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ヤルメキススイーツ料理教室 その2

 そんなわけで、ヤルメキススイーツ料理教室がおもてなし酒場を利用してはじまりました。

 いつもはお酒の匂いが充満しているおもてなし酒場の中ですが、今日は朝から甘ったるいチョコレートの匂いが充満しまくっています。

 そんなお店の中では、今日のメイン講師であるヤルメキスが忙しそうに駆け回っています。

 各テーブルを回っては、

 道具に不足はないかとか、
 材料はちゃんと行き渡っているかとか

 何度も何度も確認しては安堵し、しばらくするとまた不安になって確認してまわる……と、いった行動を繰り返し続けています。

「ヤルメキス。気持ちはわからないでもないけどさ、朝一番に一緒に確認したんだしもう大丈夫だと思うと」
「そ、そ、そ、そうでごじゃりまするね、あは、あは、あはは」
 僕の言葉に、笑顔を返すヤルメキス。
 
 それでようやくテーブルの確認作業を思いとどまったのですが……すると今度は、

「え、え、え、えっと、最初の挨拶はこうで……そして、次にこうやって……」
 と、今日の料理教室のだんどりを、ぶつぶつ言葉にしながら確認しはじめたんです。

 心配性なことこの上ないヤルメキスですけど、だからこそ今までもヤルメキススイーツ部門の責任者としてみんなを引っ張ってこれているわけですしね。
 
 そんな事を考えながら、僕は、隣でブツブツいいながら指を折り続けているヤルメキスのことを温かく見守っていた次第です。

 
 今日の料理教室には、総勢で38名の申し込みがありました。
 酒場の中には若干余裕がありますので、当日参加も認めています。

 酒場の外では、今日の料理教室の参加者らしいみなさんの声が聞こえています。

「じゃあヤルメキス。そろそろ時間だし、参加者のみなさんを入れてもいいかい?」
「は、は、は、はいでごじゃりまする」
 僕の言葉に緊張しまくりながら一礼するヤルメキス。
 あまりにも頭を下げすぎたもんだから、額を机の角におもいっきりぶつけて
「ひゃぅう!?」
 って悲鳴をあげてたんですけど……なんともはや、それもまたヤルメキスらしいといいますか……

 そんなこんなで、今日はヤルメキスのサポート役の僕が酒場の扉を開けました。

◇◇

 程なくいたしまして、酒場の中は参加者のみなさんで一杯になっていました。

 当日参加が11名おられましたので、ほぼ予定していた定員いっぱいになった感じです。

 ……しかしなぁ

 そんな会場内を見回しながら、僕は思わず苦笑していました。

 いえね、僕が見つめているとあるテーブルなんですけど……

「おばちゃまはね、ヤルちゃまにお菓子作りを教えてもらえるのが楽しみで楽しみで仕方なかったのよね」
「そうですわね、オルモーリのおばさま、私も心中お察しいたしますわ、ね、ミュカンさん」
「えぇ、私もそう思いますわ、キョルンお姉様」
 
 と、まぁ、そんな会話を交わしている、ヤルメキスの義理のお婆さんにあたりますオルモーリのおばちゃまと、その社交界の友人でもあり、コンビニおもてなしクキミ化粧品のゴージャスサポートメンバーでもありますキョルンさんとミュカンさんの姉妹をはじめとした、いわばオルモーリのおばさまと愉快な仲間達的なテーブルが出来上がっていたわけでして……

 なんと言いますか、まるで参観日のような感じといいますか、ねぇ……

 ただでさえ緊張していたヤルメキスなんですけど、そんなオルモーリのおばちゃま達の来訪を、どうやら事前にきかされていなかったらしく
「な、な、な、なんでいらっしゃるのでおじゃりまする……」
 って、真っ青になっていたんですよね。

 でもまぁ、そこはヤルメキスです。
 いざ料理教室がはじまりますと、

「ま、ま、ま、まずはですね、この板状のチョコレートを……」
 と、堂々とした様子で説明を開始したんです。

 会場中のみなさんに見えやすいように、お立ち台の上にあがって一生懸命説明しています。
 それがわかりやすいんでしょうね、会場内からは特に質問があがることもなく、みなさんヤルメキスの説明をしっかり聞きながら作業を進めていた次第です、はい。

 テーブルの間を回りながら、僕はそんな参加者のみなさんの作業を横目で確認させてもらっていました。

 いえね

 今日の料理教室には、
『手作りチョコレートケーキの作り方』
 を、みんなに覚えてもらうといった側面とは別に、もうひとつ理由があるんです。

 それは、
『参加者のみなさんの中から、ヤルメキススイーツ部門に適した人材がいないかどうか』
 って言うのを見定めるって意味合いです、はい。

 何しろヤルメキススイーツ部門は、責任者のヤルメキスを筆頭に総勢で3人しか人がいません。

 そのため、昨年末に行ったクリスマスならぬパルマ生誕祭の際のケーキを作成する際には、オトの街のラテスさんや、そのお友達のヨーコさん達にまであれこれお手伝い願った次第ですからね。

 そんなわけで……この教室に参加なさっている方の中で、筋が良さそうな方がおられたら声をかけさせてもらおうと思っている次第なんですよ。

 そんな意味合いもあるもんですから、今回の料理教室は参加費無料にしてあります。

 これは、ヤルメキスやケロリン、アルカちゃん達のような人材が、経済的にすごく困窮していたことを考慮したわけです。
 そういった生活的に困窮している人の中にも、光る物を持った方がいるかもしれませんからね。
 そういった方々も、積極的に雇用させていただけたらと思っている次第なんです、はい。

◇◇

 そんな思惑も含みながら、料理教室は順調に進んでいました。

 会場である酒場の中には、甘い匂いが充満していまして、甘い物好きなみなさんにはたまらない感じになっています。

 ヤルメキスの説明がすごくわかりやすいもんですから、みなさんも手際よく作業を進めておいでです。

 そんなわけで、料理教室はとてもいい感じに進んでいたのですが……残念ながら、もう一つの目的であった人材発掘の方は、正直なところ思わしくありませんでした。

 みなさん、とてもお上手ではあるんですけど……ヤルメキススイーツ部門に入ってもらうほどの腕前かとおわれると……

 ……やっぱり、ヤルメキスやケロリン、アルカちゃんが特別だったんだろうなぁ

 みなさんにアドバイスを送りながら、僕はそんなことを考えていたのですが……

 キィ……

 そんな中、不意に、酒場の扉が開きました。
 そちらへ視線を向けると……そこには、小柄な女の子が一人、扉の向こうからおずおずとした様子で顔をのぞかせているではありませんか。

「お嬢さん、どうかしたのかい?」
 僕が声をかけると、その少女はビクッとしたように一度体を強ばらせたんですけど、一度小さく咳払いをすると、
「こ、ここがヤルメキススイーツ料理教室の会場なのか?……です」
 と、聞いて来ました。
「うん、そうだけど……参加希望の人だったのかな?」
「そ、そうなのだ……です……あの、今からでも、参加出来るのか?……ます」
 その女の子は、独特な感じの語尾をしながら僕に尋ねてきます。
「うん、そうだけど……途中からになっちゃうけど、いいかい?」
「うん、かまわないぞ……です」
 その女の子は、僕の言葉に笑顔を浮かべると、やっと会場の中に入って来ました。

 その女の子……頭にまるで羊のような大きな角がついています。
 その角を隠そうとしているのか、大きなフードで頭を覆っているのですが、角が大きすぎて思いっきりはみ出しているんですよね……

 すると……

「……妙な気配を感じて、来た……」
 って、スアが僕の隣に転移してきたんです。
「妙な気配?」
「……うん」
 スアはそう言いながら、会場の隅の空いている机に向かって駆けて行く少女の後ろ姿を見つめていたんです。

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