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仕事も一段落したので帰ろうとしたら拘束されました

「リヒト……これは――」

俺はカトレア様にバレないように人差し指をそっと口元にそえた。

「……っ」
 
何かを悟ったユリウス様も、軽く養子候補に目を落とす。

ユリウス様に渡した報告書の内容については、今ここで話すべきじゃない。そう、これはあくまで養子についての話をカトレア様から出しやすくするための物だ。

「養子……候補? もしかしてリヒト君、私達のために養子になる子を調べていてくれたのですか?」

「そ、そうですね。さ、差し出がましいとは思ったんですけど、俺もお二人にはお世話になりましたし、養子を取るというお話をユリウス様から聞いて、自分にも何か出来ないかと考えたんです。それで俺独自に調べた養子になりえそうな子供を、数人ピックアップさせてもらったんです」

なんて言っている俺を、ユリウス様は『何を言っているんだこいつは?』と怪訝そうな顔を浮かべながらこちらを見てきている。

俺は気がついていないふりをして言葉を続ける。

「しかしこれはあくまでも俺が勝手に持ってきた物です。当然、この中から選ぶ権利があるわけでもありません。もしカトレア様やユリウス様の内で、既に養子にしたい人が居ると言うのであれば、それは捨ててもらって構いません」

「それだったら既に決まっているではないか。我が養子にしたいのはお主だ」

「はい、却下します。カトレア様はどうでしょうか?」

「わ、私ですか?!」

突然話を振られたカトレア様は、少しびっくりしたように肩を上げるとそわそわとし始める。

「カトレア?」

カトレア様の様子にユリウス様は首を傾げたのと同時に俺は確信した。

既にカトレア様がアザレア様を養子にしたいと思っている事に。だったら話は早い。

彼女がラナンキュラス家の養子になるのを待っているよりも、ここはもうてっとり早く養子になってもらう事にしよう。

そうすればお嬢様が言っていた『アザレア様とお友達になる』と言う願いに一歩近づく事が出来る。

「あ、あの……ユーリ。実は少し気になっている女の子が居るんです」

「気になっている女の子だと? それは初耳だな」

「あなたに話すのはこれが初めてですもの。その子は街でお花を売っているんですよ。とても可愛くて、優しくて、笑顔が似合う子なんです」

カトレア様は胸の前で手を組むとそっと目をつむった。

「こうして瞼を閉じれば、あの子の笑顔が直ぐにでも浮かんできます。思い出す度に胸の辺りが温かくなって、自然と元気になる事が出来ます。私……ユーリ以外の人でこう思うのは初めてなんです。でもあの子は、ふとした時にとても悲しい目をしています。その目を見ると、私自身も胸が痛くなって……辛いんです。どうしたらあのお日様のような笑顔を見せてくれるのか、どうすればあの子は幸せになれるのかと、何度も考えました」

「……」

カトレア様の話に俺とユリウス様は目を開いてびっくりして聞いていた。

お嬢様からカトレア様がどんな思いで、アザレア様を養子にしたいと思っていたのかを聞いていなかったため、話を聞いて思わず驚いてしまった。

カトレア様の隣に座っているユリウス様も愕然としている。

しかし直ぐに我に返ると嬉しそうに微笑して、カトレア様の手をそっと取った。

「ではこれから花を買いに行くと言うのは、その子に会いに行くためでもあるのだな」

「ええ、そうなんです」

「だったら決まりだな。これは帰った後に、一刻も早くその子を迎い入れる準備をしなければならないな」

「で、でも良いのですか? ユーリの意見も聞かず、私の気持ちだけで決めてしまっても」

カトレア様の言う通り、もう少し疑心暗鬼になったり自分の意見を言っても良いだろうにと思う。将来自分の跡継ぎになる人かもしれないのだから。

しかしユリウス様はそんな事を一々気にする人ではない。

ユリウス様は記憶をなくし、出自の分からなかった俺を助けてくれた。

だからカトレア様の言う女の子がどんな子であったとしても、ユリウス様は迷うことなく受け入れる。

お嬢様の言った通り、アザレア様がスラムの孤児であったとしても手を差し伸べてくれる人だ。

「我は構わん。それに養子についてはカトレアの気持ちを優先しようと、最初から決めていたのだ。だからお主が決めた子ならば、我は何も問題ないと思っている。その子がどんな子であろうとも、我はカトレア同様にその事を心から愛そう」

「ユーリ……」

「……」

どうしてこの人はそんな恥ずかしい言葉をためらいもなく言えるのだろうか?

自分が思っている気持ちを素直に言葉にする事は決して悪い事ではないが、今この馬車の中には俺を含めるご夫妻の三人しかいない。

お二人の熱々でラブラブなシーンを直で見せられる俺の気持ちを、誰でも良いから分かってほしいものだ。

するとタイミングよく馬車が街に着いてゆっくりと止まった。真っ先にその事に気がついた俺は、従者が扉を開ける前に自分で先に扉を開けた。

「では俺はこれで失礼します」

「なんだ、リヒト。もう行くのか?」

「はい。ちょっと寄るところがありますので」

「そうか、だったらまた後で会おうではないか」

「………………時間がありましたら」

俺はニッコリ笑ってからそう告げ、逃げるように馬車から飛び出した。

「リヒト君。慌てて出て行きましたけど、大事な用事があったんですね」

「……ふっ、まぁ良いではないか。どうせまた後で会う事になるさ。これについての話もじっくりと聞きたいところだしな」

ユリウス様は手の中にある養子候補を見下ろすと、目を細めてニヤリと笑ったのだった。


★ ★ ★


それから俺はユリウス様たちの様子を、なるべく離れたところで伺っていた。あまり近づきすぎると、ユリウス様に魔力を探知されて居場所がばれてしまう可能性があるからだ。

双眼鏡を片手に持ちながら、二人が花を売っている女の子に近づいていく姿を見届けてから、俺は腰にある懐中時計を見て時間を確認した。

「アザレア様とご夫妻の接触も確認出来た事だし、俺も俺で次の仕事に行くか」

双眼鏡を服の中にしまい込み、俺は少し遠くに見えるある屋敷を目に映した。

「あそこが……次の仕事先か」

そう小さく呟いた俺はその場から姿を消した。


★ ★ ★


「ふぅ……まったく」

俺は乱れた服装を整えながら、屋敷の外門に向かって歩いていた。頬に飛び散った血をハンカチで軽く拭い、丁寧に畳んで服の中にしまい込む。

「あれだけ脅してやれば、もう下手な事は出来ないだろうな。後はユリウス様に任せれば良いだろう」

そう呟きながら屋敷の外へと向かって歩いて行く。

ユリウス様率いる『白の魔法騎士団』たちにバレないように上手く痕跡も消したし、あの人たちがここへ着く頃には、俺がここで何をしていたのかは闇の中に溶けている事だろう。

あとは久しぶりに貰った休暇を満喫しながら、数カ月後に控えたお嬢様の『ルークスフロース魔法魔術アカデミー』への入学に備え、いくつか教科書を買って勉強を進める準備をしておこう。

「さて、お嬢様の得意な分野は確か――」

何て考えながら歩いていた時、突然足元に白い魔法陣が浮かび三本の白い光の柱が空へと伸びた。

「っ?!」

俺は足を止めて魔法陣へと視線を落とした。

「これは……白魔法?!」

三本の白い光の柱は一つのリングを作り出すと、そのまま俺の体に合わせて凝縮してくる。おそらく俺の体を拘束するつもりなのだろう。

「こんなところで捕まってたまるか!」

白魔法が発動したと言う事は、白の魔法騎士団は俺がここへ来る前から、あの男に目をつけていた事になる。

おそらく屋敷から出て来たあの男をここで捕らえる計画でも立てていたのかもしれない。

魔法が発動した事によって、騎士団の人たちはここへ向かって来るはずだ。あの人たちが来る前に、早くここから逃げなければまずい事になる。

俺は真上に向かって大きくジャンプしようとして足を踏み込む。

しかし――

「っ!」

突然、体が重くなって言うことをきかなくなった。いや、違う。体は頑張って動かそうと思えば動く。これは動かせないと言うよりも、重力に逆らう事が出来ない方が近かった。

何者かによって体に重力の魔法を掛けられ、両足で踏ん張っている地面にはひび割れが走る。

どうにかして逃げようと頭を働かせたが、白い光のリングによって俺の体は拘束されてしまった。

「…………はぁ」

これではもう逃げる事は出来ないか。そう悟った俺は軽く息をつく。

「なんだ、もう抵抗をする事を諦めたのか?」

目の前の真っ暗な道の先で、声の主が俺に手をかざしながら歩いて来る。

「いいえ、抵抗する気はまだあります。しかしこのまま抵抗を続けも勝ち目はありませんから、仕方なく拘束される事を選びました」

「ふっ」

声の主は暗闇の中で軽く笑うと、その姿を現した。

先程まで愛しい人に向けられていた優しい眼差しどこかへと消え去り、真っ直ぐ冷たい金色の眼光を浮かべた人――ユリウス・ヴァイス・ド・アウラ・ラナンキュラス様が、俺が座り込んでいる少し手前で足を止めた。

「さて、リヒト。なぜ我がこんな事をしたのか? 理由は分かるよな?」

そう言ってユリウス様は片手にさっき俺が渡した報告書を掲げた。

「…………はぃ」

あぁ、やっぱりこうなるよな。

内心でそう思いながら、俺は目の前に居るユリウス様を見上げたのだった。

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