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1.「眠りの天才」


 彼女の、そのかわいい寝顔を初めて見たのは、4年前の3月初めの土曜日のことだった。

 ゲームの専門学校の2年生の終わり。ボクたちは卒業制作の追い込みのため、授業のない土曜日の教室に詰めていた。開発機のディスプレイを睨んで格闘しているボク。ふと右横に座っている彼女のほうを見ると、疲れていたのだろう、デスクの上に組んだ腕にちょこんと乗せた顔をボクのほうに向けて、スヤスヤと寝息を立てていた。
 しばらく見とれていたボクは、彼女がいつだったか、こう言っていたのを思い出した。
「眠ってるときが、人生でいちばん幸せだよ」
 その言葉のとおり幸せそうな、かわいい寝顔だった。

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 2月最後の土曜日、彼女とボクは、東京駅を10時過ぎに出る新幹線に乗り込んだ。
 勤務先が運営するオンラインゲームで、前の日の深夜に深刻なバグが発覚し、プログラム修正作業の応援に彼女は呼び出された。部屋に戻ってきたのは早朝5時頃。数時間仮眠をとっただけの彼女は、二列シートの窓側の座席に着くと、ほどなく眠り始めた。
 彼女の向こうに見える窓の外を、どんどん後ろに飛んでいく風景。新幹線に乗るのは高校の修学旅行以来のボクの目には、新鮮に映った。そして4年前から変わらない彼女のかわいい寝顔は、ボクの隣の席に乗っかったまま新幹線で運ばれていく。

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 彼女の寝顔をボクが初めて間近に見たのは、3年半ほど前。彼女がボクの同僚になってから半年ほどした9月のことだった。
 深夜の彼女の部屋。シャワーから出てきたボクの前で、彼女はベッドに横向きになってすやすやと寝ていた。いたいけなくて、無防備な、そしてなんともかわいいその寝顔。触れた途端に壊れてしまいそうな儚さを感じたボクは、そのまま何もせずにベッドから下りた。

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 高校までの彼女は「眠りの天才」だった。もちろん本人がそう言ったんじゃなくて、ボクが彼女の話を聞いて得た印象だ。

 彼女がゲームに本格的にのめり込んだのは、中学生になってから。中学では吹部、高校では軽音部のバンドに加入してドラムスをやっていた。家で過ごす時間はもっぱらゲームプレイとドラムスの練習。それでいて睡眠時間は毎日8時間を絶対に下回らなかった。
 さぞや勉強は...と思ったら、地元のお嬢様学校の最難関校受験クラスに高校から入り、一般クラスも含めて200人以上いる同学年の中で、上位10番台を常にキープしていた。
「いつ勉強してたの?」あるときボクは彼女に尋ねた。
「もちろん授業中。そのための授業じゃね?」
「でも宿題とか」
「授業聞きながら、宿題になりそうな問題解いてた」

 ボクは、小学校低学年からゲームを始めた。母子家庭でひとりで過ごすことの多かったボクは、母親が買い与えてくれたゲーム機に熱中した。中学に入るとタブレットを買ってもらい、自分でゲームキャラクターを描くようになった。ボクが彼女と違って天才ではなかったのは、学校の勉強がさっぱりだったこと。年が明けてからやっつけで準備して、どうにか近所の公立高校に滑り込んだ。
 転機が訪れたのは、高校1年のときに応募したキャラクターデザインのコンテストで、佳作に入ったときのこと。中堅ゲームディベロッパーのAGL株式会社から「入選作を制作中のゲームのキャラクターの一人に使いたい」という話をいただいた。それがきっかけで、高校に通いながら放課後にAGLでアルバイトを始めた。

 高校を出た彼女は、東京の名門私大SH大学の理工学部に通いながら、専門学校の夜間部でゲームプログラミングを学んだ。
 ボクは高校を出ると、AGLでフルタイムのアルバイトとして働きながら、彼女と同じ専門学校の夜間部で3DCGの制作を学んだ。AGLはボクの2年間の学費のうち半額を負担し、残りは貸与という形でサポートしてくれた。

 二人が出会ったのは、入学後1ヶ月間の導入教育のクラスで机を並べたとき。ボクはクラスメイトから彼女のことを聞いて、「どうせ資産家のお嬢様のお遊びだろう」と思っていた。その彼女は、ボクのことを「ひ弱なゲームオタク」と思っていたらしい。彼女のボクについての印象は「当たらずとも遠からず」だが、ボクの彼女についての印象は全然的外れだったことが後にわかった。

 1年半プログラミングコースと3DCGコースに分かれて学んだ後、2年の後半はチームを組んでゲーム制作実習。それぞれのコースでトップの成績だったボクと彼女はチームを組むことになった。しばらくしてボクは彼女のプログラミングのセンスに圧倒された。そしてゲームに対する純粋な情熱に、最初の印象を取り下げることとなった。あとで聞いたところでは、彼女も同じ頃に、ボクのキャラクターデザインのセンスとゲームに対する情熱を認めてくれるようになったらしい。

 専門学校卒業時点で、ボクはAGLの正社員になることが決まっていた。
 大学と専門学校の掛け持ちで平均睡眠時間が一日に6時間を下回るようになっていた彼女。大学に専念して元の8時間睡眠に戻るのかと思ったら、ボクにこんな相談をしてきた。
「制作現場に入って経験するために、ゲーム会社で長期インターンをしたい」
「大学は休学するの?」
「うん。なので、キミの勤め先を紹介してくれないかな」
 ボクは所属していたグループのディレクターに相談し、技術統括の副社長とディレクターが彼女を面接した。その結果、彼女はAGLでフルタイムで働くこととなった。アルバイト待遇で、とりあえず半年の契約。

 ちょうど世界的なパンデミックが波及した時期に働き始めた彼女は、一時期出社もままならない状況だったけれど、次第に頭角を現していった。ボクと同じグループのプログラミングチームに配属され、半年後1回目の契約更改の頃には一人前のプログラマーに育っていた。大学に籍を置くインターンということを、チームのだれもが忘れるほどだった。

 ショートヘアでボーイッシュな彼女。AGLのオフィスでの服装もデニムのパンツスタイルがほとんどで、女の子という雰囲気はほとんど感じられなかった。ボクも専門学校の同期生として、ふだんは性別を意識することなく付き合った。チームが違うので、彼女と仕事で直接言葉を交わすことは少なかったけれど、ランチを一緒にし、夜食のコンビニ弁当を一緒に食べた。
 ただ、仮眠している彼女の寝顔を見ると、改めて女の子であることを意識させられた。

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 新幹線に乗車して30分くらいたった頃、ボクは手洗いに行ったついでに、自販機でコーヒーを2本買ってから席に戻った。小柄な体で座席にちょこんと収まった彼女。かわいい寝顔はそのままにして、自分の分のコーヒーに口をつける。

--------- ◇ ------------------ ◇ ---------

 彼女がAGLに入ってからほぼ半年たった9月半ばの金曜日。ボクらが所属するグループが担当するタイトルの制作が佳境に入り、ボクや彼女も含めて多くのメンバーが徹夜、休日出勤続きになっていた。社長命令でその日は全員定時で退社し、リフレッシュのため週末の出勤は禁止となった。

 ボクは彼女から、オフィスの近くのよく行く洋食屋に誘われた。食事を終えると彼女が言った。
「今日、ウチに寄ってかね?」
「寄ってくって、方向正反対なんだけど」とボク。
「じゃあ、泊まってく?」
 ボーイッシュな彼女の、その言葉の意味をよく考えずにボクは答えた。
「うん。じゃ、せっかくだから」
 母親に「会社の人のところに泊まる」と連絡。泊まり込みも慣れたものなので、とやかく言われない。

 彼女の部屋に向かう電車の中、「緊急停止します」というアナウンスと同時に、非常ブレーキがかかった。強烈な減速Gに体勢を崩した彼女。その胸元がボクの腕に押し付けられる形になった。
 細身のボディに、いつもゆったりとした着こなしの彼女の外見からは、思いもつかない柔らかな膨らみの感触が伝わってきた。
「大人の女性の部屋に泊まる」ということが何を意味するのか、ようやく気付かされることとなった。


2.当直明けの見習い天使


 独り暮らしには少し広めかな、と思わせる1DKの部屋。白を基調にしたシンプルなインテリアで、机の周りの一角以外はそんなに物も置いていない。机の上にはノートPCとゲーム機がいくつか。乱雑気味にソフトパッケージが積み上がっている。書棚に並んでいるのは主に大学のテキストだろう。横にゲーム誌がこれも積み上げられている。

 ダイニングのテーブルに座って、彼女の淹れてくれたコーヒーのご馳走になる。
 しばらく他愛のない話をした後、彼女が改まったようにして言った。
「明日はわたしの誕生日なんだ」
 今日オフィスで、1日早いプレゼントの贈呈式が行われていたのを思い出した。
「21になるんだよね」
「だから、二十歳(はたち)のうちに...経験しておきたい」
 彼女のその言葉に一瞬気後れした。
「ひょっとして?」
「うん」
 次の言葉をなかなか言い出せなかった。
「実は...ボクも」
「そう...それはそれで、嬉しいかも」

 しばらく沈黙が流れた。コーヒーを啜る音。テーブルの端のデジタル時計が9時になっていた。
 おずおずとボクが切り出す。
「ほんとにボクで、いいの?」
「なんとなくキミだと思っていた。一緒に卒業制作やってた頃から」
「でも...ごめん、こういう展開予想できてなくて...コンビニ行って来ようか?」
「大丈夫」
 そう言うと彼女は立ち上がって、チェストの上段から小ぶりの箱を持ってきた。
「独り暮らし始めるときに、母親が渡してくれた。『遅かれ早かれ必要になるだろうから』って」
 渡してくれた箱はシュリンク包装がかかったままで、正真正銘の未使用だった。

 着替えを持っていないボクに、彼女はちょうど洗濯したてのゆったりめのバスローブを貸してくれた。念入りにシャワーを浴びて、念入りに髪を拭いて、そして念入りに口をすすいだ。

「お先」と言いながら出てきたボクが目にしたのは、ベッドに横向きになって眠っている彼女。身につけているのは白のTシャツと白のパンティだけ。彼女の白い肌に溶け込んで、ショートヘアの髪の毛の黒以外は全身白一色だった。両腕を胸元にたたみこんで、両膝を曲げたこぢんまりとした体勢。

 当直明けで休んでいる見習いの天使がいるとしたら、たぶんこんなふうだろうと思った。

 ベッドに上がって、彼女の顔に自分の顔を近づける。いたいけなくて、無防備で、そしてなんともかわいいその寝顔。「Fragile」というのだろうか、触れた途端にすべてが壊れてしまいそうな儚さを感じたボクは、そのまま何もせずにベッドから下りた。彼女の上に春秋物の薄手の布団を掛けると、ボクは置いてあったタオルケットをかぶって、フローリングの上に身を横たえた。
 時計を確認したわけじゃない。けれどボクが眠りに入ったのは、まちがいなく金曜日、彼女の誕生日の前日のうちだったと思う。

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 シャワーの音に目が覚めた。上半身を起こして、ベッドサイドの古風な目覚まし時計を見ると、6時少し前。ベッドの上は藻抜けの空だ。ボクは起き上がると、タオルケットを畳んでベッドの端に腰をかける。
 喉の渇きを感じ、ダイニングに行き昨晩コーヒーを飲んだカップに水を注いで飲む。ついでに念入りに口をすすぐ。シャワーの音が止まった。
 ベッドに戻り再び腰をかける。「箱」に手を伸ばして、シュリンク包装を破いて使用方法に目を通す。しばらく待っていると、バスタオルを体に巻きつけただけの彼女が出てきた。ダイニングで水を一口飲むと、ボクの横に腰を下ろす。

 ゆっくりと彼女が話し始める。
「ごめんね。自分から言っといて眠っちゃった。それに...隣に寝てくれたらよかったのに」
「いや...なんか、その」
「...体、痛くなかった?」
「オフィスの仮眠で慣れてるから」
「それもそうだね」

 二人はしばらく、黙ってダイニングのほうを見ていた。
 どちらからともなく向き合う。ボクが顔を近づける。それに合わせて彼女も顔を近づける。
 目を閉じて、唇と唇をそっと重ね合わせる。彼女の体から漂うボディーローションの仄かな香り。

 重ねた唇を離し、至近距離で向き合う。
「21になっちゃったね」
「そうだね。でも、キミが最初のヒトになることのほうが大事」
 バスタオルをそっと外す。白い肌が露になる。ボクの掌にすっぽりと納まってしまいそうな、それでいて自らの存在をしっかりと主張する彼女の胸の膨らみ。
 バスローブを脱ぐ。もう一度彼女と唇を重ね、そのまま倒れ込んでベッドの上に身を横たえる。

 その瞬間、ボクを見上げる彼女の顔に浮かんだ苦痛の表情。やさしく、ゆっくりと動く。やがて彼女の口から洩れ出す、喘ぎ声というにはあまりにも微かな息遣い。
 そんなに長い時間ではなかったと思う。けれど永遠のように感じた。終わって、やさしくキスをして、しばらくすると眠りこむ彼女。その寝顔をしばらく眺めて、ボクも眠りにつく。

 二人が目覚めたときは、もう昼頃になっていた。最初に彼女が起き上がって、Tシャツにインディゴブルーのデニムを身に付けた。ボクも起き上がると、昨日着ていた衣装で身を包む。
「お昼食べに出かけようか」と彼女。
「そうだね。コンビニかどこかで下着買いたいし」
「それに...シーツ洗いにランドリーにも行かなくちゃ」

 ボクたちはそのまま「半同棲状態」になった。毎週末、ボクは彼女の部屋で過ごす。母子家庭で、小さいころからボクをかまうことができなかった母親は、いまさらとやかく言わなかった。けれど1ヶ月ほど経った頃、こう言った。
「たまにはこちらにお連れしなさい。ご馳走してあげたいから」

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 彼女の故郷、天歌(あまうた)市は、東京から新幹線で1時間ほどの十海(とおみ)県にある。二人の乗った列車は、県庁所在地の十海駅に近付きつつあった。減速し始めるとすぐに車内放送のチャイムが鳴り、まもなく到着することが告げられた。

「もうすぐだよ」とボクは彼女に声をかける。
 なかなか目覚めようとしない彼女に、声のトーンを上げてもう一度言う。
「起きなくちゃ。乗り過ごしちゃうよ」
 彼女の体が微かに動きはじめ、ゆっくりと目を開ける。体を起こすと腕を上にあげて伸びをする。

「おはよう。タエコ」と、ボクは彼女、内田 多恵子(うちだ たえこ)に挨拶する。
「おはよう。ツバサ」と、彼女はボク、城之内 翼(じょうのうち つばさ)に挨拶する。


3.タエコの決断


 十海(とおみ)駅の新幹線ホームに降りたったボクたち。普段と変わらないカジュアルな装いのタエコは、明日着るためのセミフォーマルのワンピースを、キャリーバッグに入れている。ボクは、慣れないスーツ上下に薄手のコートを羽織っている。着替えのシャツと下着、寝間着代わりのジャージ上下は、肩掛けのビジネスケースの中。もちろん二人ともノートPCを携行している。
 県庁所在地だけあって降りる人も多く、少し列ができた新幹線の改札を通り、天歌(あまうた)方面の在来線のホームに行く。11時10分発の列車はちょうど出たところで、次は11時25分発。
「懐かしい?」とボクがタエコに聞く。
「そこそこ。たいていの用は天歌で足りたから、家族に連れられて買い物に来たり、たまに大きなゲーム店を覗きに来たくらいかな」
 4両編成の列車が入ってきた。乗り込んでボックス席に並んで腰かける。新幹線の車内でボクが買ったコーヒーの蓋を開けて、タエコが飲み始めた。

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 タエコは、2年間をアルバイト待遇のインターンで過ごしたのち、3年目には契約社員待遇になっていた。
 ボクの正社員としてのキャリアも順調だった。1年目にメインキャラクターのデザインを任され、作品はヒットした。2年目はグラフィックデザインのサブリーダー、そして3年目に企画職と兼任でグラフィックデザインのリーダーになっていた。
 そして4年目、タエコはプログラミングのサブリーダーに任命された。契約社員待遇のインターンとしては異例の抜擢だったが、職場のだれからも異論は出なかった。

 タエコは、決断しなければならない時期に差し掛かっていた。
 大学の休学期限は4年。学士号を取るなら翌年度に学校に戻らなければならない。単位は2年間で目一杯取っていたし成績も良かったので、最短あと1年で卒業できる。けれどもそれまでの間、会社で働くならパートタイムのアルバイト。そして卒業後については、改めて正社員採用されるけれど、ゲーム制作グループではなく事業開発グループに配属されることになる。そのように技術担当の副社長から言い渡されていた。
 このままゲーム制作を続ければ、正社員登用のうえ、ゆくゆくはプログラミングリーダーへの昇格も見込まれる。ただし、大学のほうは中退しなければならない。

 タエコの出した結論は、大学を中退してこのままゲーム制作の現場に留まることだった。
「本当にそれでいいの?」
「今はゲーム作りのほうに専念したい。大学は復学の制度があるし、他にも3年次編入とか、あとから学位をとる方法はあるから」

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 こうして彼女の故郷、天歌市へと向かっているのは、彼女の家族、とりわけおじいさまのお許しを得るためだった。
 ひとつは、彼女が大学を中退してAGLで働き続けること。
 そしてもうひとつは、タエコとボクが入籍すること。

 ゆったりと流れる大きな川を渡ると天歌市に入る。
 新幹線は当初の計画では、天歌駅に乗り入れることになっていた。しかし、旧天歌藩十万石の城下町の落ち着いた佇まいが損なわれる、との強い反対論が出て、市の北部をトンネルで通り過ぎることになった。
 開業後「やはり市内に新幹線の駅を」という声が上がり、十海駅を出て川を渡って天歌市に入ってすぐ、トンネルに入る手前のところに、新天歌駅が作られた。

 今回タエコは、新幹線の駅を使わずに、わざわざ在来線に乗り換えて天歌駅に降り立つことにした。ランチをともにしてくれる懐かしい面々のお出迎えを、懐かしい地元の駅で受けたかったからだという。しかもランチのお店が天歌駅前商店街にあり、歩いて行ける距離。

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「懐かしい面々」と言えば、ちょうど一週間前に、東京にいるタエコの高校時代の仲間とそのゆかりの人と食事をした。集まったのはタエコとボクを入れて全部で6人。SH大の近くのカジュアルなイタリアンのお店で7時からの約束だったけれど、肝心なボクたちがなかなか仕事を抜けられなくて1時間遅刻。駆けつけたときには、他の4人はすっかりいい感じにできあがっていた。

 タエコがボクに4人を紹介する。

 最初は、マイこと坂上 麻衣(さかうえ まい)さん。タエコが私立ルミナス女子高校、通称「ルミ女(るみじょ)」時代にドラムスで加入していたバンド「ミクッツ」のリーダーでギタープレイヤー。SH大と並ぶ私学の雄のM大で図書館情報学を学び、修士号を取って4月からは首都圏のB市に司書職として勤務することが決まっている。
 次は、マイさんのパートナーでタイこと円城寺 太(えんじょうじ たい)さん。マイさんの3つ年上でM大の修士を出て、今は国立国会図書館の職員。
 マイさんとタイさんは去年入籍した。
「図書館カップルですね」とボク。
「そんな小説があったね。シチュエーションは違うけど」とタイさん。

 その次は、ミクこと鷹司 美紅(たかつかさ みく)さん。ミクッツの初代ベーシスト兼メインボーカル。名門私大の教育学部を出て、今は系列校で音楽の先生をしている。
「でね、私は転校の身の上になって2年の夏に脱退したんだけど、後任がとんでもない逸材で、それがなんと...」と喋り出したら止まらなそうなミクさんを、マイさんが制して言う。
「来週天歌で現物見るんだから、それくらいでいいんじゃない?」
「そうそう、忘れてた」と言うと、握った右手をおでこの斜め上に当てて「エヘ」とミクさん。

 そして最後に、リツコこと富山 律子(とみやま りつこ)さん。ルミ女時代のミクさんのクラスメイトで、マイさんやタエコとは東京に出てきてから懇意になった。名門女子大卒で英語が堪能。十海市に本社がある商社に就職し、今年から再び東京に出てきて貿易関係の仕事をしている。

「それにしてもみなさん、学歴が半端ないですね。専門学校卒の自分には、眩し過ぎて」と言うボクの腕を手の甲でノックしながら、タエコが言う。
「心配無用。わたしも『最終学歴専門学校卒』の予定だから。とりあえず」


4.城之内のジョー


 列車は12時少し前に天歌(あまうた)駅に着いた。改札で12時の待ち合わせにちょうど間に合った。
「お疲れさま」と言ってタエコとボクを迎えてくれたのは4人。
「あれ、少なくね? マーちゃんたちは土曜講習あるから遅れてくるって言ってたけれど」とタエコ。
「うん。いろいろあって、さらに3人、遅れてくると連絡があった」とタエコのお兄さま。
「まあ、とりあえず行こう」とお兄さまに先導される形で、6人でランチのお店に向かった。

「JUJU」というハンバーガーショップについては、タエコから何度も話を聞いていた。ミクッツの御用達で、バンドの練習やステージの後は、ほぼいつもこのお店で反省会や打ち上げをやっていたという。
 タエコによれば、食欲旺盛な腹ペコさんにはクラシックバーガーのセットが、そうでない人には野菜たっぷりのベジタブルバーガーのセットがおすすめとのことで、ボクは、食欲旺盛とは言えないけれどクラシックバーガーセットに挑戦することにした。
「わたしはもちろん、クラシックバーガーセット」とタエコ。
「相変わらず『たらふくプリンセス』だね、タエコは」と言った女性は、ミカさん。

 カウンターで6人分の注文をすると、予約席としておさえてあった6人掛けのテーブル2つのうちの一つに着席する。
「忙しい?」とタエコに、ボブカットでつぶらな瞳の女性が聞く。彼女はヨッシーさん。
「今はそんなでもないけれど、昨日の晩に別のグループのトラブル対応に駆り出されちゃって、部屋に戻ったのは朝5時」とタエコが答える。
「大変だね。眠くない?」とミカさん。1000人中999人が文句なく認めるであろう美人。
「うん。新幹線の中でずっと寝てきたし。今は大丈夫」
「しかし、毎日必ず8時間以上は寝ていたタエコが、様変わりだね」とお兄さま。
「人生の最初に十分『寝溜め』してきたってとこかな」

 お店のオーナーらしき男性が、アルバイトの女性2人を従えて6人分のセットを運んできた。
「タエコちゃん。こちらが、フィアンセの方?」
「はじめまして。城之内 翼です」
「こちら、JUJUのオーナーの半澤さん」とタエコ。
「店長って呼ばれてるけどね」と半澤さん。
「店長には高校のときからお世話になりっぱなし。ヨッシーは今でもバイトに入ってるんだよね」
「うん。週に2回か3回」

「あの...」とバイトの女性の一人がボクに向かって言った。
「ジョー・ツバサさんですよね」
「え、ええ。そうですけど」
「私、『SLデビルズ』の大ファンなんです。あとで...サインいただいてもいいですか!?」
「あ、はい。よかったら、どうぞ」
「じゃあ、1時になったらシフト明けるんで、そのあとよろしいですか?」
「いいですよ」

 バイトの女性2人がカウンターに戻って行った。
「ごめんね、プライベートのところ。悪い子じゃないから大目に見てやってね」と半澤さん。
「あの子と私、仲が良くって。『高校の仲間にAGLの人がいる』って言ったら、話に食いついてきて白状させられちゃったの。悪いのは私だから」とヨッシーさん。
「気にしないでください。ファンサービスも大事な仕事のうちですから」とボク。
「じゃあ、どうぞごゆっくり」と言って半澤さんも戻って行った。

 運ばれてきたバーガーに、みんな一斉にとりかかる。ひとくち口にして思わず「おいしい」の言葉がボクの口から洩れた。
「バーガーも絶品だけれど、ポテトもただものじゃないよ。食べて、食べて」とミカさんの隣の男性。タイシさん。
 ボクは夢中で一気に食べて、10分くらいで完食した。
「ツバサにしては珍しい。よほどおいしかったんだね」とタエコがニッコリ。

「ところで『ジョー』は、城之内のジョー?」とお兄さま。
「ええ。『ジョーノウチ』は長ったらしいので」
「私もやったよ、SLデビルズ。ゲームはほとんどやらないけど、面白かった」とヨッシー。
「私は...ごめんなさい。やってみたけれど、やっぱりゲームは苦手で」とミカさん。
「いいんです。そういう方にも楽しんでいただけるような仕掛けを作るのが、ボクたちの使命ですから」
「正式タイトルは『スケアリー・ラブリー・デビルズ』だよね。『ラブリー』が先でもよかったんじゃない?」とお兄さま。
「ええ。そういう案もありました。けれど、イニシャルが...」
「そうか。『LSD』じゃ禁止薬物になっちゃうよね」とタイシさん。

 頃合いを見計らっていたように、タエコが口を開く。
「じゃあ。ひとまずここにいる面々から紹介するね」

 最初に、ミカこと森宮 美香(もりみや みか)さん。ルミ女のミクッツの二代目ベーシスト兼メインボーカル。市立中学時代のクラスメイトだったノエルさんという男性が、闘病生活の末に亡くなったことをきっかけに医師になることを志し、一浪して国立天歌大学、通称「天大(あまだい)」の医学部医学科に進んだ。今は5年生で臨床実習中。
 その隣に座っているのが、タイシこと中村 大志(なかむら たいし)さん。県立天歌高校時代のノエルさんの親友。ノエルさんの最後の日々にミカさんと知り合った。お父さまが医師で、天大医学部に現役で進学。今は6年生で、2月初めに受けた医師国家試験の合格発表待ち。

 タイシさんの隣が、ヨッシーこと吉野 未来(よしの みく)さん。ミクッツではキーボード兼サイドボーカル。高校2年のときに知り合ったタエコのお兄さまの影響で弁護士を目指し、お兄さまのカテキョーを受けて天大法学部に合格した。今は天大の法科大学院の2年。来年はいよいよ司法試験に挑戦する。
 ヨッシーさんの向かい、タエコの隣に座っているのがタエコのお兄さま、内田 恵一(うちだ けいいち)さん。タエコの2歳年上で、天大法学部4年のときに司法試験予備試験に合格。翌年の司法試験は不合格だったけれど、その次の年に合格。1年間の司法修習の後、今年から十海(とおみ)市の法律事務所に勤務している。お兄さまのことをタエコはふだん「アニキ」と呼び、ヨッシーさんは「ケイさん」と呼ぶ。

 ミカさんとタイシさん、ヨッシーさんとお兄さまは、去年の秋、ちょうど同じ頃に婚約した。ミカさんとタイシさんは、ミカさんが卒業するタイミングで結婚する予定。ヨッシーさんとお兄さまは時期未定。「お兄さまが弁護士として独り立ちしたら」とのこと。


5.パートナーのかたち


 12時40分頃に、小柄な男女の二人連れが店に入ってきた。ボクたちの席のほうへとやってくる。コトネさんとカケル君だ。
「すみません。夜勤明けで仮眠をとって、目が覚めたら12時ちょっと前。あわててミカさんに連絡して、支度して来たので遅くなっちゃいました」とコトネさん。
「実は僕も、うたた寝してて寝過ごしました」とカケルくん。
「注文しておいでよ」とミカさん。
 二人がカウンターへ行っている間に、お兄さまとヨッシーさんが隣のテーブルに移る。

 戻ってきて席に着いた二人を、ミカさんがボクらに紹介する。

 女性のほうが、コトネこと永山 琴音(ながやま ことね)さん。県立天歌(あまうた)高校のタイシさんの1年後輩にあたる。中学・高校と走り幅跳びの選手だった。高校の陸上部の先輩だったノエルさんの縁でミカさん、タイシさんと知り合いになった。天大(あまだい)医学部看護学科を卒業し、今年から付属病院で看護師として働いている。
 男性は、カケルこと宮内 翔(みやうち かける)くん。コトネさんと同学年で短距離の選手、同じく高校の陸上部でノエルさんの後輩だった。卒業後は天大経済学部に進み、今は天歌市の栄優食品流通に勤務している。
 中学時代からのつき合いだった二人は、今年晴れて入籍したとのこと。

「本部長には、いつもかわいがっていただいています」とカケル君がタエコに言った。
 彼が勤める栄優食品流通グループは、タエコのおじいさまが創業し、天歌市で最大手の企業グループに育て上げた会社。タエコの上のお兄さまが、SH大を卒業して入社し、今は営業本部長をされている。
「病院の夜勤は大変でしょう」とタエコがコトネさんに言う。
「そうですね。最近やっとサイクルに慣れてきました。でもゲーム制作のお仕事こそ、夜昼無しなしですよね」
「ふたんはそうでもないけれど、リリースが近くなったりトラブルがおこるとね」

 1時を回った頃、さっきのバイトの子が色紙とマジックを持ってやってきた。名前を聞いて色紙にサインをしようとしかけて止める。
「こちら、SLデビルズのプログラマーだけれど、彼女のサインもいかがですか」とタエコを指して聞く。
「わあ、嬉しいです。是非、お願いします!」
 ボクが宛名とタイトル名、自分のサインを慣れた手つきで書いて、タエコに色紙を渡す。たしかタエコはサインは初めてのはず。緊張気味に自分の名前を書いて、その子に色紙を渡す。
「ありがとうございます!」とお礼を言う彼女。
「これからも『こわカワイイ』路線でいかれるのですか?」
「そうですね。まあ、いろいろと考えてますので、楽しみにしてください」
 彼女は色紙を大事そうに抱えて立ち去った。

 入れ替わるように、背が高くて髪の長い女性がやってきた。ルカさんだ。
「ごめん、ごめん。クライアントとの打ち合わせが長引いちゃって」
 タイシさんが隣のテーブルに移り、注文を終えたルカさんが席に着く。

 タエコが紹介する。

 ルカこと浅山 輝佳(あさやま てるか)さんは、ルミ女でタエコたちの2年上の先輩。系列のルミナス女子大学在学中に、司法試験受験サークルでお兄さまとヨッシーさんと知り合った。同学年のお兄さまと同じタイミングで予備試験に受かり、翌年に本試験に受かった。今はお兄さまと同じ事務所の先輩弁護士。
「東京でミクに会ったとき、もうすぐ結婚するって聞いたよね」とルカさん。
「はい。5月とか」とボク。
「そうすると、私は晴れて彼女の年上の妹になる」
「じゃあ、お相手は」
「そう、私の兄。それでヨッシーは私の妹分だから、いずれ君はミクの義理の弟分になるということさ」
 家系図のようなものを頭に描いて、やっとボクは合点がいった。

 話が弾んで30分ほどたったところで、スーツ姿の女性の二人連れがやってきた。ルミ女の先生をしているマーちゃんとクーちゃん。ルカさんとコトネさん、カケル君が隣のテーブルに移り、カウンターで注文した二人が席に着くと、隣のテーブルからヨッシーさんがやってきた。

 タエコが二人のことを紹介する。

 マーちゃんこと早川 纏衣(はやかわ まとい)さん。タエコと同じくドラマーで、ルミ女軽音部の代々続く看板バンド「ルミッコ」のリーダーだった。ミクッツとのコラボセッションはいまでも伝説になっているという。地元の県立十海(とおみ)大学で物理学を専攻し、卒業後は母校のルミ女で理科の教諭として勤めている。
 そして、クーちゃんこと羽根田 空良(はねだ そら)さん。ルミ女でタエコたちの1年後輩。文芸部の部長で、文科系の部活の部長会でマーちゃんと知り合い、仲良くなった。マーちゃんを追うように県立十海大学で物理学を学び、卒業後ルミ女の数学の教諭となった。

「このお店はね、私とクーちゃんの思い出の店でもあるんだよ。ねえ」とマーちゃん。
「ええ。節目々々をこのお店で」とクーちゃん。
 十海市では、天歌市より2年遅れて、去年の4月から同性パートナーシップ宣誓制度が始まった。二人はその適用第1号。
「それを決めたのも、このお店なんだよ」とマーちゃん
「でも、お嬢様学校の先生だと、いろいろと言われないんですか?」とボク。
「理事長も学校長もリベラルな考えの方で、二人とも祝福してくださった。理事長は『多様性を認める社会のよい実例となってください』と、校長は『変に言われると貴女方が損をするから、学内での振る舞いには気をつけて』とおっしゃった」

 マーちゃん、というか早川先生とは、ボクは何度かWeb会議で話をしたことがある。AGLの事業開発グループが参画している教育ゲーミフィケーションプロジェクトで、生徒たちにプレイしてもらう教育用ゲームのキャラクターデザインをボクが担当している。県立十海大学と十海市のITベンチャーが中心となって立ち上げた企画で、ルミナス女子大、天大、そして早川先生からタエコを通じて紹介されたAGLがJVパートナー。実証実験がこの秋にもルミ女で実施される予定で、キャラクターのイメージについてボクは早川先生と打ち合わせをした。

 2時を回った頃に、店長の半澤さんがアルバイトの女性を連れて、トレーに載せたスウィーツを運んできた。
「はい。これは店からの差し入れ」
「わあ。ミニチョコレートサンデー」とミクッツメンバーから声が上がる。
「ライブの後とか、ご褒美でいただいていたのさ」とタエコがボクに説明する。
「これからもJUJUを、どうぞご贔屓に願いますね」と半澤さん。


6.内田家の面接 Lv.1


 2時半頃、店長の半澤さんに見送られてJUJUを出た。一足先にパーキングに行ってお兄さまがバンを回してくる。週明けの法廷の準備で事務所に戻るというルカさんと、夜勤明けで帰って休むというコトネさんと付き添うカケル君の3人とは、お店の前で別れることになった。残りの7人が乗り込むとお兄さまがバンを発進する。
「このバンで、ミクッツメンバーはいつも会場に運んでもらっていたんだよ」とヨッシーさん。
「頼りになるロジ担当」とミカさん。
「つーか、アニキの場合、ヨッシーの追っかけ、だよね」とタエコ。
「ま、まあ、否定はせんけれど」とお兄さま。

 高速道路をくぐって南に15分ほど向かうと目的地に着く。大小様々な漁船が停泊する天歌(あまうた)漁港。バンを駐車場に置いて、隣接する観光施設フィッシャーマンズワーフに入る。最大の目玉施設は灯台をモチーフにした展望台。建物の高さが条例で厳しく規制されている天歌市で、一番高い建造物がこの高さ40メートルの展望台なのだそうだ。
 最上階の展望フロアにみんなで上る。南側は、よく晴れた青空と溶け合うような大きく広がる海。今日は波も穏やか。
 そして北側の奥のほうには、落ち着いた風情の天歌市の街並みが広がる。
「こちら側は夜景がきれいなんだよね」とヨッシーさん。
「この次来るときは、ぜひ楽しんでくださいね」とお兄さま。

 展望フロアの一つ下の階がレストランフロアで、そこから下は、縦長の円柱型の水槽を見ながららせん状に下る通路。あるものはゆったりと、あるものは敏捷に、そしてあるものはひらひらと泳ぐ魚たちを眺めながら、8人は時間をかけて進む。地上階に下りた頃には4時を過ぎていた。
 西へ続く砂浜のほうへ行く。海風は冷たいけれど、日の光は春が近いことを感じさせる。波打ち際で寄せては返す波に引き返したり追っかけたりしたあと、ボクはタエコに囁く。
「ほんとに、素敵な街で育ったんだね」
「あした朝、城址公園と学校のあたりを散歩しようか」
「そうだね」

 日暮れが近づいて冷え込んできた。一行は5時頃に駐車場に戻り、バンに再び乗り込む。まずは天歌駅に向かい、駅から歩いて帰るミカさんとタイシさん、電車で十海(とおみ)市へ帰るマーちゃんとクーちゃんを下ろす。
「じゃあ、また明日、だよね?」とミカさん。
「うん。みんなよろしくね」とタエコ。
 お兄さまが運転するバンは、ヨッシーさんとタエコ、ボクを乗せて、来た方向へ少し戻るような形で進む。高速道路より少し手前、産業道路側に大きな倉庫がある。
 その手前の邸宅、タエコが生まれ育った実家に到着する。

--------- ◇ ------------------ ◇ ---------

 玄関で出迎えてくださったのは、若いけれど風格を感じさせるご夫婦。
「ようこそおいでになられました」と男性が笑みを浮かべながら手を出して、ボクと握手する。
「お世話になります」とボク。
「タエコちゃん、眠くない?」と女性。
「ええ。細切れですけど睡眠はとりましたんで」とタエコ。
「さあ、中に入って」とお兄さま。
 お兄さまに続いて、ボク、タエコ、ヨッシーさんの順番で中に入る。

 お兄さまとヨッシーさんのご案内で、ボクは今夜使わせていただく客間に入った。荷物を置くと、応接間に向かう。ほどなく2階の自分の部屋から下りてきたタエコが合流する。
 広々とした応接間。奥に一人掛けのソファーが二つ。そこから横向けの3人掛けのソファーが左右に二つ。そしてボクたちは、手前側に並んだ一人掛けのソファーに、壁にかけられた大きなディスプレイを背にして座っている。ボクたちから見て右側に、先ほどお出迎くださったご夫婦が、そして左側にお兄さまとヨッシーさんが座る。
 しばらくして、タエコの面影が感じられるロマンスグレーの男性と、口元がタエコにそっくりの女性が入ってきて、奥の椅子に腰かけた。

「今日のところは、これで全員だね」とロマンスグレーの男性。
「内田家へようこそ。ツバサ君」
「初めてお目にかかります。城之内 翼と申します。よろしくお願いします」
「私がタエコの父親の内田 恵治(うちだ けいじ)です。こちらが妻の愛優(あゆ)」
「遠路はるばる、ありがとうございます。お寛ぎくださいね」
 タエコのご両親は、家業の栄優食品流通グループを車の両輪のように牽引されている。お父さまは長く社長を務められた後、2年前、還暦を機に会長に就任された。お母さまは同じタイミングで取締役から常務取締役に昇格。
 東京駅で買ったお菓子を「つまらないものですが」と言ってボクはお父さまに渡す。
「これはこれは。ありがたく頂戴します」とお父さま。

「改めまして。タエコの上の兄の内田 恵務(うちだ めぐむ)です」と、先ほど出迎えてくださった男性。
「こちらは家内の真弓美(まゆみ)」
「タエコちゃんとツバサさん、ほんとお似合いですこと」
 恵務お兄さまは、取締役営業本部長としてご両親を支えておられ、カケルくんのずっと上の上司にあたる。真弓美さんは、内田家の家事を一手に引き受けておられる。

 真弓美さんとヨッシーさんがいったん部屋の外へ出る。背筋を伸ばしているボクを見て、お父さまが声をかける。
「そんな、しゃちほこ張らなくていいから。どうぞ楽にしてください」
 しばらくして真弓美さんとヨッシーさんが8人分のお茶とお茶菓子を持って戻ってくる。各自の前に置いて、元の席に戻る。
 誰からともなくお茶に口をつける。一息ついてお父さまが再び話し始める。
「まず、タエコのことだが。本当に中退でいいんだね?」
「はい。今はゲーム制作の現場で、さらに経験を積んでスキルを磨きたいと思う」
「SH大の先輩として恵務はどう思うかね?」
「タエコの思う通り、やらせてやっていいと思います。たしか復学の制度もあったよね?」
「ええ。退学後5年以内なら」
「社会人入学も普通になってきてますから、後になって学位をとる方法はいくらでもありますしね。今は熱中できることを思う存分やったらいいかと」
「私は勿体無いとは思うけれど。まあ、もう一人前に自分で稼いでいるわけですから...」とお母さま。

「それからツバサ君とのことだが、こうしてご本人を前にして、この青年なら大丈夫、と私は思った」とお父さま。
「ヒット作のグラフィックデザインの責任者なんだよね。大したことだよ」と恵務お兄さま。
「ありがとうございます。光栄です」
「けれど、同じ会社というのはねえ。厳しい業界なんでしょう。なにかあったときに...」とお母さま。
「実力があれば、いくらでも働き口はある業界さ。フリーランスで活躍している人もいっぱいいるし」とタエコ。

「ではタエコのこと、二人のことは、ここにいる私たちは異存なし、ということでいいね」とお父さま。
 お母さま、お兄さま、真弓美さんがうなずく。
「あとは、明日、二人がどう言うかだね」とお父さま。
「もしも『許さん』と言ったらどうする?」と恵務お兄さま。
「おじいさま、おばあさまにも、認めていただく形にしたい。でも、どうしてもダメなときには...」そう言うとタエコはボクのほうを向いた。
「...自分たちの決めた道を行こうと思います」
「わかった」とお父さま。
「どういう形であれ、私たちは応援しますよ」とお母さま。


7.朝ですよ。お姫様?


 内田家のダイニングも広々としている。4人掛けのテーブルが最大4つは置けそうな広さ。今夜は8人で食卓を囲むので、テーブルを2つ並べてクロスが掛けられた。
 おじいさま、おばあさまは離れで別にお食事をされるとのこと。すべては明日、対面をすませてからということのようだ。

 天歌(あまうた)漁港で上がった新鮮なお刺身の数々。海の幸、山の幸に恵まれた天歌の食材をふんだんに使った真弓美さんの手料理。JUJUのクラシックバーガーセットが一気に消化されて、食欲がもりもりと湧いてきた。
 ビールで乾杯し、しばらくすると男性陣とお母さまは日本酒に。
 タエコは専ら食べるほうだ。
「小さい頃からこの子は、柔道やってた恵一よりも食べるんですよ」とお母さま。
「それだけ食べて全然太らないのは、ほんと羨ましいわ」と真弓美さん。

 7時頃から始まった夕食は9時頃に終わった。ヨッシーさんをタクシーで恵一お兄さまが送っていく。
 2つある浴室のひとつを最初に使わせてもらう。交替でタエコが浴室に入る。
「じゃあ、どうぞごゆっくりしてくださいね」と客間へ向かう廊下ですれ違ったお母さま。
 敷いていただいたお布団の上で、ジャージ姿で一息つく。横になると眠ってしまいそうになるので堪えていると、タエコが顔を見せる。
「わたしの部屋に来る?」
 タエコについて2階の彼女の部屋へ入る。東京の部屋と同じように、置かれている物は少なくてきれいに片付いている。これが、タエコが育ち少女時代を過ごした部屋と思うと、感慨深い。

「小学校までは普通だったけれど、中学時代はつらかった。学校でいじめられて、ドラムスの練習とこの部屋でゲームに耽っていた」
「ドラムセットの部屋は?」
「明日見せるね」
「でも、キミは本当にいい友達に恵まれているね」
「すべては高校からかな。マイに声かけてもらって、ミクとヨッシーに出会ってミクッツ始めて。マーちゃん、それからミカ...そうやってできた人の輪が広がっていく」
「ボクもその輪に加えてもらえるんだね」
 タエコは黙って、ボクにキスをした。

「この部屋で寝る?」とタエコ。
「いや、今夜は客間で寝る」
「家族は大丈夫だよ。じいさん以外は」
「おじいさまが筋を通そうとされているなら、ボクはボクで筋を通したい」
「...そう言うと思った。ツバサなら」

--------- ◇ ------------------ ◇ ---------

 目覚めると朝6時。ジャージ上下のままで、タエコの部屋へ向かう。ノックするけれど当然のごとく反応はない。そっと扉を開けて、ベッドで布団にくるまっている彼女のところへ行く。
 顔にかかった布団をずらして、かわいい寝顔をしばらく堪能してから言う。
「朝ですよ。お姫様」
 彼女が目を開いて、ゆっくりと上半身を起こす。
「...朝はたしかに朝のようだけれど...」
 あくびをしながら大きく背伸びするとタエコが続ける。
「わたしはお姫様じゃない。お姫様なら、ミクとルカさんだよ」
「ミクさんは苗字からしてお姫様だとわかるけど、ルカさんもそうなんだ」
 ミクさんは旧公爵家の一族。ルカさんは、天歌(あまうた)藩十万石の藩主の家柄で、お父さまが旧伯爵家の当主だという。
「じゃあミクさんの結婚は、天歌のロイヤル・ウェディングなんだね」
「そういうことだね」
「なんか改めて気後れしちゃうな」
「心配するな。内田家はじいさんが裸一貫で事業を立ち上げた、生粋の平民だから」

 二人で歯磨きして顔を洗うと、庭に下りて、おじいさまが彼女のために作った防音室を見せてもらった。中にはドラムセット。置いてあったスティックを持って、タエコがドラムスを披露してくれた。さすがに堂に入っている。

 そんなに寒くなかったので、ボクはジャージ上下にコートを羽織って、タエコと約束の散歩にでかけた。
 ところどころ石垣の残っている広々とした城址公園。桜の並木と、背が低いのはモミジだろうか。春は花見、秋は紅葉の名所で賑わうという。
「次は桜が咲いた頃に来ようか」とボク。
「そうだね。みんなでお花見がしたいね」とタエコ。

 城址公園をずっと進むと、十海(とおみ)県でも随一の文教地区に入る。国立天歌大、ルミナス女子大などの大学。県下有数の進学校の県立天歌高校。そしてタエコの母校、私立ルミナス女子高校。
 日曜の早朝の学校近辺は、さすがに人通りもなく静かだ。
 ルミ女も校門が閉まっていた。隙間から中を覗いただけだけれど、伝統あるお嬢様学校の洗練された雰囲気は味わうことはできた。
「このへんの界隈で、キミは高校時代を過ごしたんだね」とボク。
「制服を着たマイやミカたちが、そのへんの角から曲がって現れそう」とタエコ。
「ルミ女の文化祭は5月だっけ」
「うん」
「来るとしたら花見の時期か、やっぱり文化祭か、迷うね」
「いっそのこと両方?」
「それもありだね」

 内田邸に戻ったのは8時前。ボクはジャージからスーツに着替えると、ダイニングにむかう。日曜日の朝食の食卓を、昨晩のメンバーからヨッシーさんを除く7人で囲む。
「すみません。お待たせしてしまいました」とボク。
「いやいや。だいたい日曜日はこんなものだから」と恵務お兄さま。

 ヨッシーさんが9時頃に内田邸に到着した。
 持ってきたワンピースにタエコが着替えた。そのあと、恵一お兄さま、ヨッシーさん、タエコ、ボクの4人は、タエコの部屋で今日の趣向の最終確認をした。
 オペレーター役になるヨッシーさんが心配そうに言う。
「わああ、緊張しちゃう。私で大丈夫かな?」
「大丈夫。なんかあったら、わたしが駆けつけるから」とタエコ。

 10時少し前。応接間に入る。
 タエコとボクは、昨日と同じ手前側の席。向かって右手のソファーに、奥からお父さま、お母さま、恵一お兄さまの順で並ぶ。左手には奥から恵務お兄さま、一人飛ばしてヨッシーさんの順で並ぶ。
 着座を待つ席も含めて、すべての席の前にはお茶が置かれている。

 10時ちょうど、真弓美さんが先導する形で老夫婦が入って来られた。


8.内田家の面接 Lv.9


 御年89歳のおじいさま、内田 恵之介(うちだ けいのすけ)さんが奥のこちらから向かって右、85歳のおばあさま、知子(ともこ)さんが左のソファーに着座された。先導してきた真弓美さんは、恵務お兄さまとヨッシーさんの間に座られた。
「エ、エヘン」と深く腰掛けたおじいさまが咳払いをされる。おばあさまはソファーの前のほうに背筋を伸ばして腰かけておられる。
 背筋を伸ばしていたボクは、さらに上半身が緊張する。

「お前は、髪の毛はばあさんの遺伝だな」とお茶をひとくち口にしたおじいさまが、お父さまにむけて話し出す。
「今のお前の年の頃、わしはもう、頭のてっぺんが光っておった」
 そう言うと、おじいさまは、横にわずかに髪の毛が残った頭のてっぺんあたりを右手で撫でた。
「それとも、やはりわしのほうが苦労が多かったからか」
と言うとおじいさまは、もうひとつ咳払いをして続ける。
「恵務、隔世遺伝かもしれんから、お前もそろそろ...」
「おじいさん。お客様を前にして、何をおっしゃてるんですか」とおばあさま。

「本題に入りましょうか。父さん、母さん」とおじいさま、おばあさまに向けてお父さまが言う。
「あちらにおられるのが、ツバサ君です」とボクを指す。
「は、初めまして。城之内 翼と申します」
 一礼して続ける。
「タエコさんとは...同じ会社で働いて、懇意にしていただいています」
「Aなんとか、とかいう会社だったな」
「AGLですよ。おじいさま」と恵務お兄さま。
「何人ぐらいいるのだ?」
「ええと、フルタイムのアルバイトを含めて150人くらいです」とボク。
「ちっちゃな会社だな」
「ゲームの制作会社としては中堅で、人気作も続けて出しているとのことです」とお父さま。

「で、タエコはコンピューターの仕事をしていると聞いておるが、君はどういう仕事をしているのだ」
「グラフィックデザインです」
「なんだ、その、グラなんとやらというのは」
「ゲームの中に登場する人物や物、風景とかを作り出す仕事です、おじいさま。作品の人気を左右する、重要な役割です」とタエコが助け舟を出してくれた。

「タエコ。お前には、それなりの大学で学位をとってから、社会に出てもらいたいと思っておった」と重々しくおじいさま。
「休学してゲームの会社で働くのは、社会勉強の一環ということで黙認しておった。それが、大学をやめるというのはどういうことだ」
 徐々におじいさまの声が大きくなる。
「お前が東京に行くのを許した条件が、学士号を取るということだったはずだ」
「おじいさま。約束を破るようなことになってしまって、本当に申し訳ありません」とタエコ。しっかりとおじいさまを見つめて話し続ける。
「でも、いま心の底からやりたいことは、ゲーム作りなんです」
「大学に戻って卒業して、それからでも遅くはなかろう」
「このままAGLに残れば、ステップアップできるチャンスが、目の前にあるんです。だから...わかってください」

「わしは中卒で、学歴が無くて苦労した。孫にはちゃんとした学歴をつけてやりたいのだ」
「たしかにタエコは成績もいいし、2年間で単位もしっかりと取っていますから、うまくいけばあと1年で卒業も可能でしょう」とタエコの先輩にあたる恵務お兄さま。落ち着いたトーンでさらに続ける。
「ただ、SH大には退学後5年以内なら復学できる制度があります。世の中では社会人入学の門戸も広がっています。学士号なら、その気になればあとからでも取る方法が、いくらでもあります」
「おじいさまは、学歴はなくともこれだけの事業を作り上げられました。大学の間、少しの時間とはいえ事業の最前線を経験させていただいて、改めておじいさまのやってこられたことの偉大さを感じています」と恵一お兄さま。家業に加わらずに弁護士を目指す条件として、大学生の間、休みの日に配送の仕事の手伝いをされていた。
「忘れないでください、お父さま。私も最終学歴は高卒ですよ」とお母さま。彼女はルミ女の前身の一条女子高校出身だが、お家の事情で進学を諦め、栄優食品流通に就職された。

「ではもう一つの話だ。タエコはそこのツバサ君と一緒になりたいということだが、「入籍」というのは一体どういうことだ。わしの孫が嫁に行くのに、式も挙げぬというのか」
「お気持ちはわかりますが、当人たちの意向ですから」とお父さま。
「式を挙げる甲斐性もない奴に、かわいいタエコをやるわけにはいかん!」と声を荒げるおじいさま。
「おじいさま、落ち着いてください。ツバサ君に失礼です」と恵務お兄さま。
「たしかに...」とおじいさまをしっかりと見つめてボクが言う。
「たしかにうちは母子家庭で、内田家と釣り合うような式を挙げる財力はありません。甲斐性がないと言われても否定しません。けれど、それだからこそ、タエコさんとパートナーになって、一緒に人生を切り開いていきたいと思っています。ボクには...タエコさんがどうしても必要なんです」

「そうか」声のトーンを落としておじいさま。
「お母上が一人きりで君を育て上げたのか。さぞや...苦労も多かっただろう」
「私たちだって」とおばあさま。
「挙式どころか、家族が猛反対する中を、身一つで私があなたのところに転がり込んだじゃないですか」
「そうだったなあ」しみじみとおじいさま。
「たしかに私は苦労をしました。けれど、あなたと一緒に苦労した日々を楽しく思い出します。もしも今のような成功がなかったとしても、決して後悔はしていませんよ」
 そう言うとおばあさまは、ボクとタエコのほうに視線を向けた。
「あなた方二人に、ともに苦労をして絶対に後悔しない覚悟があるなら、私は、反対はしません。いかがですか?」
「はい。その覚悟です」とボク。
「わたしも。おばあさま」とタエコ。

 恵一お兄さまがヨッシーさんに目配せした。二人は立ち上がると応接間を出て行った。
「どうしたんだね」とお父さま。
「ええ。ちょっとした趣向があって」
 そう言うと、タエコは、後ろの大型ディスプレイの電源を入れ、自分のノートPCの蓋を開けてスリープモードを解除する。
 少し間があって、大型ディスプレイにWeb会議の映像が映し出された。
 9分割された画面に、勢ぞろいした面々。


9.天使たち、祝福する


 Web会議の画面には、東京と天歌(あまうた)で紹介してもらったタエコの仲間たちが映っている。

 9分割された画面の左上には、ミカさんとタイシさん。話し始めると全画面にズームアップされる。
「タエコと高校のバンドで一緒だった森宮 美香です」
「その連れ合いの中村 大志です」
「タエコとツバサさんは、本当にお似合いな素敵なペアだと思います」とミカさん。
 話し終わると、もとの9分割に戻る。

 その右隣に、コトネさんとカケルくん。こちらも全画面にズームアップ。
「永山 琴音です」
「宮内 翔です」
「ミカさんのご縁で参加させていただきました」
「ひょっとして宮内君?」と恵務お兄さま。
「はい、本部長」とカケルくん。
「不思議なご縁だねえ」
 応接間の話し声は、タエコのPCに接続した会議用マイクが拾ってみんなに届いている。

 さらに隣、右上からマイさんとタイさん。
「ミカと同じくタエコと同じバンドだった坂上 麻衣です」
「そのパートナーの円城寺 太です」
「ドラマーとしてしっかりと努力ができたタエコは、絶対大丈夫です」とマイさん。

 中段の左から、マーちゃんとクーちゃん。
「バンドはちがうけど軽音部でタエコとご一緒させていただいた早川 纏衣です」
「そのパートナーの羽根田 空良です」
「ひょっとして十海(とおみ)市の同性パートナーシップ第1号の?」と真弓美さん。
「そのとおりです」とマーちゃん。
「好き同士が一緒になる形は、いろいろあっていいと思います」とクーちゃん。

 中段の真ん中から、今回リアルでお会いしていないナッチさん。
「タエコ、お久しぶり。こちらは午後9時前。外は雪が降ってま~す」
「マンハッタンに通ってるんだよね。音楽の勉強はどう?」とタエコ。
「毎日とっても楽しい。充実してる」
「よかった、元気そうで」
「それでは、ナッチこと堀家 奈智(ほりいえ なち)が、ニュージャージーからお伝えしました。次の方、どうぞ」

 中段の右側から、リツコさん。
「ルミ女出身で、東京でよくタエコに遊んでもらっている富山 律子です」
「そろそろ海外出張かな?」とタエコ。
「うん。ニューヨーク行ったら、ナッチに会いに行くね! ツバサさん、また東京でタエコと幸せなところを見せてくださいね」

 下段の左側から、ミクさん。
「こんにちは~。初代ベーシストとしてタエコとご一緒した、鷹司 美紅です」
「浅山の若殿とご婚約された鷹司の姫ですか」とおじいさま。
「そのとおりで~す。次にお出ましになるルカ姉が、なんと私の妹になっちゃうんですよ」

 その右隣りから、ルカさん。
「ミクの妹になる浅山 輝佳です」
「浅山の姫...」とおじいさま。
「内田くんとヨッシーのキューピッド役だった私には、ツバサくんとタエコさんは、負けないくらい素敵なカップルだとわかります」

 そして最後。恵一お兄さまとヨッシー。お兄さまの部屋にいる。
「いまさらだけれど、タエコの兄の恵一です」
「そしてタエコとバンド仲間だった吉野 未来です。タエコ、ここまでは大丈夫だったよね」
「うん。ばっちりさ。この後も頼むよ」
「じゃあ、えーと、これをこうやって」とヨッシーさんが言うと、彼女が操作しているボクのPCの、ファイル選択画面が映し出された。そのうちひとつをクリックする。

 ディスプレイは共有画面へと切り替わる。

 パステルピンクのグラデーションが背景のアニメーション映像。背中の肩甲骨のあたりから羽根の生えた天使たちが、次々と舞い降りてくる。3DCGで合成された白い衣装のキャラクター。そのそれぞれの顔は、二人を除いて、Web会議の画面上に映った人たちと、応接間にいる内田家の人たちを元に作られている。

 舞い降りてきた19人の天使が、前後2列に真ん中を開けて並ぶ。前列左側のミカさんとタイシさんの隣に、ここにはいないノエルさんがいる。20人目に舞い降りた中年の女性風の天使は、やはりここにはいないボクの母親。後列の真ん中に納まる。

 21人目と22人目の男女のご老人は、おじいさまとおばあさま。前列の真ん中に並んで納まる。そして最後に、タエコとボク。上端の左右の角から舞い降りて、前列の左右の端に納まる。

 こうして、画面上に24人の天使が勢揃いした。各々の息遣いが伝わるようなアニメーションにしたつもりだったけれど、伝わっただろうか。

「そうか。わしがゲームの絵の中に入ると、このようになるのだな。しわくちゃの爺さんが、ツルツルになっとる。これは愉快、愉快」と楽しそうにおじいさま。
「ツバサ君。君が作ったのか?」
「キャラクターは全部、写真から合成して自分が作りました。あとはアニメーターに動きを指定して、タエコがプログラムを書きました」

 ディスプレイは再びWeb会議の画面に切り替わった。
 恵一お兄さまが音頭を取る。
「せーのー」
 画面の全員が唱和する。

「私たちは、タエコさんとツバサくんを、祝福します!」

「...タエコ。お前は本当に多くのいい仲間に恵まれた。多恵子の名前そのとおりだな」と涙ぐみながらおじいさま。
「学位のことはもう気にせんでいい。応援してくださる皆さんに感謝して、自分の好きな道を進みなさい」
「おじいさま。ありがとうございます」とタエコ。
「まあ、お前のことだから、わしが駄目だと言っても聞かなかっただろうがなあ」
「恐れ入ります」と言ってタエコがニッコリと微笑む。

「それから、恵治。時候がよくなったら、ツバサ君のお母上をこちらにご招待しよう。もちろんツバサ君とタエコも一緒に」
「そうですね。お食事をして、みんなで写真を撮りましょう」とお父さま。
「ツバサ君。戻ったらお母上によろしくお伝え願いたい」
「ありがとうございます」
「そして、この甘やかし放題の孫娘を、どうぞよしなにと」

 おじいさまを先頭に、内田家の方々は応接間から出て行かれた。


10.オメデタイ


 内田家応接間のディスプレイには、引き続きWeb会議の画面。タエコのPCから、ボクたちも映像で加わった。
「ヨッシー、オペレーターお疲れさまでした。ばっちりだったよ」とタエコがねぎらう。
「よかった。上手くいって」

「そうだ、ナッチをツバサに紹介するね」とタエコ。
 堀家 奈智さんはタエコと同学年。マーちゃんとバンド「ルミッコ」で一緒だった。ギタリストでメインボーカルだった彼女は、高校卒業後ミュージシャンを目指して、東京の音楽専門学校に進んだ。2年のときに一念発起して留学コースに転科。感染症の影響で1年待機したけれど、昨年度からからニューヨークの大学の音楽学科で勉強して、いま2年目。
「ビッグになって、日本に凱旋するからね~」とナッチさん。
「ビッグにならなくてもいいから、無事帰ってくるんだよ~」とマーちゃん。

「早川先生。CGキャラクターのタッチはいかがでしたか」とボク。
「可愛らしくていいと思います。たぶんうちの生徒たちも気に入るでしょう。あとは実証実験に向けて、彼女らが選べる髪型や衣装のバリエーションをどうするかですね」
「了解です。皆さんはいかがでしたか。自分のキャラクターがどれか、すぐにわかりましたか」
 アニメーション映像は、教育ゲーミフィケーションPJのゲームのデモ映像として、AGLとして制作したもの。素材となる写真を提供してくれた方々の感想を聞くのも、仕事の一環だ。
「うんうん。すんご~くよくわかった」とミクさんが食いついてくれる。
「私もすぐわかった。すごいですね」とリツコさん。
「僕もよくわかった。たいしたもんだねえ」とタイさん。
「私じゃないんだけれど、それでも確かに私」とルカさん。

「キャラクターは、合同会社TALESで実用化しようとしている、写真合成技術を使ったんだよね」と恵一お兄さま。
 ヨッシーさんがPCを操作して、もう一度アニメーション映像を映してくれた。
「はい。なかなかの優れもので、写真データを取り込んでから1キャラクター5分くらいで完成するんです。手をかけるのは少しだけで、いろんなタッチにも対応できるし、大人数で写っている写真からでもOKです」
「CGデザイナーが調整している工程を自動化できたら、完璧だね」
 合同会社TALESは、AGLが参画している教育ゲーミフィケーションPJのために設立されたジョイントベンチャー。恵一お兄さまは勤め先の法律事務所で、TALESの立ち上げのときから、会社設立手続きや契約などを担当されている。

「あの、ひょっとしてノエル先輩もいましたか?」とコトネさん。
「はい。ミカさんからいただいた写真をもとに合成しました。ヨッシーさん、写真映せるかな?」
「ええと、これかな?」
 ノエルさんが桜並木をバックに、ニッコリと笑いながらピースサインをしている写真が大きく映った。
「この写真はね、彼が亡くなる8ヵ月前、高校3年の4月に城址公園にお花見に行って、頼まれてマジで遺影用の写真を撮った直後に写したものなの」とミカさん。
「あの、ひょっとして...」とカケルくん。
「そう、遺影のあとに『イエーイ』...」
 一同しばらく沈黙の後、タイシさんが口を開く。
「『三つ子の魂、冥土まで』というか、『ノエルは死してオヤジギャグを残す』というか」

 しばらくよもやま話で盛り上がったあと、「解散」ということになった。
「みんな、今日は本当にありがとう」とタエコ。
「ありがとうございました」とボク。
「天歌(あまうた)のみんなと、それからナッチと話ができて、楽しかったよ」とマイさん。
「私も。じゃあ、みんな元気で」とマーちゃん。
「ナッチ。元気でね~」
「ああ。タエコも頑張りなよ」
「それじゃあ」
「じゃあね」
「じゃあ」
 ...
 ひとつひとつ、Web会議の区画が消えていく。最後にヨッシーさんの区画が消えると、ディスプレイは真っ黒になった。タエコが電源を落とす。

 昼食は10人で囲むことになり、テーブルがひとつ追加になった。おじいさまとおばあさま、タエコとボクが向き合う形で座った。
 天歌市で一番といわれる日本料理店から届けられたお料理。海産物にお野菜、炊き込みご飯にフルーツなど、色とりどりのお料理が詰め合わさった箱型のお膳に、お刺身のお鉢とお椀。
 そして中央に、大きな鯛の姿焼き。
 おじいさまの音頭でビールで乾杯。
「鯛が『おめでたい』になって、ほんとよかったですよ」とおばあさま。
「なんの。駄目なら『こりゃ痛い』と言って食べればよいのだ。はっはっは」とおじいさまが笑う。
「恐るべし、オジジギャグ」とタエコがぼそり。

 おじいさまの笑い声が合図になったように、みんなお料理に手を付ける。
 しばらくすると、昨晩と同様に男性陣とお母さまが日本酒に。ボクも酔い過ぎない程度でご相伴にあずかる。
 恵一お兄さまは、あとで駅まで送ってくださるのでアルコールは抜き。
「気にしないで。慣れてるから」

 昨日の晩喋れなかった分を取り返すかのごとく、おじいさまがよくお話しになられた。若い頃の苦労したことや、嬉しかったときのこと。家族の逸話。ときどきおばあさまが相槌を打たれる。孫たちのお話のときは、やはり二人揃って目を細められる。

「婚姻届はいつ頃に出す予定?」と恵務お兄さま。
「そうですね。まずは住むところを探して、引っ越しのタイミングですかね」とボク。
「ゴールデンウィークあたりを目途にしたいと思う」とタエコ。
「お母さまとは離れて暮らすのですか?」とおばあさま。
「職場に通う便を優先すると、やはりそうならざるを得ません」
「さぞや寂しかろう」とおじいさま。
「結構サバサバした性格なので。大丈夫だと思います」
「それでも、ちゃんと顔を見せてあげなさいね」とおばあさま。

 12時半頃に始まった昼食は、2時半頃に終わった。
 おじいさまとおばあさまが立ち上がって、ボクに向かって言う。
「わしらはこれで失礼します。離れで休みますので。気をつけてお帰りになられるよう」
「タエコのこと、重ね重ねお願いしますね」
「はい。おじいさま、おばあさま。お元気でお過ごしください」とボク。
「また来ますので、それまでお元気で」とタエコ。

「コーヒーでも淹れましょうか」と言って真弓美さんが立ち上がると、ヨッシーさんが続く。
「未来さんは、すっかり家族の一員ですね」
「ほんと気が利く、いいお嬢さん。タエコには悪いけど、大違いだわ」とお母さま。
「一緒になったら亭主関白気取るんじゃねーぞ、アニキ」とタエコ。
「わかってるよ。それよりタエコのほうはどうなんだ? ツバサくんに頼りっきりじゃないだろうな」と恵一お兄さま。
「炊事系はボク、掃除系はタエコさん、洗濯系その他は代わりばんこってところですかね」とボク。
「やはり食事は作るより食べるほうが得意ね、タエコは」とお母さま。
「面目次第もごさりませぬ」とタエコ。

 キッチンからいい香りが漂ってくると、ほどなくコーヒーが運ばれてくる。
「ツバサ君のお母さまを、いつ頃ご招待しようか」とお父さま。
「桜の頃がベストだけれど、最近は時期がはっきりしないからねえ」
「じゃあ、ルミ女の文化祭のときは?」とタエコ。
「それはいい。新緑の城址公園も綺麗だし、タエコの出身校をご案内できるからね」
「私の出身校でもありますよ」とお母さま。
「私も」と真弓美さん。
「あの...一応、私も」とヨッシーさん。


11.守護天使


 3時を過ぎた。ボクはタエコに目配せをして言う。
「本当にいろいろとお世話になりました。それに、たくさんご馳走になりました。ありがとうございます」
「そろそろ帰るわ。明日もあるし」
「そうか。じゃあ、恵一。よろしくな」とお父さま。
 恵一お兄さまは駐車場へ向かう。
「また、いつでも遊びに来てくださいね」とお母さま。
「東京出張のときは連絡するので、今度はツバサ君も一緒に食事をしよう」と恵務お兄さま。
「はい。楽しみにしてます」

 荷物を持って、タエコとボクは玄関に立つ。駅まで送ってくれるヨッシーさんは、先にバンへ向かう。
「ありがとうございました。末永く、お願いします」
 そう言うと、並んだ4人にタエコとボクは一礼する。
「気をつけて」とお父さま。
「あまり無理しないでね」とお母さま。

 玄関前に横付けされたバンに乗り込むと、車内から軽く礼をしながら、手を振る。
 玄関前の4人が手を振って見送る。

--------- ◇ ------------------ ◇ ---------

 新天歌駅を新幹線が出るのは4時過ぎ。待っている間、お兄さまとヨッシーさん、タエコが懐かしい話をしている。いろいろなエピソードについて、タエコがボクに解説してくれる。

 列車が到着する。タエコとボクはデッキに乗り込む。
「じゃあ。また」とお兄さま。
「二人とも元気でね」とヨッシーさん。
「ありがとう。二人も元気で」とタエコ。
「ありがとうございました」とボク。
 扉がゆっくりと閉まる。
 ホーム上の二人の姿が加速しながら後ろに流れていき、やがて見えなくなる。

 二人掛けの席に、往路と同じくタエコが窓側、ボクが通路側で腰かける。
「ふうう」とタエコが溜息。
「疲れた?」とボク。
「うん。それなりに緊張してたから。ツバサは?」
「そうだねえ。肩の荷が下りて、楽になったような気がする」

 遠くを見るようにしてタエコが言う。
「大学に入学するときに、同じようにアニキに見送られて新幹線に乗った。あのときは隣にマイがいてくれたおかげで、東京での一人暮らしに心細くなる気持ちが和らいだ」
「6年前になるのかな」
 ボクのほうを向いてタエコ。
「いまはツバサが隣にいてくれるから、全然心細くないよ」

 川を渡って、次の停車駅、十海(とおみ)駅が近づく。タエコが再び話し始める。
「たしかノエルくんは、ミカのことを『ダチ』と呼んでいた。タイシくんとミカは『同志』と名乗っていた。わたしたちの関係は、どう言い表したらいいのかな?」
「入籍したら『夫婦』だよね」
「法律の上の話じゃなくて」
「...ゲーム専門学校の『同期』。AGLの『同僚』。それに...ボクたちは、同じタイミングで『オトナ』になった」
「なにそれ? やだ...」
 タエコはそう言いながら、満更でもなさそうに、ボクのほうに寄りかかってきた。

 列車は十海駅を発車した。
「安心したら、眠くなってきた」
「ボクも」
「二人とも眠り込んだらヤバくね?」
「大丈夫。この列車は東京行きだから。もしもボクたちが眠っていたら、守護天使様がお出ましになって祝福してくれるのさ」
「守護天使様?」
「そう。JRの制服着て、『お客様、終点です』って言ってね」

 タエコは、ボクの二の腕に頭をつけると、すぐに眠りに落ちた。

 彼女の、そのかわいい寝顔を確認すると、ボクも目を閉じる...


<完>

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