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8. 偽りの依頼


「お待ちしておりました。この村の者でございます」

 チリン、再び鳴る鈴の音の同時に少女は深々と頭を下げる。笠を目元迄深く被っている為表情は確認出来ないが歓迎されているのか。
 いや、例えそうだとしても異常事態と言っても差し支えないこの状況で少女に気を許してもいいのだろうか。

「本当に此処の村の者か貴様」
「はい、その通りでございます」
「ならば質問に答えろ、何故お前以外人が見当たらない。何故灯りがついていない、それと食料もそうだが高価な物が見当たらないのも不自然だ」
「イ、イヴァン…」
「答えろ」

「…村人達は奥の地下で今過ごして居ます。ただこの村は既に老人と子供しか居りません、なので代表で私が参りました」
「灯りがついて居ないのも地下で過ごしているからか」
「左様です。こんな暗がりで灯りを灯さず申し訳ありません、さぞ迷われた事でしょう」
「地下に篭っているのはあの雷使いから逃れる為か」

 ピクッ、と先程まで淡々と話して居た少女の肩が反応する。質問を繰り返す中確信をついた問いかけについ反応してしまったの、少々歯切れが悪く言い澱みしていれば盛大に漏れでる溜息。
 辺りを改めて見渡せば人が住んでいた割には既に壊れている建物、柱や窓が割れている建物が殆どで"地下に住んでいる"との発言。

 それだけ聞けばそういった習慣もあるだろう、だがこんなに建物が立っているのに地下で暮らすメリット。
 そしてあの時男が言っていた「縄張り」の言葉、彼処が縄張りならば此処も恐らく彼奴らの縄張りとやらで…既にこの村は一度彼奴らによって襲撃された後なのだろう。

 此処に来た時からどこか臭う感じ、恐らく何かが焼けた独特の臭い。何が、とは言わないがあの時の激しい雷を想像すればそれが一体何なのかは検討がつく。
 面倒事に巻き込まれた、苦虫を潰した様な顔を顰め溜息が盛大に漏れる。

 さっさとあんな男放って置けば良かった、と彼女の前では言えず心中に留めておく。

「…そこまでお分かりでしたか、この奥に地下が御座います。お話は其処で…」
「断る。どうせ依頼書の内容も違うんだろう、オーク討伐と書いてあるが此処にオークが来た形跡は無い」
「……何故その様な事がお分かりに?」
「…俺は鼻がいい。オークの独特の匂いだ、此処に来る迄はあったがこの村からは一切感じない」
「………」

「オークに困っていると依頼を出した割には此処に来た形跡が無いオークの何を困る必要がある、森に行けないからか?」

 オークの匂いは魔物故の独特な匂いを放っているが基本的には人間相手には無臭な事が多く、匂うといっても近づいて少々獣臭いぐらいである。
 だが青年の嗅覚は鋭く魔物の様々な匂いを嗅ぎ分ける事が出来、尚且つ魔物の生態に少々詳しい。理由は話したがらないが。

 この村に来て疑問が確信に変わり、依頼書自体デタラメである事に感づく。何故オーク討伐の割に報酬が良すぎたのか、オークに襲われた形跡が無いのに何故その依頼を出したのか。

 この村は本当はオークに恐れているのではなく、あの雷使いに恐れているに違いない、と。あの時は山賊と思ったがこんな山の麓まで降りてくる山賊はあまりいない、更には此処一帯が縄張りだと言うのなら彼奴らは恐らく山賊ではなく。

「…盗賊」
「……っ!!」
「…彼奴ら山賊じゃなくて盗賊、だったんじゃないか?なら此処もその盗賊に襲われた、もしくは襲われようとしてる…とか」
「どうなんだ」
「…其方の方の言う通り、この村は現在盗賊に狙われており尚且つ既に何度か襲撃されております」

 決して頭を上げない少女は更に深く頭を下げ続け、ポツリポツリと呟き始める。
 この近年に盗賊の根城が立ち、其処から近隣の村々を襲撃に回っていると言う話。それは此処最近の事で現在では村に生き残っていた者達は遠くの場所へと移住したと。

 此処も何度も襲撃されたが地下に隠れているとの事、何故引っ越さないか。
 理由は長距離に耐えられる村人達ではないから、老人や子供がこの荒地を渡る事が出来ない。その為此処で暮らすしかない様子だ。
井戸水などを見るあたり定期的に地下から出てきては必要物資を漁っているのだろう。

 そして多分オーク討伐と称して依頼書を出した本当の理由は…。

「…本当の理由は盗賊達の問題か」
「…その通りでございます」
「どうせ森の奥地に根城でも建てられたんだろう、だが盗賊は別に違法ではないからな。この国では認められているんだろ」

 盗賊は国によるが、犯罪者の分類にはならない。基本的に盗賊をしている事で儲けがあり、国のお偉いさんとの強いパイプがあるとも聞く。
 国が問題視していないなら村からいくら依頼書を出した所で受ける物好きは殆どいない、盗賊は基本的に儲かるのだから。
 少々危ないギリギリのラインではあるが。

 犯罪者の抑制など、国に申請すれば騎士団が動いたりもするのだがその分かなりの申請金が必要とされる。この村には其処までの資金は無い、だがギルドに申請する金ぐらいはあったのだろう。
 本来のオーク討伐金より上乗せする事で冒険者が来る事を期待していた様だが、どうやら想像以上に面倒な事に巻き込まれている。

 一度受けてしまった依頼だが、断る事も可能ではある。依頼内容と合っていなかった、とギルドに言ってしまえば簡単だろう。
 だが彼女の手前そうする訳にもいかない、本来一人であったならば容赦無く断り巻き込まれる前に帰ったんだろうが彼女の事だ、十中八九そんな事はしないだろう。

「あのさ、一つだけ頼みを聞いてほしいんだけど。盗賊の奴引き受けるけどさ…」
「何でしょう…、私共に出来る事でしたら何なりと」

「…薬草、ってあるか?」
「……薬草、ですか?」

 唐突に何を言っているのだろう、如何にもその様な表情にも見えるが彼女は至って真面目だ。提示した条件が些細な事、しかもその理由は先程の男の為だろうに。
 彼女が此処一体で何を探していたのか、なんて聞かずともわかる。ずっと探していたんだろう、治す為に。

 優しすぎるが故に。彼女の紡がれる言葉に一筋縄ではいかなくなる問題、これで盗賊達を引き受けてしまう…引き返せない事は薄々感じていたがいやに重みを感じてしまう。

「…乾燥した物でいいのであればありますが」
「薬草ならいいんだ。…少し多めに薬草が欲しいんだけど…勿論そっちに支障がないぐらいでいいんだ」
「薬草で事足りるのでしたらいくらでもご用意致します、暫しお待ち下さい」

「あ、じゃあ井戸近くの家に持ってきてくれるか?俺達そこに一度戻るからさ、依頼の話はその後で聞かせてくれ」

 地下室に取りに戻る様子を少々大きな声を上げ居場所を告げる。
 薬草が手に入る事を満足気にしている彼女を尻目にオークでは無く盗賊に切り替わる依頼内容に頭を抱えてしまいそうになる。

 アグニにもこの事を伝えなければならない、果たして受け入れてくれるのだろうか。けれどあの様子ならきっと彼女と同じ判断をするに違いない。似た者同士なのか、根っこ部分が同じな為なのか。
 しかしやはり気は重くなる、先程の雷使いは相当の使い手の様に感じる。振り切った時もまるで向こうは遊んでる様にすら感じる程には手を抜かれていた気がする。

 その時彼女を無傷で守れるのか、いや何をしてでも守るがそれは彼女が大人しく守られている場合に限るのだが。
 彼女は大人しく守られないだろう。

「ファイ」
「…ん?どうしたイヴァン?」

「本当に依頼を続行するのか。俺達の本来の目的はオーク討伐、盗賊の相手をする必要性はない」
「そりゃそうなんだけど。オークはいないみたいだし、オークから盗賊相手に変わっただけだって」
「だが…」
「俺単純だからさ、あーゆーの見たらほっとけない。見なかった事になんて出来ないよ」

 助けを明確に求められた訳ではないが、やんわりと感じた助けを求める様子。
 この村の惨状は彼女達なりのSOSなのだろうか、ほっとけないと…ただ一言で済ませるにしては繋がりが薄い部分も少々あるが。

 きっと何を言っても彼女は此処を無視する事はできない。ならばやるべき事は一つ、彼女の意思を尊重し尚且つ何者からも彼女を守り抜く事を。
 彼女を守る為ならば害悪は全て排除しなければならない、決して此処の村の人々を助ける為ではなくあくまでも彼女の為。
 そういう理由付けをする辺り青年らしいと言えば青年らしい。

「……あ。そういえば彼奴も盗賊の仲間、なのか?やべ、大丈夫かな…この村の人達襲ったとかだったら大変かも」
「……可能性は無くは無いが、もしその場合は治った時にぶん殴ればいい」

「怪我人にぶん殴るのはちょっと…」

 彼女以外どうでもいいのか、青年。

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