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6. 逃亡せよ暗闇の中へ


 バチバチと黒い稲妻が走る様をただ眺める事しか出来ない、明確な殺気が感じられない。
 陽気に笑う癖にその手に纏う物はなんだ、意味もなく突然の襲来に驚きが隠せない。

 だがそれよりも先に彼女は黒こげになってしまった男へと駆け寄り始めてしまう。

「大丈夫か!?しっかりしろ…!」
「……ッ、ァ……ぅ、」
「っ、イヴァンすぐに街に戻ろう!こいつまだ意識ある!今すぐ街に行けば間に合う!」

「…なぁにしてんのや自分。今の状況わかっとるんか?」
「お前こそ何してんだ!!仲間じゃねぇのかよ!!」

 口を微かに動かし弱いがまだ心臓の音がする様を確かめれば身体を支え意識を飛ばさない様に声を何度もかける。
 近くで稲妻が鳴る様子を気に求めずに駆け寄る姿に流石に面食らった青年はしゃがみ込む様に尋ねれば噛みつく様に彼女は叫ぶ。

 強い目つきで睨みつけながら庇う様に男の前に立ち稲妻にも怯む様子すら無く真っ直ぐに青年を見据える。
 その凛とした視線に青年は少々驚いた様に瞳を見開くが再び愉しげに口元が釣り上がる。

「おもろいなぁ自分。でもあかん、そいつは息の根止めなあかんのや…自分も巻き込まれたいんならええで?」
「…っ、悪いけどそんなんで退く程俺はか弱くない」
「…ええ目やなぁ、ぐちゃぐちゃにしたくなるぐらいええ目しとる。けど…」

「おい」

 決して男の前から退かずじろりと睨みを効かせている彼女を尻目に稲妻を纏う手を近付けようとするがピタリとその手は不自然に止まる。
 手を警戒しつつも不自然に止まった事に冷や汗が垂れつつもそのまま体制を整えていく。

 先程からチリチリと伝わっていた殺気が莫大に増えていく感覚に背筋に悪寒が走る。
 何もしていない、けれど漏れ出る殺意の篭った魔力は全く隠しきれておらずひしひしと感じていく。

 彼女は特に感じていない様に見える、だが男には強く感じてしまう感覚。
 ちらっと背後を見ればゆらりと立ち上がり鋭い目で此方を見据える姿が視界に入る。その視線だけで人を殺してしまいそうな様子に微かに喉元が唾を呑み込んでしまう。

「…貴様何してる」
「……状況理解してない奴がもう一人おるみたいやけど」
「何をしているか聞いているんだ俺は」

 ざわり、更に強まる殺意。
 魔法すら発動していない筈なのにひしひしと重圧の様にのし掛かるこの感覚はなんなのか、問いかけに答えようとするが何かが喉に引っかかっている。

 周りの男共はイヴァンの強い殺意にたじろぎ距離を置いている、勿論側にいるアグニも突然の事態を呑みこめていない様だ。
 唯一普通にしているのは彼女のみ、彼女は男を担ぐ様にして背に乗せ距離を取る様に離れていく。
 そんな事態にも先程迄激しく鳴り響いていた稲妻は反応しない、全ての神経を一点に集中させているからだ。

「……あかんなぁ、とんでもない獅子を刺激してしまったみたいやな」
「今、彼女に攻撃しようとしていたな」
「当然やろ?その子が自分の懐に入って来たんや、それすんのは普通の事、っ」
「なら貴様を殺すのに充分な理由だな」

 一歩前に踏み出すと同時に一歩後ろに下がる。近付かれれば危険だと本能で察知しているのか一定の距離を保とうとする。
 ただ目を離した隙に一気に距離を詰めらてしまう可能性もある、だが此処でただ尻尾も巻いて逃げるのもプライドが許さない。

 一定の距離を保ち、再び手に稲妻を走らせる。勿論近づく隙を与えず慎重に。
 人間であれば雷に打たれればそう簡単に反撃出来まい、そのまま電気信号を滅茶苦茶にしてしまえば此方のものだ。
 舌舐めずりし、両手に稲妻を響かせ勢いよく両手を合わせる。

「堪忍なぁ、子供相手やけどちょいと本気でいかせてもらうわ。"黒雷砲"!!」

「イヴァンファイ前に出るなよ!!ロード頼む!!」
「きゅ、きゅい!!きゅーーっ!!!」
「ロード!?」

 激しく唸る黒い稲妻の塊が飛んで来ようとする、その前に先程迄眠っていたロードが素早く先頭へと飛び出ればお腹を光らせ魔法陣が展開する。
 稲妻が当たる、そう思った瞬間ロードから発せられた魔法陣はそのまま大きな盾の幻影を創り出し稲妻を受け止める。

 バチバチと激しい雷鳴音、黒光する眩い光に腕で目元を隠しているとその手を強く掴まれ勢いよく盾の隙間を縫えばそのまま荒地を駆け抜ける様に走る。
 ロードは、そう振り返ると未だに稲妻を食い込めていてくれている。このままでいいのか、そう声をかけようとするも強く手を引っ張られそういう場合ではない。

「おいアグニ!ロードはいいのか!?」
「ロードなら大丈夫!それより早く逃げよう!つーかイヴァンお前怖い!んなバチバチな殺気出すな!すげぇ怖い!!」
「ファイに手を出そうとしたんだ、当然の事だろ!」
「だとしても怖いって!それに其奴も早く助けねぇといけないのに戦っちゃまずいだろ!!」

 勢いに乗ってそのまま走り始めれば気になるのはロードの存在。置いて来てしまったが、大丈夫と叫ぶ様子に任せてもいいのか。
 けれど悠長に戦闘をしている場合でもない、このままでは背中にいる男の命が尽きてしまう。

 だがこんな暗闇の中闇雲に走るのは得策ではない、右も左もわからない中背後から地響きの様な音が鳴り振り返れば何度も光る黒い稲妻と猛スピードで此方に向かってくるロードの姿が。

「ロード!!」
「きゅい、きゅ、きゅぅ!!」
「ロード助かったぜ!ありがとな!!しっかり休んでくれ!」
「其奴魔法が使えたのか」
「簡単な魔法ならな!!ただ魔力補給にすげぇ時間かかるからヤベェ時以外使わねぇようにしてんだ!」

「でもロードのお陰で助かった…ありがとなロード」
「きゅぅ……」

 先程の魔法で完全な魔力が無くなってしまったのか、バンダナの中へと避難。
 ロードの緊急用を使ってしまった今ロードの盾はもう展開できない、このまま引き離せばいいのだが背後からは稲妻以外にも男達の声が聞こえて来る為そう簡単にはいかないらしい。

 追いかけてくる男達、けれど男を一人背負っている彼女はいくら手を引っ張ってもらっているとはいえ走りがだんだんと遅くなってしまう。
 無限に走れる訳ではない、呼吸が荒くなりこのままでは追いつかれてしまう。
 どうするべきか、彼女の様子をちらりと確認すれば背後を振り返りその場に立ち止まれば急な動きに二人も動きが止まってしまう。

「イヴァン何してんだよ!早く逃げねぇと彼奴ら追いついて来ちまうってば!!」
「イヴァン…?」
「ファイ耳を塞いでくれ。お前も鼓膜が死にたくなかったら急いで耳を塞げ」
「なんだよ急に」
「急げ!」

 少々荒々しい声色に男を下ろし言われた通りに耳を塞ぐ。塞いだ様子を視界に入れ数歩程前に進めばトントン、と喉を軽く叩く。
 小さく呼吸を繰り返し、そして大きく呼吸を繰り返し始める。

 一体何を始める気なのか、アグニは突然の動きに理解が出来ずにいたがイヴァンの行動に彼女は何かの察しが付いたのか口元を痙攣らせる。強く耳を塞ぎながら少々身を抱えこれから起きる衝撃に耐えようとする。

 何度か呼吸を繰り返した後に思いっきりお腹に力を入れていく。

「"ハウリングヴォイス"!!!!!」

 空気が揺れる。ビリビリとした騒音と共に声が、音が、咆哮の様に鳴り響いたのだ。
 耳を塞いでいても鼓膜に振動する強い反響音に強い刺激に脳が揺れる感覚がする。

 衝撃波の様に降り注いだ咆哮が勢いよく大地を揺らしそして追いかけていた男共の脳天を激しく揺さぶる。
 耳を塞いでいてもこの有様、この音をモロに受けた男達は激しい脳の痛みと鼓膜の振動に立ち止まり急いで耳を塞ぐがもう遅い。

 そのままグラグラとした感覚が男達の脳から身体迄支配すればそのまま意識を手放し次々に倒れていく。
 反響し、残る余韻にクラりと揺れる脳を何とか持ち直せば身構えていたとは言え流石にかなり近い所でこの音を聞いてしまった為目がチカチカする。

「イ、ヴァ……やるならやるって言えよそれ。すげぇ頭痛え……」
「……すまない。ファイ大丈夫か?」
「オレの心配もしろよー…ぐわんぐわんする」
「丈夫だろお前は。…だが其奴は無事か?」
「ロードか?気絶する様に寝てたみてぇだから大丈夫っぽい」

 頭を抑えながら少々文句を言われてしまうと素直に謝罪する姿に不服そうにしてしまう。
 バンダナの中にいるロードを確認すれば既に気絶していた為大丈夫そう、と判断すれば先程迄聞こえていた男達の声と稲妻の音が聞こえない。

 全員が気絶したかはわからないがどうやら足止めをするくらいには効き目があったようだ。

「つーか今のなんだ?すげぇ声だなお前」
「……一種の魔法だ。今のうちに行こう、ファイ其奴を背負うのを変わろう」
「ありがと…其奴まだ大丈夫そうか?」
「嗚呼、気を失っているだけで大丈夫な様だ」
「とりあえずこのまま行くか、すげぇ暗いけどオレの炎あるし大丈夫大丈夫」

 代わりに男を背負いながら安否を心配する声に背中から伝わる僅かな呼吸音にまだ生きている事を伝える。だが重症である事には変わりない、急いで街に戻らなくては。

 アグニの炎を頼りに追手から逃げる様にそのまま奥へと進んでいく。

 このまま何事もなく辿り着けばいいのだが…。

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