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魔法を使うということ

「そういえば二人とも、ちょっといらっしゃいな」

 朝の食事が終わり、外に出ようとしていたギリーとルーチャは呼び止められる。
片付いたテーブルを前にマドリーが言った。

「二人とも服、そのままでしょう。代わりのものを用意してるから着替えてらっしゃい」
「いいの?」
「ええ、きっとあなたたちにも似合うと思うわ」

そう言われ、二人は二階に案内される。木製の階段を上がると、ドアが手前に現れる。左方向は壁になっており、そのまま右を向くとまっすぐに伸びた廊下。廊下に沿って左右にそれぞれ2つずつドアが見える。奥に突き当たったところで説明される。

「ギリーはこっち、ルーチャはこっちよ。中に入るとすぐわかるはずだから。なにかあったら言って頂戴」

指示に従って、ギリーは右、ルーチャは左のドアを開け、中に入っていく。



部屋に入ると、目の前には小さな机と天井までつく背の高い本棚。バーディの部屋だろうか?本棚には小難しい本がたくさん並んでいる。本とは馴染みのない生活を送ってきたギリーはあまり興味を示すこともなく、机の上においてあるものに目を向ける。そこには昨日見たシンプルなシャツに茶色のベストが重ねておいてある。隣においてある黒のズボン、茶色の皮のベルトも昨日見た。彼らの民族衣装のようなものなのだろうか。

すぐに着替え、ドアを開けた。ルーチャはまだ出てきていないらしい。マドリーはいない。下に下りたのだろうか?ドアの前で待つのもどうかという話なのでそそくさと下に下りていく。マドリーを探し、ドアに手をかける。外に出てみるが、いたのはバーディだけだ。こちらには気づかず、ただ黙々と植物たちの手入れにいそしんでいる。

ふとドアが開いた。そこには天使のような少女が立っていた。白いワンピースに身を包み、そこに立っている。彼女の桜色の髪とよく似あう。ギリーはしばしの間、見とれていた。

「どうかな?」

跳ねるような軽やかな声で彼女は問う。

「あ、ああ。とてもよく似合ってるよ」
「ふふふ、そうでしょう?」

マドリーが笑みを浮かべながら出てくる。てっきり、彼らと同じ衣装で出てくるものかと思っていた。これは随分と大胆に裏切ってきたものである。

「私が昔着てたものだけど、まだ使えそうね」

ギリーの頭に、もう一つ衝撃が走る。彼女のお古となると、何年前だ?…いや、考えるまい。とりあえず、とてつもない保管方法を持っているのだろう。さしずめネロの発明品の一つ、といったところか。二人は新たな衣装を手に入れた。



マドリーが家に戻ったのち、二人は庭へ歩いていき、ちょうど作業がひと段落した様子の青年に話しかける。

「よお、お疲れさま。何か手伝えることとかあるか?」
「ああ。大丈夫ですよ。ありがとうございます」

ちょうど世話が終わったところのようだ。そんな彼に少女が聞く。

「ねえ、私たちも魔法使えるかな」

バーディは少し悩む素振りを見せたが、困ったようにこちらに向き、言った。

「すみません、人間にはほぼ使えないとされる代物なんです。魔法を使うためにはここいらにある魔素を練ります。それができるのは魔女だけな訳ではないんですが…」
「それって使うことが出来る人もいるってこと?」

頷くような、頷かないようなあいまいな素振りをしながら彼は言う。

「魔女の一族は皆、先天的に魔法の使い方が分かります。そのため生まれたばかりの赤子でも魔法を使うことは十分可能なんです。」

彼は続ける。

「ただし、直感でやっているため人間に説明しても伝わらないことがほとんどなんです。ちなみに僕たちはの感覚は『指先に魔素を集中させるだけ』です」

それを聞いてルーチャが指先を見つめ始める。
「ふぬぬぬぬ」
しかし、なにも起こらなかった。彼女はあきらめない。
「ぬぐぐぐぐ」
力み始める。突き出している人差し指がとんでしまいそうな勢いだ。
「ぷはあ」
少女は大きく息を吐く。指先に集中してはいたようだが…

「やはりだめですか…」

こういう時、何も興味ないふりをしている男は大概密かに試している。
かくいうギリーもその一人。声を潜めてオレこそはと試していた。だが結果は同じだ。
転生した体なら出来るかと思ったが、そうはうまくいかないようだ。

「ギリーならいけるかな?」
「いや、ダメそうだ」

少女が肩を落とす。バーディはそれを見て、慰めるように言った。

「過去に1人成功者がいたようですが、その人は60年間修業をしたと言っていました」
「60年?!」

とんでもない話だ。まさにそのためだけに生涯をささげてきた人だったのだろう。というより、気になることがある。

「その成功者ってのは魔女の一族とともに過ごしてたのか?」
「はい。実は人間と共存していた時期もいくつかあったそうです。時代によって過剰に恐れて襲って来たり、かと言えばともに生きたりと、人間と魔女との歴史は簡単には言い表せません」
バーディは続ける。

「僕は…どちらの種類の人間も見てきましたからね」

困ったような笑顔で青年は言う。だが、その声は愁いを帯びていた。

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