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狩猟部門の増員要望 その2

「今回のメンバーですが、なかなか粒ぞろいでござるな」
 コンビニおもてなしとの専属契約希望者10名を見回しながら、イエロが満足そうに頷いています。

 イエロくらいの武人になると、一目見ただけでその人の力量まで見抜けるようですが……横に立っている僕にはそんな能力はまったくありません。

 そんなわけで、僕はみんなが持参してきた履歴書に目を通しています。

 この履歴書ですが、冒険者組合と商店街組合共通の様式になっていまして、雇用希望の人が自分の略歴をそこに書いているわけです。
 冒険者組合と商店街組合を通してやってきている人達は、この内容に関して組合が調査してくれていますので虚偽記載の心配はまずしなくても大丈夫なんですよね。

 ……で、その内容によりますと……

 今回の皆さんの大半が、王都方面に本拠地を置いている傭兵団に加入なさっていたことがわかりました。

 これに関してはちょっと思い当たる節があります。

 少し前なんですけど、王都内で亜人の傭兵団が請け負っていた仕事の大半が人族の傭兵団か、王都専属の衛兵が請け負うことに制度変更されたそうなんです。

 これは、この世界独特といいますか……この世界って、人種族至上主義とかいうのを教義にしているボブルバム教っていうのが大勢を占めているそうでして、王都では特にそれが顕著なんだそうです。

 その一環としての制度変更らしいんですけど、そのせいで多くの亜人の傭兵団が解散したらしいんですよね。

 どうも、今回応募してこられた亜人の方々の多くは、
『傭兵団が解散しちまったから地方でいい仕事がないかなぁ』
 的に、職探ししながらこっちの方面にこられていた方々みたいなんです。

 ただ、バトコンベにある片翼のキメラ傭兵団ってとこを辞めてこられている方も数名おられたのですが……おかしいですね、バトコンベは王都に近いもののボブルバム教を教義にしていないはずですので、今回の流れで傭兵団が仕事を失ったりはしていないはずなんですが……
 ちょっと気にはなりましたけど、まぁ、そこは個人個人の事情でもありますし、あまり深くは詮索しないことにしています。

◇◇

 イエロを先頭に移動しながら、皆さんの履歴書を確認した僕ですが、内容的には皆さんまったく問題ない感じでした。

「……で、イエロ、みんなを連れてどこに向かっているんだい?」
「もうすぐでござる。すぐわかるでござるよ」
 僕の言葉に、イエロはニカッと笑っています。

 いつものようにサラシだけ巻いている上半身に羽織袴、肩にコンビニおもてなしの制服を羽織っている姿のイエロですが、その姿が妙に様になっているのがさすがといいますか……

 まぁ、なんですか……その、さらしだけで隠している胸がですね、異常に大きいもんですから、男性陣がチラチラそこに注目しているのが、傍目から見ていてもよくわかります。

 昔は僕も、このけしからん胸に目を奪われていた時期が無きにしもあらずなのですが……今の僕は、スアのちっぱい以外まったく興味がございませんので、イエロのこのけしからん胸を前にしましてもまったく気にならない次第でございます、はい。

 ……で

 そんな一同を引き連れたイエロは、城門を越えてガタコンベの外へと出て行きました。
 時折頭上の木を確認しながら進んでいきます。

 で、かなり森の奥へと入っていったところで、イエロは立ち止まりました。
 専属契約希望者の皆さんも、その前で制止しました。
 で、その一同を前にしてイエロは、
「では一同、半刻の間に獲物を狩ってくるでござるよ」
 腕組みしたままそう言いました。

「え?」
「半刻!?」
「地形とか、全然わかんねぇのにか、おい」

 専属契約希望者の皆さんは、口々にそんなことを言われていますが、イエロは一切構わないといった様子で、
「ではスタートでござる!」
 そう言うと、右腕を突き上げました。

 ただ、そこは専属契約希望者の皆さんですね。

 最初こそ戸惑った様子だったにも関わらず、イエロが右腕をあげるなり
「くそう、やってやらぁ!」
「絶対専属契約結んでもらうっぴ」
「ここ、マジで金がいいからなぁ、負けねぇぞ!」
 皆さん、気合い満々な口調で森の中に向かって駆け出していかれました。

「さすが元傭兵団の人達だねぇ……」
 その様子に、僕は感心した声をあげました。
 そんな僕にイエロは、
「どうでござるかなぁ……大半が王都近辺でしか仕事をしたことがない感じでござったゆえ」
 そう言いながら、首をひねっていました。

 そのイエロの一言が気になったものの、試験を受けている皆さんはすでに森の中へ駆け込んでいかれてしまった後ですし、とりあえずこの場でみんなが戻ってくるのを待つことにします。

◇◇

 イエロが言っていた
『王都近辺でしか仕事をしたことがない』
 という言葉の意味は、すぐにわかりました。

 皆が駆け出して数分もしないうちに、
「うわぁ、た、助けてくれぇ!」
 そんな悲鳴にも似た声が聞こえてきました。
「うむ、やっぱりでござるか」
 イエロはそう言うと、両手に刀を持って駆け出していきました。

 後で聞いたのですが……

 この時、試験を受けていた蛇人の冒険者の方は、僕の世界で言うところのヒル、こちらの世界で言うところのヒルルの大群に襲われていたそうなんです。

 このヒルルは辺境特有の生物でして、森の木の上に群生していてその下を生き物が通過しようとすると一斉に落下し、その生き物の血を吸っていくんです。
 その吸引力は僕の世界のヒルの比ではありません。
 10匹に食いつかれましたら、10分で干からびること請け合いです。

 僕は、森に入る際にスア特性のヒルル除けの魔法が込められている魔石の指輪をはめていますので、まぁ襲われる心配はないのですが……異世界から転移してきた僕でも、辺境に住んでいればこのヒルルが危険ということは重々理解しております。

 ですが……この蛇人の冒険者さんは、
「ヒルルなんて、噂でしか聞いたことがなかったよ」
 イエロに、ヒルルを引っぺがしてもらいながら、そう言われていた次第です。

 なるほどなぁ……これが「王都近辺でしか仕事をしたことがない」ことの弊害ってことなんですね。

 そんな感じで、このヒルルの下を迂闊に通過しようとして脱落した人がこの後3人も出た次第です。

 これにはイエロも
「う~む……辺境の店と専属契約を希望しておきながらヒルルのことを調べていないとは……」
 そう言って、少々あきれ顔をしていた次第です。

 そんなイエロの言葉に、連れ戻された格好になっている4人は
「め、面目ない……」
「す、すいません……」
「……か、返す言葉が……」
「う、うぬぅ……」
 口々にそんな言葉を発しながら、がっくりうなだれていました。

「ま、まぁ、これで試験が終わりじゃないから……次で挽回してくれたら」
 僕は、笑顔を浮かべながらそんな4人を必死に励ましていたのですが……最初からこの調子で大丈夫かなぁ、と、ちょっと不安に思った次第です、はい。

 そんな中……

 ヒルルのことをしっかり熟知していた他の6人は、皆、それぞれに獲物を仕留めて戻って来ました。

 一角兎を仕留めた人が4人で、最高が1人で5頭。
 木上蛇を3匹仕留めた人が1人
 角鹿を1頭仕留めた人が1人

 と、まぁ、そんな感じでした。

「ふむ、このあたりは獲物が少ないでござるが、皆よく狩ってきたでござる」
 イエロは満足そうに頷いています。
 その言葉に、6人も嬉しそうに笑っています。

「……で、ござるが、木上蛇と角鹿を狩ってきた2人は減点でござる」
 イエロは、いきなり厳しい口調でそう言いました。
「え?」
「な、なんで……?」
 そんなイエロの言葉に、2人は困惑しています。

 ですが、なんで減点になったのか……それは僕にも理解出来ました。
 
 まず、木上蛇なんですが、こいつは益獣なんです。
 木の葉や枝を食い荒らす害獣だけを食べて木を守ってくれているんです。
 なので、辺境の森で『狩猟禁止リスト』の上位にランクされているんですよ。

 また、角鹿はですね……どうみても幼体だったんです。
 魔獣の幼体を狩っていると、その種族が絶滅してしまいかねません。
 ですので、辺境で狩りをしている人達は暗黙の了解で、幼体は狙わないんですよ。

 僕が察したとおりの説明を、イエロは2人にしていきました。
「……辺境の店に専属契約してもらおうとしているのでござる。それぐらい事前に調べておくか、先に確認しておくべきでござろう? 拙者、質問を受け付けないとは一切言っていなかったでござるよ」
 イエロは、一同を前にして腕組みしたままそう言いました。

 コンビニおもてなしで働き始めたばかりの頃のイエロって、剣を振り回しているだけにしか見えなかったのですが…狩猟担当としてこうして長いこと働いてくれているうちに、すごくしっかりしていたんだなぁ、と、感心しきりな僕だったわけです、はい。

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