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3-8

「お待たせぇ」

 瀬名さんが先陣切って集合場所へと戻っていく。
その後ろを、ヒヨコのようについて歩くのは私と結衣ちゃん。

 男性陣はそれぞれ特徴の出ている服装をしていて、一種の仮装集団にも見える。
その中でもネアは、顔の下半分を覆う黒い布の覆面を除けば、Tシャツにジーンズ、それとウエストポーチを腰に巻いた、かなりラフな格好をしている。
前髪はポンパドール。隠れていた目が、今ははっきりと見えている。

(私も似たようなものか)

 改めて、自分の装備を見下ろす。
腰に下げたダガー以外、ともすれば街中で見かけることも、きっとあるだろうと思わせる服装。

 それに比べて結衣ちゃんや瀬名さん、由人さんに大久保雄大は、まさにファンタジーと称してもいい服装をしている。
ダンジョン内においては悪目立ちする服装ではないが、結衣ちゃんと大久保雄大は、西洋風の甲冑を身に着けているし、瀬名さんは健康的な露出面積のビキニアーマー、由人さんに至っては神官の恰好をしていて、最早コスプレの様相を呈している。

「じゃあ、入る前に作戦なんかをおさらいしておこうか」

 神官姿の由人さんが口を開く。
彼は、何枚かの紙を取り出し、それを元に説明をしていく。

「目標物は五階の『凍結イチゴ』。これは五階の中でも、氷雪フロアって呼ばれている箇所に自生している果物で、見た目は氷漬けにされているイチゴなんだけど溶けることは無く、食べると食感は普通のイチゴと同じって特徴がある」

 これは食べると清涼感を得ることができ、真夏の高級おやつとして人気なのだとか。
一ピース三千円とかするショートケーキの上に乗せられていることもあるそうだ。

「目標数は、このプラパックニ十個分。それ以上の採取は、個人の裁量で持ち帰るなり換金してもいいそうだよ」

 出されたプラパックは、よく見る天ぷらのお惣菜を詰める際に使われているもの。
少し大きめのそれに、凍結イチゴは綺麗に並べてニ十個は入るのだという。
つまり、目標数は合計で四百個。中々のボリューム。

「ただし、氷雪フロアにはこの凍結イチゴを餌としている魔物がいる。だから作戦としては、主戦力の瀬名と雄大が主に、結衣ちゃんはそれを見て学びながら魔物を倒していってくれ」

 彼らに目配せをしながらひとつずつ確認し、名前を呼んでいく由人さんに、了解したと彼らが頷く。

「次に、採取は盗賊(シーフ)のふたりに任せたい。見付けるのも採取の仕方も、盗賊なら安心して任せられるからね」
「了解した」
「分かりました」

 由人さんは私たちの反応を見ながら、最後に、と言葉を繋ぐ。

「怪我をしたり、魔力が足りなくなったら僕を呼んでほしい。それから、僕は基本は回復担当だけど、闇属性の魔物がいれば、僕も攻撃ができるから」

 付与はできないから、期待しないでね。という由人さん。
付与とは? なぜ回復担当なのに闇属性なら攻撃できるのか?
そういう諸々の疑問が顔に出ていたのか、ネアが由人さんにアイコンタクトを取る。
小さく頷かれたのを了承と取ったのか、主に私と結衣ちゃんのふたりに向けて説明をしてくれる。

「由人のジョブは魔法使いで、光属性しか使えないんだ。光属性は回復を主体に使える魔法で、人によっては付与、いわゆるデバフとか、バフとかをかけれる人もいる。その代わり攻撃力が通常は皆無で、唯一効くのが闇属性の魔物に対してなんだ。分かったか?」
「分かった、ありがとう」

 私たちのやり取りに満足したのか、うん。と声を出した由人さんは、それじゃあ、行こうか。と号令をかける。
凍結イチゴを入れるプラパックは、私のポーチにしまわれた。



「なんで凍結イチゴなの?」

 ダンジョンは山の麓に入り口を開けている。
トンネルのような入口をくぐると、すぐに踏むのは下りの坂道。
ところどころ苔むして濡れているその道を、滑らないように慎重に歩いて行けば、やがて開けた空間に到着する。

 土土土。いたるところが土の壁。たまに岩の壁。
そんな、まさにダンジョンという風の洞窟の中で、ネアと一緒に最後尾を歩いていく。
ふと、今日の依頼について聞いてみたくなり、衝動のまま聞いてみると、ネアは片眉を上げる。

「嫌だったか?」
「違うの。ただ、他にも依頼はあったはずなのに、どうしてかなって」

 ネアは指折り数えながら、理由を上げてくれる。

「まず、凍結イチゴ自体の単価が高い。引率で連れて行ってもいい階層の中では、採取依頼としてそれなりに稼げる獲物だ」
「へぇ」
「それから、凍結イチゴを餌としている魔物はいるが、常識はずれなほどに危険なやつはいない。だから、経験を積むって意味でちょうどいい場所なんだ」

 あとは。
ネアはふ、と前を見る。
視線の先には大久保雄大。
ネアは彼に聞かれないようになのか、声のボリュームを落として耳元で囁いてくる。

「凍結イチゴは、イチゴの味なのにかき氷のような冷感を得られることで有名な果物だから、話してくれたシロップの依頼に、ちょうどいいんじゃないかって思ったんだ」

 思わずネアを見上げる。
ポンパドールになって目がよく見えるようになったけれど、ネア自身が今、何を考えているのかまでは読み取ることができない。
私は、そんな彼にお礼を言うくらいしかできなかった。

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