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鎖塚(北海道・北見市)

 
挿絵



2026年3月20日 金曜日 AM11:00
朝10時に起床した星弥は神居古潭での起こった出来事を気がかりに思い、藤村にLINEで電話をしていた。

「もしもし、おはよう。星弥なんだけど元気?」

星弥の問いかけに「星弥さん。今回はお仕事を頂いたのに、明るい肝試しの皆さんの役にも立てず、カッコ悪い事をしてしまいました。申し訳ありませんでした。」と言葉を詰まらせながら謝り始めると、星弥は「何があったのか教えてほしい。ってか神居古潭あたりから、俺ら霊能者にとっては酷な場所ばかりチョイスし過ぎるんだよ。明るい肝試しのメンバーは俺ら霊能者が体感する光景をあまりにも知らなさすぎるんだよ。絶対に何か目を背けたくなるようなことがあったはずだ。教えてほしい。俺も常紋トンネルで辛い思いをした。」と思わず涙声になりながら話すと、藤村は「機関士の御霊を見たときに、僕は確かに救うことが出来た。でもできなかった。」と話すと「あそこで機関士の御霊達を救っては今も水難事故に遇われたアイヌの方々の御霊だってあそこにはまだまだ、顔面を激しく叩きつけられた状態になってもなお僕を見てきっと神がやってきたと思ったのかもしれませんね。機関士の御霊は自分よりも先に思いもしない形で旅立った方々を先に助けるべきだという気持ちからトンネルを検証しているうちにその機関士の御霊はさっと消え、僕と後藤さんの周りにはアイヌの方々の御霊達で囲まれていました。それはもう、100名は超えていたと思います。噂されていた恐らく自殺者だろう御霊も複数名確認が取れましたが、その方達はひっそりとアイヌの方々の御霊達に紛れるような形でいらっしゃいました。今時の格好をされていたので間違いないと思います。あれだけの御霊を一人でさばくなんて神様じゃない、悪いと思いながら必死になって防衛術を取るのが精一杯だったんです。」と打ち明けると、星弥は「そうか。やっぱりそうだったか。俺は藤村のことを実力のある降魔師の一人だと思っているし、絶対に何かあったから、明るい肝試しのメンバーからすると逃げ出したと思われるかもしれんが、こういう場所は俺たち霊能者にとっては試練そのものだな。俺も常紋トンネルで地獄を見てきた。凄惨過酷なタコ部屋労働の末に出来上がったトンネルだという歴史は知っていたが、いざ亡くなった作業員の男性の御霊を見ると言葉には言い尽くしがたい感情に襲われた。頬は痩せこけ、体は肉と骨しかない、誰が見ても明らかに栄養失調の状態だ。そりゃあ脚気に襲われて次々と倒れていくのも分かるような気がした。彷徨う御霊がボロボロの作業着を着た状態で倒れても悲鳴のような声を上げても必死になって立ち上がって作業をしている姿を見ているのは辛かった。そんな御霊が俺を見て取り囲み始めた、ざっともう数え切れんな、500はいたと思う。あれを対峙せよってなると俺らは神様でも仏様でもないんだよ、俺にも限度がある。俺は明るい肝試しのメンバーには霊能者の限界を理解してほしい。俺達と同じ思いを侑斗にはさせたくない。今日の鎖塚では念を押して俺が言う。勿論藤村君が体験したことも、僕の口から説明する必要がある。だから安心してほしい。俺が藤村君の立場ならきっと同じ思いをしていたはずだ。藤村君は藤村君なりに出来ることをやってくれた、藤村君の名誉を守ってあげたい。」と話すと、藤村は「そういってくれて本当にありがとうございます。」と話すと、抑えていた感情が堪え切れずに涙を流し始めたのだった。

そして12時過ぎにホテルを出た一同は、13時頃からライブ配信を行うために鎖塚へと向けて出発するためにホテルの駐車場へと向かおうとした時だった。

星弥が明るい肝試しのメンバー全員を引き留め、話したいことがあると説明した上で藤村とやり取りをした内容についての説明と、これから先お願いしたいことについて星弥が語り始めた。

「俺たち霊能者は明るい肝試しのメンバーと同じ人間だ。全ての彷徨う御霊達の心の浄化・ケアなどは俺達は人間である以上、神様や仏様を超えるような存在にはなれない。つまり俺達の活動できることには限度がある。どうかその点を分かって欲しいんだ。藤村が体感した哀れな御霊達に駆け寄られたって話も、今回俺が常紋トンネル内で体感したあの作業員の御霊達も、神様の救いや仏様のお導きが救ってくれるとかそういうレベルの話じゃない。これはもう、ずっとずっと永続的に背負い続かなくてはいけないレベルと言ってもいいだろう。そんな簡単にたとえ何百年、何千年も前の人であれど、考えを持って生まれた人間だからこそ、思いは不滅だ。俺達霊能者は傷ついた心の御霊に寄り添い昇天するまでのお手伝いをすることはできるが、完全除霊を期待されては困る。俺らにも出来ないことがある、それを理解してほしい。今回の藤村君のケースは頼んだ俺も申し訳ない思いでいっぱいだ。だから俺達の、霊能者としてのジレンマ、沢山の御霊達に囲まれたら対処しきれぬ事態にまで陥るという事もそれが逃亡したとも、怖いと認めたと思われては語弊が生じる。藤村君も、勿論俺だって、これから先の心霊スポットを帯同する侑斗だって、気持ちは同じだ。何とかしてあげたいのは分かるが、出来ることには限界がある。」

星弥の話す内容に、明るい肝試しのメンバーの一同がお互いの顔を見合わせながら沈黙した。3分ほど経過したときに考えに考え抜いたことを杉沢村が重い口調で星弥に語り始めた。

「霊能者の限界があるのは分かる。心霊スポット検索でもあの某有名な霊能者が逃げ出したってだけでも最恐という称号がつき、果たして本当にその有名な霊能者が訪れたのかどうかも、それすら噂でしか過ぎず、生前のその霊能者ならば霊と話しをして何があったのかをしっかりと見極めることが出来る才能をお持ちだったと伺った割には、果たして本当に怖くなって逃げたのかと疑ってしまうところも一部ある。」

杉沢村が自分なりに感じたことを話すと、最後にこう語った。

「俺は霊能者じゃないから気持ちは分からない。だけど大勢の幽霊達に取り囲まれて救いのサインを求められたら俺ならテンパってどうしようもなくなると思う。でもそれを藤村さんも、饗庭さんも決してそんな仕草は見せなかった。ちゃんとやるべき仕事はやったし、もちろん人間である以上限界があるのは多いに理解している。それはここにいる皆と気持ちは同じだ。藤村さんのことも俺達は咎めたりしない。」

杉沢村の話に星弥は「ありがとうございます。明日からの侑斗も、まだまだ皆さんにご迷惑をおかけするところもあるかもしれませんが、どうか優しい目で見守って頂けたらと思います。」と話し、一同は駐車場に停車しているそれぞれの車に乗り込み、鎖塚を目指して出発することにした。

そして12時55分を迎えたと同時に鎖塚でのライブ配信を始めた。

「明るい肝試しをご覧の皆さん!こんにちは!そして引き続きお憑かれ様です!心霊リポーターの畑です!今回は北海道で忘れてはならぬとばかりに非常に有名な心霊スポットの一つとして必ず名前が上がる鎖塚にやってきました!今からですね、ちょうど夕方の16時ぐらいまで、この鎖塚と付近にある鎖塚道祖神のあたりを心霊検証をしたいと思います。昨日の常紋トンネルから引き続き霊能力者の饗庭星弥さんにも立ち会ってもらい、僕達には見えぬこの地で彷徨う御霊達についても解説をお願いしたいと思いますのでどうぞ宜しくお願いします。」

畑が星弥の紹介をし終えると、星弥は「皆さん!どうもこんにちは!饗庭です!今回も常紋トンネルと同様に霊能力者としての視点で見る鎖塚を皆さんに分かりやすく説明が出来るように心がけてまいりたいと思いますので、最後まで見て頂けたら嬉しいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします!」と元気良く挨拶を済ませたところで二人は背後にある”鎖塚 慰霊碑”の石碑に綴られている内容を一通り読んだところで右隣に設置されてある案内板に目を向けた。

”この度はお参り下さいまして有難とうございます。この輪廻車をまわして六道に迷う犠牲者のご冥福を、お祈り下さい。”

秩父が読み上げると星弥は「隣にある、あ。これが輪廻車なのか。なるほどこれを回転させてご冥福をお祈りくださいってことか。最初に俺が回すから、秩父さんは後から回して。心霊検証はお参りをしっかりとしてから行おうぜ。」と説明すると、秩父は「わかった。ちゃんとした供養をせず夜中にホテルの廊下でジャリジャリと鎖を引きずるような音なんて聞きたくないからな。」と話すと、星弥は「そういうことはこんな場では言わないほうが良い。この場で聞いて居たら御霊達の怒りを買う事にもなる。」と指摘すると秩父は渋々「言わないようする。」と言うと、星弥は「そのほうがいい。何だか見た感じここは怒りの感情のほうが強いような気がする。」と呟くような口調で語ると輪廻車をグルグルと回した後に秩父に「はい!バトンタッチ!」と声をかけると、秩父が輪廻車を回しお参りを済ませたところで。後ろにある土饅頭に星弥が目を向けると、畑に「まさかと思うが今もこの土饅頭に囚人が眠っているというのか?あんまり鎖塚のことは俺も正直よくわかっていないんだけど、知っている限りのことでいいので教えてほしい。」と質問すると、畑は「ここに来るまでに一応前もって調べたことを伝えるね。」と語ってから、鎖塚の歴史と纏わる心霊会談について分かりやすく語り始めた。

「鎖塚は北見市の上川から網走までを繋ぐ、道路横に造られた慰霊碑のことを指す。某R国からの南下政策対策でまだまだ未開拓の地が広がる北海道の土地を急遽開拓をしなければいけなくなった。明治政府は年内に160kmを完成させよと正式に厳命したことから物資運搬用の道路を作るために必要な人手を失っても影響が少ない事から網走監獄や空知集治監にいた囚人約1000人を使って石狩北見間が1891年の5月に着工し、12月に完成したというのが歴史なんだけども、ここから先は歴史の教科書には載せられない内容になる。」

畑がビビるだろう、怖いトーンで語ると星弥はケロッとした表情で「そんなもん陰惨な歴史があるから心霊スポットになっているんでしょ。言わなくとも想像できるよ。でも見ている人は何があったのかを絶対知りたいはずだから、そこは最後までしっかりと説明をしてあげてね。」と話すと、畑は苦笑いの表情を浮かべながら「少しは怖いとかいうかと思ったが案外あっさりだった。でもこれから話す内容が本当に怖い話になってくる。」と答えた後に、再び鎖塚の説明を語り始めた。

「当時人権のなかった囚人は強制労働をさせられた末に、この道路を作り上げたのだが不衛生で劣悪な環境だった仮小屋で生活をし、長時間にも及ぶ凄惨過酷な労働に耐えられず逃亡を図る囚人が後を絶たないために逃亡が出来ぬよう囚人を二人一組の状態で足枷を鎖で結び付けられ、脱走を図った場合はタガネという耳に穴を穴を開けて鎖で足枷と結ばれるという過酷な環境の上、早朝から深夜まで過酷な労働を課せられたらしい。食事も粗末なものだったらしく、従事した囚人は栄養失調や過労などで次々と倒れていった。その結果労働中に大よそ212人の囚人が亡くなったそうだが、彼らの遺体を持った状態で移動するわけにはいかない。当然ながらどこかに遺体を埋めて突き進んでゆくしかなかった。遺体を埋めましたということが分かりやすいように、囚人に生前身に着けさせていた鎖を目印に土饅頭を作らせたとされている。話では遺体は道端に埋められ上に土がかけられただけの状態だったがその中には鎖をつけられたまま埋められた者もいた。また片方の囚人が亡くなると、まだ生きているもう一方の囚人は鎖で結ばれたまま生き埋めにされたとも伝えられている。道路が出来た当時はあちこちで土饅頭がある状態である程度道路が改善や整備が進んでゆくにつれ土饅頭が消え、今は三つほどの土饅頭が残るのみであるが掘り返すと御遺骨と共に逃亡防止のための鎖が出てくることから、鎖塚という名が名付けられた。この地で息絶えた囚人たちによる怨念が今も残っており、夜にこの道を通ると”ジャラ、ジャラ”と鎖を引きずるような音が聞こえてくるので音が聞こえる方向を見てみると囚人の幽霊がいた、或いは恨めしそうな表情の作業着を着た人の目撃談などもある。噂では鎖を引きずる音や作業着の人を目撃した場合はすぐ逃げないと囚人の霊に襲われるとも言われている。当然ながら地元の人間は怖がって通ったりしない。」

畑の説明をじっくりと頷きながら聞いた星弥は「さっきから畑さんの話を興味津々になって聞いて居る男がいるね。」と語ると、畑は「え?開始早々5分も経っていないのに!?もうそんな早速囚人の霊を見てしまったってこと!?」と驚いた顔になって聞くと、星弥は「霊視をしないと分からないレベルだが、いる。あの土饅頭の付近に何人も囚人作業着を着た男がいるのは確認取れたし、俺が近付くからこんな絶好の心霊映像を撮れる機会なんてないと思うからしっかりと撮影して。」と一言残すと、畑は驚きの表情を見せつつも「わかった。」と返事をすると、土饅頭の近くへとやってきた星弥は、すっと供養のための御経を唱え始めると、周りをキョロキョロとしながら、御経の内容を読み上げると畑に「カメラに映っていないかどうかわからないが、今俺がいるこの付近をアップで撮影してほしい。ざっと数えただけでも20名以上か、それぐらいの方達が木々の茂みの中に潜んで見つめている。」と分かりやすく両腕を上げ説明すると、畑は「何が起こったのか分からないけど、了解!」と軽く返事をして星弥をアップに撮影し始めると、ライブ配信を見ていた明るい肝試しのメンバーが思わず絶句してしまうような光景が1分間に渡って繰り広げられた。

車の中でじっとライブ中継の様子を見ていた油井が「これはやばい!やばい!」と慌てた表情で車から出て、星弥のところに駆けつけると、「饗庭さん!ライブ中継の様子が大変なことになっている!饗庭さんの目の前に、目の前に、何人もの囚人らしき男が複数名も、数え切れぬほど映っている!コメント欄にも”危なすぎる!”とか”ライブを即刻中止するべきだ!”という声が次から次へと上がってきている。俺達も饗庭さんの身の安全の事を考えたらこれ以上は続けるべきじゃないと思う。」と話すと星弥は「出来る限り、ここは心霊スポットなど、慰霊目的以外で訪問するのはやめろと訴えるためにも、俺はここにいる傷ついた御霊達と対峙する。俺の目の前にいる足枷の付いた囚人の哀れな姿を、完全除霊は出来ないが少しでも彼らと話しをして旅立つためのお手伝いをしてあげたい。」と話すと、護身術ともとれる防衛術を取った後に囚人の御霊達の前へとさらに土饅頭を避けるように奥の茂みへと入っていくと、星弥は優しい口調で語り始める。

「ここに眠る皆さんの心の痛みを全て取り除くことはできないが、命ある俺達に伝えたいメッセージはありますよね?僕が見た限りの感想としては、帰りたくても帰れずにこの地で生き埋めにされたことに対する憤りの感情すらも俺には感じ取ることが出来ます。こうして心霊現象を起こすことで、訴えたいことがあるから今も現れているんですよね。本当はこんな縁もゆかりもないこの土地で劣悪な環境並びに過酷な労働環境に逃げ出したくても逃げることが容易でない環境に人として扱われていない。そのことに対する憤りの感情もありますよね。皆さんが納得しないのも頷けます。」

星弥が語り始めると、周りの木々は星弥の問いかけに反応するかのようにざわめき、辺りは益々冷ややかな空気に包まれた。

ライブ配信中の映像はコメント欄では次から次へと「人の顔があちこちで写りだしている!やばすぎる!!」という沢山のクレームが寄せられる中、油井はスマホを片手に星弥に駆け寄ると「これ以上はやめるべきです。本当に、本当に危ないことになります!」と強い口調で言い切ると、星弥は油井に「ここに今現れる御霊は、待遇の悪さゆえに今もなお怒りの感情を持って現れている方達が殆どだ。ここはお墓で、幽霊見たさに遊び半分で来るような者達を咎めたい。俺は鎖塚の現実を伝えたい。」と話すと、星弥が実際に見た囚人の御霊達の話を語り始めた。

「昨日の常紋トンネルで俺が見た、あんな頬もゲッソリと痩せこけた、暴力に怯えて必死になってボロボロになってでも働き続ける姿を見て、幽霊が怖いのではない。生きている人間のほうがもっともっと怖いという事をね。今回の鎖塚でも、同じものを見た。囚人だからと言って人権度外視の、人を人とも思えぬ酷い扱い方を受け、与えられる食事も、劣悪な環境だったとされる仮小屋での苦痛な日々、睡眠時間も与えられたごくわずかの時間で、栄養失調から生じる脚気や過労などでバタバタと倒れていった。怒りを感じないわけがないに決まっている。」

星弥がそう語るとさらに現れた囚人たちの見た目を説明した。

「霊視で見る限りではゲッソリだ。不衛生な環境に置かれたことにより発生した病気で仮小屋は蔓延しており、食料も限られていたことから大した食事を取ることも出来ず、長時間の労働のほかに先ほど説明した、綺麗な環境じゃないからこそ起こり得る病気で疲弊していくのと同時に、栄養失調から生じる脚気もかなり酷かっただろう。痩せこけてもう立つのもやっとな状態だが、常紋トンネルと違うのは誰しもが血色のいい表情ではなく、顔色を見ただけでも気分が悪いのは見ていてわかる。」

見た目の説明をした後、さらに星弥なりの見解の話が続く。

「この鎖塚にも網走監獄に収容されていた政治犯。恐らく戊辰戦争や西南の役などで新政府軍に対して立ち向かった元々は士族、武士だった人がこれからの日本の在り方についてなど、志溢れる者たちが次々と政府のやり方に対して納得がいかないという理由で反乱を起こし投獄された者たちで当時は監獄が逼迫した環境にあったのだろう。そのために、国策という名目で当時は人間扱いすらされなかった囚人たちを次から次へと北海道へと送った。当然ながら見ず知らずのこの土地で故郷に帰りたいという思いを募らせながらも、劣悪な衛生環境並びに長時間にも及ぶ過酷な労働環境に耐えられず次々と倒れていったのだろう。某R国がいつ攻めてくるか、政府がびくびくしながら早急に対策を講じなければいけなかった。だからゆっくりと工事をしている余裕などなかったのだろう。働かされた囚人の多くは帰りたくても帰れなかった方達ばかりで、怨念が遺るとされているのは、そういった囚人の無念が今もなおということだろう。ある動画には慰霊碑の後ろで囚人らしき男が3名程警戒深く伺っている者もあったし中には声を出して”かえれ”とかとか風になびく木々の音でも何でもない、誰かの話し声がそう聞こえたのなら、”かえれ”は間違いなく囚人の霊からすると冷やかしに来たとも思われたのだろう、怒りの感情を露わにしたのならば、もうこれ以上は肝試しに来ようとか、そういった罰当たりなことはしないほうが良い。ここには沢山の方々の、悔しい思いが渦巻いている。除霊はあまりにも怒りの感情が強すぎるがゆえに、供養のための御経を読んであげるのが精一杯で、これからもこの鎖塚で起きた悲惨な出来事をどうか二度と起こさぬためにも、後世の世代にずっと歴史を語り継いであげることが亡くなられた囚人の御霊達の供養になる。だから明るい肝試しさんでも、今後は心霊スポットの歴史を調べるなんてコーナーを開拓して改めて亡くなられた方々へのご冥福をお祈りするなんて新企画をしても良いんじゃないかな。こんな陰惨すぎる内容は教科書には載らない、だけど過去を正確に伝えなければまたこうして肝試し目的で若者がふざけて真夜中に遊びに来ることにも繋がりかねない。非常識な行為を慎んでもらうためにも、心霊系のYouTuberが率先してやるべきだ。」

星弥が話し終えた途端、茂みのほうからはっきりと聞こえるレベルの声がザワザワと聞こえた。それはまるで複数人で集まって話し合っているような感じで、その口調はとても話すのも苦しそうな印象を受けた。

”痛みを理解してくれた”
”帰りたくても帰れない”
”(心の傷がまだ癒えないから)そっとしてほしい”
”苦しみから解放させてくれ”

はっきりと聞こえる訴えともとれる声が聞こえた後はどこからか地面から這って出てくるかのような呻き声と近付こうとしたのか、ジャリジャリという足枷の鎖の音が間近に聞こえてきた。

その声や不審な物音は星弥の側にいた畑、駆け寄った油井が恐怖のあまりに言葉を失うと金縛りにあうような感じで固まってしまった途端に、星弥が二人に対する緊急の御祓いを行い鎖塚でのライブ配信を終了させることにした。御祓いを済ませ、車に戻ったときは二人の顔は顔面蒼白の状態だった。そんな様子を見た星弥は畑と油井に「あそこはある霊能者が五本の指に入るほどの最恐だとも言っていたが、ここは最恐というのはあまりにも失礼すぎる。常紋トンネルもそうだが、ここにきてこの地で命を落とすことが本望じゃない。それぞれ故郷があって、帰りたくても帰れなかった方達ばかり。最初はこんな場所で明るい時間帯の肝試しをしようと思う皆さんを戒めてやろうという一心でちょっと御祓いを初めて見たのだが、あれは除霊のための儀式じゃない。そもそもあの地で眠る囚人たちの怒りの感情を鎮めることは、数が多すぎる。周囲を囲まれても読経で神様の言葉を伝えるのが限界。怖い映像を見せてしまうとまた”閲覧注意”という素敵なフレーズをつけなければいけなくなるから、さぞそれを見たいと思う人たちによって鎖塚の再生回数もアップしてほしいな。但し何度も言うがお墓である以上慰霊目的の訪問はやめろと念を押して伝えて伝えて。」と話し終えると、我に返った油井は「饗庭さんのしたかったことの意図がよくわかって納得できた。」と話すと、畑は「最後の声が聞こえたとき、あんなにもはっきりと訴える声や物音、あれは熊なんかじゃない。これはもうただただ言えるとしたら怖いのは人間のほうだってことだ。」と怯えるような口調で喋ると、星弥は「彼らの訴えをどうか忘れないで。20名とは言ったが、恐らくあの地では200名を超える方達が亡くなられて今もあの無造作に積まれた土饅頭の中で眠っているのかもしれない。リスペクトをしてあげて、鎖塚の陰惨な歴史を分かりやすく説明をこれからは解説動画でもいいので作ってあげて欲しい。」とアドバイスした後に、杉沢村から星弥に「二日間色々と勉強、並びに熊対策のスプレーや熊鈴、さらには笛まで頂いてありがとうございました。俺達は次の目的地である雄別炭鉱のある釧路市を目指して出発するからここでお別れだね。饗庭さんも安全運転でお互い熊にだけは気を付けようぜ。」と話すと、星弥はにこにこと笑いながら「ありがとう。」と返事をした後に、明るい肝試しのメンバーが乗る車が釧路へと向け出発するのを見送ってから星弥は鎖塚を後にした。

「明日からの侑斗、一人で同行は大丈夫なのかな。ってか俺達兄弟、ボランティアの割には陰惨なところばかりじゃねえか。」

車を運転しながら改めて怒りの感情をぶつける星弥がいた。

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