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転移と転生

ギリーは驚きのあまり、言葉が出なかった。 
ここは異世界?ルーチャはこの経験を3回?
だが、そうと考えればある程度納得が出来ることがある。それは島の兵士の持ちえない武器を持っていたこと。彼女は、あの島の中で最も強いと考えられていた銃をはるかに超える代物を持っていた。彼女の意志があったからこそが死者が出てはいないが、あの狙撃銃の中に兵士たちのような鉄の銃弾でも入れていれば、だれも彼女に抗うことはできなかっただろう。最悪、島の人間を全滅させることすら可能だ。
加えて、知識についてもそうだ。ベーゼの実についてや魔女についてある程度知っているようだった。

青年の思考は疑問で満たされていた。
ルーチャはおもむろに腰を上げ、ギリーと向き合う。

「キミの島に来たときは町の路地裏に出たんだ。祭りがあってボクも参加しようと思ってたら、男の人たちがしつこく寄ってきた」

少女は続ける。

「逃げるようにあそこから出て、島をふらふらと歩いてたんだ。そうして、キミを見つけて助けに行った。」
「だから兵士たちの情報も村の情報も知らなかったわけだ」
「うん。あの世界に来たばかりのボクにとっては何も分からない。場合によっては船に乗って、キミたちを知らずに島を出てたかもしれなかったね」
「そう考えると、オレ達は随分と運が良かったとも言えるな」

ぽつりとつぶやき、ギリーはふと目の前に座っている少女の目を見つめる。



「どうしたんだい?そう見つめられると照れるな」

頬をほんのりと赤く染め、照れ隠しのように彼女は目をそらした。

「いや、まだ言えてなかったことがあるな」

ルーチャは再びギリーの方を向く。彼女の短い髪はまだ赤まったままの頬を隠しきれていない。
「オレの島を、民を救ってくれて、ありがとう」

青年は静かに頭を垂れた。

「どういたしまして!」

少女はにこりと笑った。



二人は腰を上げ、再び歩き出した。
鳥籠の端に近づき、ふちに沿って歩いていく。

「ボクは異世界に『転移』してると思うんだ」
「すると、オレもそういうことになるのか?」
「いや、キミの場合あっちの方では亡くなっていたんだ。だからキミは『転生』した」
「その『転移』と『転生』ってどう違うんだ?」
「うーん、転移っていうのはあるものがそのまま、その形で移動したりするもの、転生は生まれ変わることを意味するんだ」
「ルーチャは生きてその姿のままここに来たから転移、オレは一度死んで新たな姿になってここにいるから転生ってことか?」
「そんなとこだね。もしこの仮説があってれば、だけど。でも、どうしてこう違うのかは分からない」
「そうか、するとこの現象がどうして起こっているのかは当面分かりそうもないな」
「うん、ただここは見たところこの世界は随分と平和そうだ。これまでの世界とは違って急いで何かをしなくちゃならないってことはない。考える時間は十分にもらえそうだ」

話をしながら歩いていた二人は、白く塗られた鉄の箱にたどり着く。緑に埋め尽くされた地面、そこに敷かれていた家と庭の中央を結んでいた薄橙色のレンガは、こちらの入り口とはつながれていない。ここに来る道はない、はたまたはここに来るなというような様相を呈しており、入るのをためらわれる。
二人はオレンジ色のドアの前に立つ。外観からすれば出るも入るも容易そうな1つの施設に見えるが、親子はそうとは言っていなかった。

「ここは…確か外に出るゲートだって言ってたっけ」
「そうだな。特定の人間のみしか通さないと言っていた」
「でも、ここからじゃわからないね。これじゃただの小奇麗な四角い家だ。ドアも簡単に開けられそうだね」
「うかつに触れるのは危険だな。あの二人がまた起きたときにいろいろと聞いてみるか」
「うん、そうしよう」
 
二人は踵を返し、再び籠の隅へと歩いていった。


 まだ混濁しつつある思考を整理しようと、青年は再び緑の絨毯の上へ寝転がる。ルーチャと出会って以降、大きな出来事ばかり起こっていた。命からがら逃げたと思えば、この少女に頼りながらも反撃をし、島を取り返した。さらに命を落としたと思えば2度も甦った。よみがえった?
 
「なあルーチャ」

 隣で腰を下ろし、寝ようとしていた少女に話しかける。

「うん?」
「さっき、転移と転生の話をしたよな?」
「そうだね」
「ルーチャは転移したと言っていた」
「そうだね。ギリーのように命を落として異世界に来た訳じゃない」
「オレは既に2度死んで甦った。一度は撃たれて、兵士長に成り代わった。二度目は毒を体に入れて亡くなった。この二つはどちらも転生だが、その世界にとどまって転生するのと、そうではなくて異世界に行って転生したのとで違いがある。ルーチャは何か知ってるか?」
「ううん。わからないや。そもそもボクの転移も、この鳥籠の世界に来た時以外、誰かと一緒に来たってことはなかったんだ。」
「そうか、分かった」
話を終えた二人の異世界人は、静かに瞼を閉じた。

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