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7. 誰もいない村


 激しい騒音、衝撃波の様な感覚。

 先程の攻撃は果たして魔法なのか、一番遠くにいた筈なのにグラグラと揺れる視界に溜息が漏れてしまう。
 殺されたくなければ彼奴らを追いかけろと、指示を出したにも関わらず男共は一人残らず気絶している。何とも頼りない。

 さっさと殺さておけば良かったと、微かに後悔の念が零れ落ちれば既に居なくなっている遠くを見つめる。

「その辺のごろつきじゃあかんかったなぁ、…逃してしもた。あー…ボスにどない言い訳しよ」

 間延びする様に気怠げな声を上げつつ今の現状をしっかりと受け止めれば、面倒な様子で首を何度か鳴らす。
 一番手短に転がっている男の背中を容赦無く踏みつければ靴の汚れを落とす為その服で靴裏を拭い始める。男達を起こす事すらせず、転がっている男達に腰を下ろし始める。

 先程の女、彼女の姿を思い浮かべ随分と肝が座っていた…殺気に手を止めたとはいえあのまま触れていれば間違いなく軽傷では済まなかった筈。
 それなのに彼女は真っ直ぐと此方を見た、逸らす事なく、殺される可能性があったあの状況で、どういった神経をしているのか。

 無謀なのか、はたまた単純に馬鹿なのか。

「一人持ってかれてしもたけどまぁええな、どうせ死ぬやろし」

 一人減ってしまったがまぁいい、これで後始末が一人分楽になるのだから。
 懐から酒の入った瓶を取り出す、濃度が高いドワーフが好む酒だ。勿論くすねた物ではあるが本来ボスへの献上品ではあった、だが彼女達を逃してのこのこと帰る訳にはいかない。

 しっかりと仮は返さねばならない、やられっぱなしでは終われない。
 蓋を外し転がっている男共に容赦無く酒を注ぐ様に溢せば鼻腔に届く独特の匂い。これは少々濃度が強過ぎる、献上品にしなくて正解だったかもしれないと思ってしまう。

 瓶の中身が空になる、中身の無くなった瓶はその場に転がしておけばいい。
 こんな暗がりで逃げ去った彼女達を追うのは骨が折れるが致し方ない事、男共を踏み歩きながら指を鳴らしていく。

 パチッ、と指を鳴らす度になる音は電流を帯びており仄かに火花が散る。
 荒野とは言え濃度の高い空気が浮かぶ場所で火花が散ればどうなるか、なんて誰でもわかってしまうだろう。火花が零れ落ちると同時に酒が敷かれた一帯は大きな炎を帯びていく。

 一瞬で炎が辺りを埋め尽くし始めれば気絶していた男達はあまりの熱さに飛び起きる様に立ち上がるも既に遅い。
 広がる炎、熱する気温と共に男達の阿鼻叫喚な姿に滑稽だと笑ってしまう。役に立てない者は必要無い、容赦無く切り捨てる。

 そんな奴らは淘汰されるのが運命だ、と言わんばかりの表情だ。

「さぁて、この方角なら村の方やったなぁ。そこ潰せば此処一帯は自分らのもんや、ついでに潰しとこか」

 彼女達を追いかけるついでに残っていた村を潰す算段を立てながら青年は背後で助けを求める男達を他所に先に進んで行く。

*****

 一方何とか追手を振り切り、その追手が既に全滅している事を知らずに街へと戻ろうと歩みを進めていた三人。だがどうやら先頭を歩いていたのがアグニだったからなのか、急いでいる筈なのに迷ってしまったらしい。

「そう言えばいっつもロードが道案内してくれたから方向音痴なの忘れてたなオレ」
「……お前」
「完全に迷ったなこれ。どうすんだ?其奴の手当てもしたいしいい加減街につかねぇと…!」
「おいその妖精叩き起こせ」
「無理言うなよ!ロードは疲れてる中魔法使ってもう今日は動けねぇよ!」
「ならどうするんだ、このままだと俺達も共倒れの可能性がある」

 言い争っていても意味は無いのだがこの状況、一体どうすればいいのか。
 完全に抜け落ちていた思考回路にじろりと少々睨む様な視線とロードを庇う様に胸元で大きなバッテンを作りガードする。

 まだ夜は明けない、アグニの炎があるとはいえこのままだとまずい。迷っている状態で闇雲に動くのは得策では無いのだが、進まない訳にはいかない。
 先程よりも少々歩くのを遅めにしつつ炎を頼りに辺りを見渡す様に目を凝らしているとふと視界の端に映るのは古びた井戸。
 そしてその奥にはかなり老朽化されてはいるが木造で造られた建物が何軒か建っている。

 偶然ではあるがもしかしたら本来の目的である村に着いたのかもしれない。

「灯りは無いけどもしかしたら目的の場所かもしれないな此処」
「建物があるならそこに此奴を連れて行こう。いつまでも連れ歩いてる訳にはいかない」
「ロードダウン中なのによく着いたなぁ、オレ」
「アグニのお陰だな。よし、ちょっと此処の井戸水貰うか…アグニなんか桶とか落ちてない?」
「バケツ、とかなら転がってるけどこれでいいか?」

「うんそれでいい。タオルとか濡らして置きたいからな、イヴァンとりあえず一番近くの建物に入れてもらおう!」
「嗚呼」

 手分けして今出来る事をする。

 本当は医療の所に連れて行くのが最前ではあるが今は一刻を争う、これ以上刺激しないようにとまずは安静にする事が先決。
 バケツに井戸水を入れる為垂れ下がっている縄を強く引っ張れば重たい感覚、恐らく井戸水が入っているであろう。

 何度か引っ張れば顔を出す桶、持ち上げ炎で照らせば濁っている様子はない為生活水としても使っていそうだ。
 バケツに半分ほど注いだ後に運ばれたであろう建物に追う様に入れば、そこは無人で。
灯りがない為中にあった蝋燭を拝借しつつそこに炎を灯す事にする。

 そして部屋の中を見渡せば少々手狭ではあるが居住スペースではあるようだ。
 既に布の上に横たわっている側に駆け寄りながらタオルで身体を冷やしていく。

 まともな知識は無いが少しでも楽になる様に、と額に濡れタオルを置きながら何か手当てする物は無いか…と部屋の中を物色し始める。

「此処が目的の村ならば薬の一つや二つ置いてあるんじゃない」
「それが全然見当たんなくて…もしかしたら此処には誰も居ない可能性もあるな。灯りなかったし…」
「でも井戸水大丈夫っぽいし、誰かしらは居るんじゃね?」
「……ポーションの類があればいいんだがな。俺は薬学には詳しくない」
「オレも。ファイは?」
「俺はまぁ、薬草とかあればなんとか出来そうなんだけどな…」

 兎も角何かしら薬草などを見つけなければならない。此処に人がいるかいないか、調べることも必要ではあるが優先順位がある。
 ちらりと横になっている男を見れば荒い呼吸を繰り返しており、痛みで滲み出る汗、痛ましい姿にそっと近づき汗を優しく拭き取る。

 誰かしら残るべきだろう、流石に一人残しておく訳にはいかない。

「んじゃオレとりあえず此処に残るよ。ロードも休ませたいし、此奴ほっとく訳にもいかないしな!」
「悪いアグニ、頼んでいいか?」
「おう!任せとけ!松明用意すっからとりあえず朝が来るまで辛抱してくれ」
「充分だ、ありがとな。ロードもゆっくり休んでくれ、無理させてごめんな」

 率先して残る事を告げるアグニ、既にキャパオーバーなロードがやはり心配らしくバンダナを外しその上にロードを寝かせる。
 スゥスゥと規則正しい寝息が聞こえる姿にひとまず休めている事に安堵すれば小さな声でお礼を告げ、優しく頭を撫でる。

 用意してもらった松明を二本其々で持てば此処をアグニに任せ建物の外に出る。
 追手の事も気になるが何かあればすぐに気づける様に気を配って此処一帯を散策する為共に歩き始める。

 井戸水が使えた点、先程の建物の中は手狭ではあるが人が暮らせる様に整えられていた。
 物はほとんど無かったが人が最近まで住んでいた形跡はしっかりと残っていた。

 ただ残っていた割には人の気配が感じられないのが気になってしまう、住んでいた形跡はあるのに今現在人の姿が見つからない。
 それに建物の中にほとんど物が残っていなかったのも気になる、特に食料は一つ残らず残っていない。

 もしかしたらつい最近引っ越したのだろうか。だがもし此処が依頼の村であれば依頼が受理されたにも関わらず引っ越した理由は何か。

 もしかしたら先程の奴らが関わっているのかもしれない、仲間を容赦無く攻撃する奴だ、村人達を襲ってもおかしくない。

「……無いな、薬草とか」
「嗚呼。…不審な点はあるが此処にはもう人はいないのかもしれないな」
「…そうなると困ったなぁ、せめて彼奴を手当てだけでもしたいんだけど」

 一軒一軒入りつつも間取りはどれも似た様なもので、同じくどの建物内にも物がほとんど置いていない。
 めぼしい物が見つからない、そんな時チリン…と鈴の音が聞こえる。

 ピタリと互いに動きが止まりその音の先を覗き込めば奥からやってくるのは一人の少女。
 笠を深く被りそこから垂れ下がっている鈴が先程の音の正体なのか。

 ただその少女の服から覗く手は痛ましい程に血の滲む包帯が沢山巻かれていた。

しおり