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洞窟探検

「さて、行くぞ」
 レストリーの声にギリーは頷く。透き通っているがゆえに川底が深いのが見て取れる。数匹の魚が泳いでおり、岩壁にはとても小さな水草が漂っている。この村で現状唯一見れる植物だそうだ。人一人は十分に入れそうな大きさの穴も水面からのぞくことが出来た。
二人は乗っていた岩場から勢いよくとび込んだ。ざぶんと大きな音がして水しぶきが飛び散り、ルーチャは顔を覆う。少女が顔についた水滴をぬぐうころには既に二人は水底に沈んでいた。

島で魚を獲りに出かけていたギリーにとっては水中で目を開けることなど容易い。というより島の子供たちは皆出来るようになるまで練習したりする。その上ここは海に比べ圧倒的に見通しが良い。レストリーも普段から魚を獲っている経験からか難なく泳いでおり、二人はそのまま洞穴へ入っていった。

ギリーが先に洞窟内部にあがり、魔法を使って道を照らす。洞窟の内部は高さはあるものの、横幅は人二人がギリギリ通れるくらいの道になっており、ギリーを先頭にして歩いていく。地面は岩ではなく茶色い土。村の土壌と同じものだ。虫が見えるが、二人は気にせず進んでゆく。
道とは言っても整備されているようなものではなく、自然が作り出しているため凹凸の感触が足に伝わる。念のためということで服を着こんで肌を隠してはいるが、完全に自身の身体を外界とシャットアウトできているわけではない。

「なあレストリー、この辺に生息してる生物って毒とかは持ってないのか?」
「見たところ大丈夫そうだ。ただまあ…見ていてあまり気持ちのいいものではないな」

少年の言う通り、壁や地面を照らすと茶色い光沢をもつ虫や体中が棘に覆われた虫が密集していたりする。苦手な人であれば卒倒してしまうであろうというのは容易に想像がつく。ルーチャは来なくて正解だったのだろう。

進んでいくと、道が途切れているのを見つける。火を頼りに下を見てみると、足元に気をつけながら慎重に下りていけば、いけなくはない。
 
 「この先に何かあるのか?」
 「分からない。あるかもしれないし、無いかもしれない。ただ、俺はあると思ってるんだ。この村から緑が消えた理由が」

 レストリーは続ける。
「植物が育たなくなった理由がどこかにあると思って周辺を歩いてみたが、一向に見つからない。散々調べ上げてここにあるんじゃないかと思ったが、村には緑がないから、燃やすための松明が作れないし火種がない。まともに見えやしないから手の打ちようがなかったんだ。あんたらが何もなしに火を起こせるのを見た時は驚いたよ」
「そうか」

この魔法が役に立って何よりだ。そう思いながらゆっくりとギリーは急斜面を下りていく。底の見えない割れ目が幾つか見える。足元が見えなければ夜目を効かせたとしても危険極まりない場所だ。危険な生物が生息していない、というのがせめてもの救いだろうか。

二人は斜面を下りきり、底の平地に足をつける。水の流れる音が近くに聞こえる。どうやら川に沿って歩いていく形になっているようだ。

「なあ、レストリー」
「なんだ」

ふいに呼びかけたギリーに対し、少年は彼の背後から答える。言葉にやや粗さが見られるのは以前と変わらないが、最初の時に比べれば大きく変わった。

「村には植物が生えないってことは、みんな何食べて暮らしてきたんだ?」
「ああ、あの魚だけだ」
「…それだけで生きてけるもんなのか?」
「らしいな。味に飽きが来るのが問題ってぐらいか」

となると魚と水だけで彼らは十数年過ごしてきたことになる。

「さっきも言った通り、俺たちの村では火が使えない。加えて塩や酒も手に入れる手段がないから干物をつくったりすることもできない。毎日刺身だ。何度も何度も全く同じもんを食うと、味を感じた時の感動ってもんが全くと言っていいほどなくなる。あんたらが喜んで食ってるのを見ると懐かしい気分になったよ」
 
昨夜、魚を獲って料理として運ばれてくるまでが一瞬のように早かったのはそれが原因だろう。獲ってきた後の下処理から二人の元に運ばれてくるまでに数分とかかっていないほどだった。

「絶滅したりしないのか?」
「しないな。雑食なうえに温度変化にも強い、俺たちの世界じゃよく食されてる魚なんだ。レイントラウトって名前でここに来た時に数匹持ってきたらしい」
「持ってきた?砂漠って水がないような土地じゃないのか?随分と大胆なことをするな」
「今はいないがこの村の連中のなかでも随分と変わり者だったやつらしい。レイントラウトが大の好物で、トルゼーデから逃げようとするときにあんたの想像通り、持っていく持って行かないでひと悶着あったらしいぞ」
「だよな。逃げた先での食料確保を考えるなら、植物の種とかの方がよっぽどよさそうな気がするが…」

だが、実際はそうはならなかった。もし植物の種を持って行っていたのなら、十年ほど前に何も育たなくなって食料が得られなくなり、全滅だろう。その変人の特異な行動あってこそ、彼らはここまで生き延びることが出来たのだ。誰かは分からないが、その人様様でやってこれているのだから予期せず立役者になっているのは随分と不思議な感じがする。

そうして、二人は最深部にたどり着いたのだった。

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