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  Ⅳ 龍樹の弱さ





 コール三回で、つながった。



『はい、龍樹?』



 忍の声が聞こえて、龍樹は一瞬なんて言っていいのか、頭が真っ白になってしまった。



『もしもし?』



 電話の向こうで、眉根を寄せている忍の姿が想像できる口調だ。



 …なんて、言うんだっけ…。



『…龍樹、どこからかけてるんだ?』



 しばらく無言でスマホを握っていた龍樹に、忍は力強く龍樹の名前を呼んだ。



「…駅前の、いつもの…」



『わかった、今から行くから、そこ動くなよ。いいな!?』



 それだけ言うと、忍はプツンと通話を切った。



 龍樹はスマホの画面を見つめ、力なくしゃがみ込んだ。

 

 …忍…頭、真っ白だよ…。







 実を言うと、駅で別れたときの龍樹の表情が、ずっと引っ掛かっていた。



 本当は行きたくないのに、無理して出向いていくような、感じだった。



 食後のコーヒーで一服しているときだった。静寂を破る、いつもよりかなり早い時間のスマホのコール。龍樹からの、SOS。



 あいつ自身さえわかっていない、龍樹自身の精神の許容量。意外にキャパが小さいことを本人がわかってない。



 通話を切った後、龍樹の部屋からベッドに放り出してあったパーカーをひっ掴んで、家を飛び出してきた。



 消えそうな、声だった。早く、あいつを元に戻してやらなければ…。



 



 エンジンをフカす音がして、駅前に黒のグランプリレッドHONDA・CBR250RRが停止した。



 乗っているのは、黒いジーンズにブルゾン姿の忍だ。



「龍樹!」



 忍がバシャッとフルフェイスのバイザーを上げた。



 駅の階段で膝を抱えるように俯いたままの龍樹が、虚ろな目を上げる。何も映っていない、瞳。



 …やばいな、完全にエネルギー切れてる。



 忍はバイクを降りると、荒々しく龍樹の腕を掴んだ。



「龍樹、俺がわかるか?」



 フルフェイスのその奥では、忍の瞳が心配そうに揺れている。



「…忍」



 龍樹の瞳が忍を捕らえてからしばらくの空白の後、ぽつりと呟いた。



 忍が大きく息を吐いて、龍樹の腕をぐいっと引っ張って身体を起し、立ち上がらせた。



「ほら、メットかぶって、これ上から引っ掛けとけ。ちょっと、流しに行くぞ」



 龍樹のフルフェイスと腰に巻いて持ってきたパーカーを渡して、忍がCBRにまたがった。



「さっさとしろ!」



 忍に言われて、龍樹がのろのろとした動作でメットをかぶり、学制服の上からパーカーを羽織って忍の後についた。



 腰に回した手に力が入っていないことに気づいた忍は、念のために持ってきていたうすいストールをポケットから出して、龍樹の両手首を縛った。



「嫌なら掴まれよ」



 ガツンとスタンドを上げて、走り出す。行先も時間も決まっていない。



 龍樹の不安な意識が失せるまで。心が晴れるまで。涙が消えるまで。



 本当は、抱きしめてやりたい。龍樹は嫌がるかもしれないけれど。



 今はまだ、口には出せない。軽口で、ふざけてじゃれ合うだけ。龍樹は知らないだろうけど。俺がこんなこと思っているなんて。



 ぎゅっと、背中に龍樹がしがみ付いた。



 龍樹が震えている。泣いている。



 …泣くのは、俺の前だけに、してくれよ…。



 俺がヤキモチ焼くから…なんて言ったら大真面目に笑い飛ばすだろうか。



 信号待ちの少しの間、忍は龍樹の両手にポンポンと手を添えた。頭を撫ぜることが出来ない代わりに、そっと。



 握りしめたい気持ちを抑えて――。







 一時間ほど走って、海岸沿いまで来ていた。



 雲行きが怪しかった空は、ぽつりぽつりと涙を降らせていたかと思うと土砂降りに変わった。



「まいったな。風邪ひいちまう」



 俺はいいけど、龍樹が…。



 落ち着いてきたのは確認できていたので、忍はしかたなく海岸通りに並らぶラブホテルの駐車場へバイクをすべり込ませた。



「龍樹、大丈夫か?一旦中入って服乾かして、雨が過ぎるの待とうか」



 スタンドを下して龍樹の手を縛っていたストールを解くと、龍樹はしっかりした足取りでシートから降りた。



「わりい、忍。冷えちまったな」



「ああ、シャワーでも浴びようぜ」



「って、ここラブホじゃん!!」



「他になんもねーんだからしゃあねぇだろ!文句言うな!恥ずかしいならフードかぶってろ!」



 居心地が悪そうに男二人こそこそと、自動ドアをくぐる。



 大きなベッドのパネルを前に、急にそわそわして小さくなる龍樹に忍は「どれがいい?」と尋ねた。



「ど、どれでもいいから、早くしろよっ!」



「どれでもいいのか?SMルームとか、コスプレルームとかあるぞ?」



「フツーの部屋でお願いしますっ!!」



 即答で必死の龍樹の懇願に、忍がぶっと吹き出した。



「了解」



 ボタンを押すと、ピンポーン、と鳴ってレシートが出てきた。忍がレシートを取ると、ブルゾンのポケットに入れた。



「ほれ行くぞ。306だ」



「あ、ああ」



 ぐいと忍に肩を抱かれて、龍樹はエレベーターに乗り込んだ。



「なんで肩抱くんだよっ」



「男性のみお断りって書いてあったんだよ。フード目深にかぶっとけ」



 忍に言われて、濡れて重くなったフードを龍樹があわててかぶるが文句は忘れない。



「俺が男なのはバレバレだろうが!」



「自動精算ぽいからOKOK」



「なんでそんなことわかるんだよ!」



「だって、支払いのカウンターなかったから」



 ぐっと龍樹が言葉に詰まる。抱かれている肩がぶるぶる震える。



「おまえ、なんでそんなに慣れてるんだよ…!!」



 案の定龍樹には刺激がきつかったのか、テンパりまくっている。



「…いや、常識の範囲内の話だと思うんだが…」



 もちろん、忍だってラブホテルは初めてだ。二人でオロオロするのが恥ずかしくてクールを装ってみただけだ。



 ポーン、とエレベーターが止まって、ドアが開く。



 チカチカと目指す部屋のランプが点灯しているのを見て、龍樹がごくりと喉を鳴らした。



「…で、どんな部屋なんだよ」



「喜べ。人気№1、お姫様ルームだ」



 ガチャリとドアを開けると、二重扉の奥に天蓋付きベッドがドーンと鎮座していた。



「…おまえ、バカ…?」



 忍にスパーンと頭をはたかれて、否応なしに龍樹はお姫様ルームに足を踏み込んだ。



「せっかく人が緊張しないように阿呆な部屋選んでやったのに、なんて言い様だ。感謝しろ馬鹿者」



 バタンとドアを閉めると、自動でガチャリとロックがかった。二人とも思わずびくっとして、顔を合わせた。



「びっくりした。いきなりロックかかるんだな」



「みたいだな。お、ここに精算機付いてる」



 ドアの横に自動精算機が付いているのを見て、龍樹がほっとした。帰りに有人カウンターで恥ずかしい思いをしなくて済むようだ。



「さみーから、風呂入ろーぜ。風邪ひいちまう」



「服の乾燥は俺がしてやるから、とっとと脱げ」



 程よくエアコンが効いている室内はほんのり暖かく、二人は濡れた服を脱ぎながらバスルームに入ってぎょっとした。



「うおっ、でっけー鏡にスケベ椅子っ」



「レインボージャグジーっ」



「「やーらーしーっ」」



 二人でゲラゲラと笑いながらジャグジーにお湯を張り、濡れた服を絞ってパンパンとはたき、忍が超能力で残りの水分を全て飛ばしてあっという間に乾燥終了。



「いっしょに入っちまおうぜ。どうせ脱いでるし、ジャグジーでっけーし」



 龍樹が服を部屋に戻しながら、何でもないように忍を誘った。



 一緒に暮らしていて、風呂上りに龍樹が無防備に全裸でうろつくことはあっても、風呂に一緒に入ることなどまずない。



 忍は心がざわざわとするのを抑えつつ、すでに全裸でいるのでお湯が半分にも満たないジャグジーに龍樹と背中合わせで座り込んだ。



「後ろ向くなよ。狭いだろ」



「脚が長いもんでな」



 できれば龍樹の全裸を見ないで済むように、という気遣いをそっくり無視して、龍樹が忍の横に並ぶ。



「これでいいじゃん」



「ま、いいけど」



 心拍数が上がる。気付かれないように、忍はジャグジーのそばに置いてあったバブルバスの素を手に取った。



「なになに?」



「お姫様の香り。ローズピンクのバブルバスの素、だと」



「もういいって、お姫様は…」



 プチっと封を切って液体をお湯に混ぜると、ふわりといい香りが漂い、溜まってきたジャグジーの湯船に泡がふわふわと湧き出した。



「お、いい感じじゃないか?」



 泡をすくい上げた忍は、龍樹の頭にちょこんと乗せた。即席泡のティアラの出来上がりだ。



「ご機嫌は直りましたか?お姫様?」



 泡のティアラを乗せられた龍樹が、真っ赤になってばしゃんと泡の水面を叩いた。



「ばっかやろって、いててっ!!」



「龍樹!目に入ったか!?」



 いてて、と目をこする龍樹の顔をのぞき込んで、忍が龍樹の手を掴んだ。



「馬鹿、こするな。シャワーで流してやるから」



 指を鳴らしてシャワーを引き寄せ、忍は勢いよくお湯を出して湯加減を調整しながら龍樹の髪をかき上げた。



「薄目開けてろ」



「ぶっ、強いって」



「手で弱めてやるから」



 手をかざして弱めてやると、龍樹が泡が入った方の目をパチパチと瞬かせた。



「そのまま、頭ぶっかけて」



「おう」



 ザーッと頭からお湯をかけてやると、龍樹は借りてきた猫のようにおとなしく頭を垂れた。



 かわいいな…と思わずつぶやきそうになる自分を諫めて、忍は龍樹の髪を撫ぜた。



「このままシャンプーしてやろ」



「今日、楓に、キスされた…」



 してやろうか?最後まで言う前に龍樹に遮られて、忍はシャワーヘッドをジャグジーにドボンと落とした。



「なん、て…?」



「ファーストキス、されちまった…」



 濡れた顔をざばざばと洗うように雫を払って、龍樹が顔を上げた。目の前には青ざめた忍の顔があった。



「…忍?」



「同意の、上か?」



「いや、どっちかっていうと、不意打ち、かな…」



「それは、反則だ」



 ちりちりと、胸が痛む。24時間我慢しているのに、不意打ちで奪われるなんて…!



 膝立ちをしていた忍が、龍樹のあごを掴んだ。



「俺はもう、我慢しない」



「えっ…!?」



 目を見張る龍樹に、忍が口接ける。ついばむように。何度も、何度も。



「しの、ぶ…?」



 混乱する龍樹の目に自分が映っていることを確認して、忍は深く口接けた。



「ん、ンン…っ」



 龍樹の声が、思った以上に甘くて、忍の理性がはじけ飛ぶ。抵抗しようとする龍樹の両手を掴み上げ、ジャグジーの淵に押し付ける。



 パチン、指をはじくと、龍樹の両手がホールドされて忍の手が自由になった。



 龍樹の顔を両手ではさみ、深く深く口接ける。舌を絡め、強く吸うと、龍樹の身体がびくりと震えた。



「んっ、や、め…」



「やめない」



 ジャグジーの中に手を入れると、龍樹の中心部に触れる。



 やめろと言っているわりに、そこはちゃんと隆起していた。



「気持ちよくしてやるよ」



「やめろよ、忍っ」



「やめねえよ、不意打ちでキスされてくるような奴なんかに!」



 バブルバスでヌルつくお湯の中で、龍樹に触れる。



 無防備に全裸でうろついていることがあるから見知ってはいるが、さすがに勃っているものは見たことはない。



 十分手ごたえのある龍樹の息子は、忍の手の中でびくんびくんと脈打つ。こすり上げると呼吸が合わせるように早くなる。



「やめ、あ、ああ…」



「もう、我慢なんかしねえよ。おまえが好きだ。龍樹が、好きだ。好きだ。好きだ!」



 手のスピードを速める。龍樹が苦し気にのけぞり、呼吸を荒げた。



「忘れたなんて言わせねえからな。おまえが好きだ。俺は龍樹が好きなんだ!」



「ダメ、忍…っ」



 龍樹の目が潤む。見たことのない顔。聞いたことのない声。初めて目の当たりにする息遣い。



 無茶苦茶にしたい。俺の手で。おまえのすべてを奪いたい…!



「だめじゃない!俺の手でイけ!



 泣かせてみたい。啼かせてみたい。龍樹のすべてを見てみたい!



「あ…い、く…もうっ」



 ジャグジーの中で身をよじり、龍樹が喘ぐ。



「忍、しの、ぶ…っ!!」



 どくん、どくん、と忍の手の中の龍樹が果てた。



 今、なんて言った…?俺の名前を呼んで、イった!?



「手ぇ、解けよっ、いてぇだろ!」



 涙目で怒る龍樹に、忍がハッとして拘束を解いた。 



「なんてことしやがんだ、おまえはっ!ふざけすぎだ!」



 目元の涙を手で拭いながら、龍樹はぐすっと鼻をすすった。顔が真っ赤だ。恥ずかしくて仕方ないのだろう。



「この期に及んで、俺がふざけているとでも?」



「…ふざけてないのは、わかったよ…」



 忍の勃っている息子を見て、龍樹が上目遣いに言ってごくりと喉を鳴らした。



「じゃあ、俺は、どうしたらいいんだ?」



「…え?」



 どうしたらいいんだ?って、どういうことだ…?



 軽く見積もっても二、三発はぶっ飛ばされることを覚悟していた忍が、龍樹の照れ隠しの顔に心拍数が爆上がりする。



「え、え、えええ!?」

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