「......こんにゃろっ....」



いつものような、俺と小春の言い合い合戦。

そして梨々ちゃんと五郎もいつものようにニコニコとそれを眺めている。



ってなんでこんな日常的な風景を生み出してるんだよ!!!


いいから!!!こんなんいいからさっさと次進めよう!!!



「ま、まあとにかく、次のお前ら試合、応援には行けないけど、頑張れよ。俺らも頑張るからさ。」


あーもう。
結局こんなことしか言えねえ。

俺はもっと小春に俺のイイとこアピールして、距離を縮めたかったのに!



「ありがと。頑張るわ。」


「二人ともありがとね!!!梨々たちも、さっきの二人の試合見て元気もらったよ!」


俺の言葉に二人が返す。


「俺も梨々さんのその笑顔に元気を貰ったよ。有り難う。」


五郎が紳士的に言う。

こいつ、やっぱすげえなぁ



しかしの五郎のそんな言葉に、またしても敏感に反応する奴がいる。


「あ!えっと.......小春!その、さっきの試合見てて、五郎に何かアドバイス出来ることとかないか?ほら、こいつ初心者だしよ。一回だけの試合で自己修正するのは難しいだろうし......それにほら、同じ前衛としてさ。何かあったらドンドン言ってやってくれよ。」


咄嗟に小春が五郎と話すきっかけを作る。



って、これじゃあ俺がこいつらの応援してるみたいじゃねーかよ!!!

小春をこっち向かせたいのに、なんで小春が五郎と話せるようにしてんだよ!!!




ふと、前に隼と学校のコートで話したことを思い出す。



自分が好きな相手には、幸せになってもらいたい。

たとえ、そこに自分はいなくても......

相手の望み通りになるなら、他の人の幸せよりも優先させてあげたい。


それがどんなに自分勝手で、自己満足的でも。


好きな女には、幸せになってほしいんだ。





隼の気持ちがよく分かったよ。


例え五郎の好きな奴が梨々ちゃんだとしても。

そして俺の好きな奴が小春だとしても。



小春が五郎を好きと言うのなら、その想いが叶えば、俺はそれだけでいいんだ。






「そうね......ほとんど言うことはないけど.....」

俺の声掛けに小春が応えてくれて、さっきの俺らの試合を思い出すようにしていた。


「強いて言うなら、ボレーのコースかしら。 さっきのペアはたまたま後衛の動きが速くて、前衛も下がり気味だったからあなたが得意なドロップボレーが効いていたけど、もっと色んなペアとやるのなら、深いボレーもどんどんやって行かなきゃいけないわ。」


小春がアドバイスをする。


五郎は「確かに仰る通りで御座いまする。」と、納得したように頷いていた。



「俺はまだまだ腕力が足りんからな。優のような、一発で相手のコートのエンドラインに届くようなボレーはまだ出来ん。しかしこれから先はそういったプレーも必要となろう。小手先の技ばかりでは、殊に男子となれば通用せぬからな。うむ。了解したぞ。有り難う小春殿!」

「小春殿って........まあ、それはこれから習得していけばいいわ。それを抜きにしても、本当に初心者とは思えないくらいのプレー続出だったわよ。凄いじゃない。」


小春が五郎の自虐に上手くフォローを入れる。


小春の五郎に対する気持ち云々は関係なく、サラリと自然に男が楽になれるフォローを入れることができるのがこいつの魅力の一つだ。



五郎は小春の気持ちも、小春のそんな魅力にも充分気付いているんだ。


だから困ったように少し笑い、「有難う。」と短く答える。




「あ!小春!そろそろ私達準備した方がいいかも!」


女子第二試合の終了を告げるアナウンスを聞いて、梨々ちゃんが言った、


「そうね。あんたたちも、そろそろ準備しなさい?お互い頑張りましょう。次勝てたらすごいわよ。」


梨々ちゃんの言葉に小春も頷きながら言う。


「勿論さ小春殿。我々は必ず勝ってみせよう。梨々殿も、隼仕込みの作戦で勝利へ導くのだぞ!」

「うん!もちろん!絶対勝つよ!!!」


五郎が梨々ちゃんに声掛ける。

梨々ちゃんは無邪気に笑って返した。



それだけで満足なのか、五郎はフッと柔らかく微笑んで、「それでは。また後ほど。互いに良い結果報告が出来るようにな。」と言って俺の先を歩きだした。



「うん!頑張ろーね!!!」


「精一杯やるわよ」


先に歩き出した五郎を追いかける俺の背中に、二人の声が届く。


「おう!」


俺は勢い良く振り向いて、ニカッと笑って返事して見せた。



手を降る二人が遠ざかる。


午後15時の明るい光がこの空間を包む。





「お前、あれで良かったのかよ?」


先を行く五郎に後ろから声掛ける。


「貴様こそ.......」


振り返りもせず、顔を上げもせずに五郎は答える。


「.......ふん。全く。かっこわりぃな、俺ら。」


五郎の悔しそうな表情は、俯く視線からでも伝わる。


俺も、悔しいよ。


絶対に小春を振り向かす!とかタンカきっておいてさ。

結局本人を前にすれば俺への気持ちなんて微塵もないことを痛感
せざるを得なくて、煮え切らない態度で終わってしまうんだ.....



それに隣にこいつがいるから.......

小春が想う相手がいるから、余計に俺は惨めになるんだよ........



「瑠千亜.........俺は、優を恨まずにいられるのだろうか.....」


隣で俯いていた五郎が呟く。


俺も同じことを考えていたよ........


「それ俺に聞いちゃう?そしたら俺、『お前を恨まずにいられるのだろうか。』ってお前に聞きたいんだけど。」


「分かっておる。恨もうが恨まなかろうがどちらでも良い。ただ.......」




歩みを緩める五郎に合わせて、俺らはコート沿いをゆっくりと歩く。


いくつかの学校の声援が混ざり合い、賑やかな大会会場。

次の試合へと高まる緊張。




「ただ、自分が心から幸せにしたいと思う女が、別の男に幸せにしてもらいたいと思っていることって........これほどまでに辛いのだな........」






ふん。恋愛経験豊富なくせして、本気の恋は初めてなんだな。



もどかしそうなこいつの呟きは、俺の心へ鋭い針となって突き刺さった。







俺だって、初恋だよ.......




初恋は、実らないって本当なんだろうな

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