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体の主

3人は唖然とした。起こったのは、目の前で一人消えるということ。
だが、実際は人一人の命がここで終わったのだ。皆、ただその場で固まり、一瞬の時が流れる。
 


 しばらくして。ぽつりとルーチャが呟く。
 
「ギリー」

 すぐさま少女は首を振る。前を、前を向かねば。
 立ち尽くし、茫然としている二人に向かって言った。

 「二人とも、ここを通るのは危険だ。引き返して」
 「…ええ、分かったわ。」

 ルーチャは背にある、もう一つのドアを見つめる。
 ゲートをくぐることはできなかった二人が向こう側にいる少女を見る。担がれた黒い鞄の裏に隠れ、顔を見ることはできない。
 部屋には、鉄よりも重たい空気が流れる。



マドリーとバーディが部屋を出ようとドアノブに手をかけようとしたその時だった。
キィと木のドアから軽やかな音が鳴る。

「あなた?!」
「父さん?!」

ドアを開けたその先にいたのは、赤髪のもつ壮年の男であった。



「あなた、動けるようになったの?!」

涙を目に浮かべながらも尋ねるマドリーに、男が答える。

「ああ、少しだが、な」

男が続ける。

「だが、時間がない。マドリー、バーディ、よく聞いてくれ」
「どういうことなんですか?父さん」

バーディの質問に短く答える。

「それを説明する時間はないんだ」

バーディとよく似た目元を持つ男性はゆっくりと、そして力強くいった。

「二人とも、今まで迷惑をかけてすまなかったな。私の体が弱いばかりに…」

母子は静かに耳を傾けている。

「マドリー、バーディ。愛してるぞ」
 
彼は続ける。

 「ここを出て、自由になれるといいな。私はいつもお前たちを見守っているぞ」

 穏やかに笑みを浮かべながら、言葉を紡いだ。
 壮年の男がふと意識を失ったように膝から崩れる。
 その場に倒れ、男は動かなくなる。青年の死、そして突然の父の死を前にしてせき止められていた二人の感情があふれだす。顔をぐしゃぐしゃにし、涙を流す。



が、死んだはずの男が立ち上がる。
?!
涙を流している親子は唖然とする。混乱。それが一目瞭然で分かった。
よろよろと立ち上がった男は言う。
「ギリーだ。すまない。オレは、彼の体に転生してしまったらしい」


 
 「ルーチャ、そっちにもロックの機械が見当たるか?」

 ゲート越しに起こった怒涛の出来事に、母子ともども混乱していたルーチャはハッとする。

「う、うん」
「なら、そっちの方でも壊してみてくれ」

スタンガンを取り出し、さっきと同様に指紋認証式の機械に近づける。
スイッチを押すと、機械はバチンと音を立て、壊れた。

「よし、いくぞ」

壮年の男の姿をしたギリーはローブの懐から、小さく切った髪を取り出し、ゲートのうちに放り投げる。何も起こらないことを確認した後、すぐにルーチャの方へ渡った。



今度はゲートが反応しない。ギリーは振り返り、その場に倒れたままの母子に向かって言った。

「説明は後でする。ここから先はどうなるかわからない。さっきのように命を落とすことになるかもしれない。どうか二人は待っていてくれ」

そう言って、鉄製のドアを開く。
ドアの向こうへ、二人が消えていった。



ドアを開くと、真っ暗な狭い通路がただ続いている。コンクリートの壁に囲まれており、天井には消えた電灯しか存在しない。ドアを閉めてしまえば、足元もろくに見えず、頼れるのは自身の触感だけだ。ルーチャはオレの袖をつかんでいる。
なにか明かりはないだろうか。ルーチャのスタンガンを使うか?だが明るくなるのは一瞬。いずれ使えなくなって真っ暗闇に包まれるだけだろう。
魔法はどうだ?この体なら魔法を使えるんじゃないか?ともかくやってみよう。

 バーディに言われていたように『指先に魔素を集中させるだけ』をやってみる。
 一瞬にして指先に火が現れ、暗闇の道が一気に照らされる。
 
「わあ!」

 ルーチャが歓声を上げる。二人はまだ見えぬ先を警戒しながら、ゆっくりと歩いて行った。



 「ギリー、なんだよね?」

 隣で歩いていく男性にルーチャは聞いた。

 「ああ」
 「てことは、さっきの話は?」

 母子とのやり取りだ。あの言葉は『最期の言葉』のようだった。

 「いや、父親に成りすましていった訳じゃない。あれは『彼』自身の言葉だ」

 そうしてギリーは事の顛末を話した。



 オレはゲートの中で消された後、あの二人の父親であるベイトルの体に転生したんだ。
オレは自身の姿を確認して、みんなの元へ駆けつけようとした。だが、そこで別の意識が流れ込んできたんだ。それは体の主であるベイトルの意志だった。
彼自身の意識は転生する数分前に消えていたらしい。糸がぷつんと切れたように無くなったはずの意識が再び戻ったときには、動けなくなったはずの自身の体が動いているのを見て、ひどく喜んだんだ。だが、己の体が思ったように動いてはいない。自身の意識も次第に薄れていく。時間は残されていない。そして、そんな中、彼は強く願った。
「これは神が私に下さったチャンスだ。一瞬でいいから私に、家族とお別れを言う時間をくれ」そうして、あの瞬間だけ、この体は元の持ち主のものとなった。

家族との決別をした男の魂は、静かに消えていったんだ。

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