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探索

目の前にあるいくつか突き出た岩の奥は、見渡す限りの砂景色。地平線が見えるが、茶の地面が続くだけ。随分と広い陸地だ。
 自身らのいる場所を見ると、岩の上に寝ていたようだ。灰色と白の混ざった岩肌はほんの少しひんやりとしているが、じりじりと照り付ける太陽から送られる熱の方が勝る。
「暑い…」
声を出して気づく。そして自身の体を見ると体がまた、元の「ギリー・ティグケットの姿」になっている。壮年の姿ではない。

「岩山の…中ほどにいるって感じかな」
自らがいる場所を把握しようとしているルーチャにギリーが問う。
「オレの髪の色は?」
「緑。兵士たちのようなライトグリーンというよりかは、くすんだ緑って感じだ。これまでに見たことのない色」
「ということは、ここは異世界と考えていいわけだ」
異世界に来た、ということを二人で確認した。

日差しを嫌って額に手をやるギリーと同様、ルーチャも額に手を当てている。しかし手のひらは逆方向、自身の頭に向いている。日差しをよけてといるという仕草ではない。
「ルーチャ、大丈夫か?」
「う、うん。ちょっと頭が痛むくらいだから」
転生をして、順応できるであろう体のギリーとは違い、少女の体は元のままだ。この世界の環境に慣れる時間が必要なのだろう。
「それと、さっきの世界よりも空気のまとわりつくような感じが強いかな…」
「分かった。このまま落ち着くのを待とう」
二人は照り付ける日差しの中、しばし座って待つことにした。

ギリーは顎に手を当て、考えをめぐらす。
異世界に来たが、なぜそうなったのかが分からない。
考えられたのはルーチャがあの世界から出たいと強く願ったのだろうか、ということ。本人に聞いてみるしかないか。

ギリーは隣に座る少女に向けていった。
「ルーチャはすぐにでもあそこから出たいと思ってたのか?」
「ううん。1か月後って言ったのは嘘じゃない。それまではあの中で過ごそうって思って寝てたんだ。だからボクもどうしてこうなったのか分からない」
すると、異世界への移動は何が原因で起こっているんだ?

しかし、今は別のことを考えるべきだろう。
「こういう環境ってのは、安全なのか?」
「そうだね…」
ルーチャがあたりを見渡す。
「ざっと見た感じ、大丈夫だと思う。脅威はこの暑さぐらいかな。砂漠の中にポツンと立った岩山ってとこだね」
「これも山?土じゃなくて岩で出来てるものもあるのか」
「だね。山としては小さ目な気がするけど」
「この大きさでか!ルーチャの知っている山ってのは相当大きいもんなんだな」
鳥籠に比べ、はるかに大きい隆起した土地を見て、ルーチャは小さいという。彼女の知る世界にはどれほど大きいものがあるのだろうか。

「ともかくボクらの今の目的は周辺状況の把握だね。異世界移動の話はその後、また落ち着いたときにすべきだ」
「そうだな」
少し休み、ルーチャが回復したため、二人は辺りを探索することにした。

遠方に何も見えない砂の土地は後回しにして、自身のいる岩山を調べてみようと歩き出す。
熱にさらされ続けた二人の体には、汗が流れ落ちる。気を抜いていると、あっという間に体の水分をすべて持っていかれそうだ。

二人の持ち物はルーチャの黒い鞄だけ。また二人の寝ていた場所の近くにあったが、それ以外には何も持っていない。鞄はギリーが担いでいる。

 魔法は、この世界でも使えるのか?

 そう思ったギリーがふと足を止め、水の魔法を使ってみる。
 が、上手くタイミングがつかめず、なかなか出来ない。この体が魔法を使うのに適していないのだろうか。

「どうしたんだい?」
ルーチャが突然足を止めたギリーに向かって声をかける。
「いや、水の魔法を使おうと思ったんだが…」
「ああ、そういうことか!」
聞いたルーチャは両手を小さな胸の前に掲げ、唱える。
「ウォル!」
 突如、直径が体半分ほどの大きな水球が現れる。突如規模の違う魔法を唱えた少女を見て、ギリーは混乱した。

 ルーチャは得意そうに…ではなく、愕然としている。自身の出した魔法でありながら、この規模で魔法が出るのは想定外だったようだ。
「お、大きい…」
 水球は突然、思い出したかのように重力に従って落ちていく。すかさずギリーはその一部を両手で受け止めた。口に運び、一息つく。

「ふぅ、ありがとう。しかし凄かったな」
「ボクもびっくりしたよ!どうしてだろ…」
「ルーチャが練習したから強くなった…とかだといいんだがな。練習でどうこうなるなら、数百年生きる魔女のみんなは、もっとでかい魔法が使えてしかるべきだな」
「世界によって魔素の濃度が違うのかも。このまとわりつくような感じ、そういうことかな」
転生した体のギリーでは気づくことが出来ない。魔素は世界によって違うのか。
「となると、世界を移動する度に魔法が使えたり使えなくなったりするわけか…便利なんだかそうじゃないんだか」

しかし、魔法を使うのに苦戦していたギリーに比べ、ルーチャはすんなりと唱えられた。これも世界ごとでの違いだろうか。
「ルーチャはあっさり魔法を唱えられたな」
「そうだね。ギリーは出来なかったの?」
ルーチャが首をかしげる。瞬間、少女がひらめく。
「もしかして、力を入れるタイミングが分からない、とか」
「ああ、どうして分かったんだ?」
随分と察しがいい。

「ボクが魔法を使うときにことばを言ってるのは、そのためだよ。魔法を出す瞬間に名前を言う!ギリーもほら、やってみて!」
少女のアドバイスに従い、手のひらを上に向けたギリーが口を開く。
「ウォル」
が、魔法は出ない。
「うーん、もう一回!」
もう一度、ルーチャの名付けた魔法名を口にする。
「ウォル!」
が、出ない。
「もう一回!」
こうして元魔女の青年は数分間、人間の少女に魔法を教わっていたのだった。

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