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ヤルメキススイーツ料理教室 その1

 バレンタインデーの予約がはじまったコンビニおもてなしですが、予想以上に好調です。
 毎日のように支店から予約票が届けられているのですが、その枚数が日に日に増えている感じです。

 それを受けまして、本店の厨房で作業しているヤルメキススイーツの責任者であるヤルメキスも
「こ、こ、こ、こんなに期待していただけているなんて、か、か、か、感謝感激でごじゃりまするうううう」
 と、感涙を流しながら、予約票の束に向かってジャンピング土下座している次第です、はい。

 そのジャンプの高さといい、声の張り具合といい……うん、ヤルメキス……完全復活って感じですね。

◇◇

 とはいえ……ヤルメキススイーツ部門が人手不足なのは間違いありません。

 現在のヤルメキススイーツは、責任者のヤルメキスを筆頭に、ヤルメキスの幼なじみのケロリンと、リョータのことが大好きなアルカちゃんの、合計3人体制です。

 ヤルメキススイーツとは別に、最近はオトの街のラテスさんが焼いているロールケーキも商品棚に加わっているものの、とにかく美味しいもんですから売れ行きがすごくてですね、どの店でも閉店時間のずいぶん前に売り切れてしまっているのが現状です。

 以前は、ヤルメキススイーツ部門のみんなには本店の店員として接客もしてもらっていましたが、今は年末に採用したマキモ達10人姉妹のおかげで本店の接客担当者が足りています。
 それを受けて、ヤルメキス達にはスイーツ作りに専念してもらっているのですが……それでも、この状態なわけです、はい。

 これを受けて、ヤルメキス達とも相談したのですが、
「そうでごじゃりまするねぇ……確かに、人員を増加して頂けると助かるには助かるのでごじゃりまするけど……」
 ヤルメキスも、そういって腕組みしながら考えこんでいた次第です。

 と、言いますのも……

 こちらの世界には、料理学校というものが存在しません。
 正確に言えば、まったく無いわけではなくてですね、王都っていうこの世界の中心にある大都市なんかにはそれなりにあるそうなんですけど、それ以外の都市にはほとんど存在しないんです。
 そもそも、そういった王都なんかにある料理学校は、人種族だけを相手にしている場合がほとんどですので、蛙人であるヤルメキスみたいな亜人種族の人がお菓子作りを学ぼうとした場合、亜人種族の料理人に師事するか、独学で試行錯誤するかのどちらかしか手段がなかったわけなんですよ。

 で、ヤルメキスとケロリンは後者の独学で、アルカちゃんは前者である料理人に師事、アルカちゃんの場合は料理人だった亡くなったお父さんに教えてもらって、それぞれスイーツ作りの腕を磨いていたわけです。

 そんなわけで、辺境に店があるコンビニおもてなしが、新たにお菓子作りの職人さんを募集するとなると結構大変なんですよ。

「……ただ、お菓子作りに興味がある人は少なくないはずなんだよな……要はそういった人達をいかにして見出すかなんだけど……」
「そ、そ、そ、そうでごじゃりまするねぇ……」
 ヤルメキスと僕は、そう言いながら腕組みしていたのですが……

 ここで、あることを思いついた次第なんですよ。

 コンビニおもてなしでは、目下バレンタインデーに向けての予約を開始したわけです。
 こちらの世界では、家族にチョコレートを送って愛情を確かめ合う的なイベントとして広がりつつある異世界版バレンタインデーなのですが……中にはですね
「大好きなあの人にチョコレートを渡して告白したい……」
 そう思っている女の子も少なくないわけなんですよ。

 
 そこで……

 そういった女性をターゲットにしてですね
『ヤルメキススイーツ料理教室』
 を開校することにしたんです。
  
 会場は、コンビニおもてなし本店の隣にありますおもてなし酒場を利用することにしました。
 酒場だけありまして、昼間はお客さんが少ないんですよね、ここ。
 
 講師は、当然ヤルメキスです。

 まずは、バレンタインデーに向けてチョコレートケーキ講座を開講することにしています。
『大好きなあの人に、手作りチョコを渡してみませんか?』
 を、キャッチフレーズにして一期生の募集をかけてみることにしました。

 すると……

「料理教室に通いたいのですが!」
「どうやったらいいのでしょう?」
 
 ってな具合にですね、店頭に告知文書を貼りだした途端に僕の周囲に女性のお客さんが殺到してきた次第なんですよ……

 と、いうのもですね……

 ヤルメキスのスイーツが美味しいってのもあるんですけれども、
「自分でも、こんなに美味しいスイーツを作ってみたいんだけど……どうやったら作れるのかしら……」
 って、思っていた女性の方が潜在的に相当数いらっしゃったみたいなんですよ。

 さらに……

「ヤルメキススイーツのヤルメキスさんって、結婚して子供も産まれたんですよね?」
「きっとあの美味しいスイーツで彼氏の心を鷲づかみになさったのですね」
「私も、未来の旦那様の心を鷲づかみ出来るようなスイーツを作れるようになりたい」
 なんて動機で申し込みをしてこられた女性の方々も少なくなかったわけです、はい。

 まぁ……これに関しては実際問題として否定は出来ません。

 何しろ、ヤルメキスの旦那さんのパラランサくんがヤルメキスのことを見初めたのって、オルモーリのおばちゃまのお使いとしてヤルメキススイーツを買いに来ていたのがきっかけだったわけですしね。

 そんなわけで、第一期生として募集した20人の枠はあっという間に埋まってしまいました。

「この料理教室の参加者の中で、見込みがありそうな人がいたらヤルメキススイーツで働いてみませんかって声をかけてみるのもいいかもね」
「そ、そ、そ、そうでごじゃりまするけど……こ、こ、こ、こんなにたくさんの方々にお教えするとなりますと、き、き、き、緊張するでごじゃりまするねぇ……」
 ヤルメキスは、気合いの入った表情をしながらも、その額から緊張の汗をだらだら流していた次第です。

 ヤルメキスはガマガエル種族ではありませんけど、なんといいますかまさにガマの油状態といいますか……

◇◇

 と、まぁ、そんなわけで数日後……

 ヤルメキススイーツ料理教室の第一回料理教室が開催されることになりました。

 会場であるおもてなし酒場の中には、20人の女性の方々が集合なさっています。
 いずれも亜人種族のみなさんです。
 王都の料理教室では、おそらくあり得ない光景でしょうね。

 今日は、僕もヤルメキスの助手として参加することにしています。

 これも、マキモの妹達が店長並の仕事をこなしてくれているおかげです、はい。

「で、で、で、ではですね……第一回の料理教室をは、は、は、はじめさせていただきますでごじゃりまする……」
 相当緊張した様子のヤルメキスが、一同を前にして挨拶をしたのですが……緊張し過ぎてボウルを豪快に肘で小突いてしまって、

 どんがらがっしゃ~ん

 と、まぁ、すごい音をたてて床の上にそれが落下してしまったのですが
「も、も、も、申し訳ありませんでごじゃりまするうううううう」
 ヤルメキスってば、大声をあげながらその場でジャンピング土下座をしていきまして……

 いや、まぁ……その高さといい、声の具合といい、いつものヤルメキスなんですけど、これは先がちょっと思いやられるといいますか……ははは。

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