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名を呼ぶ者

腹に鈍い衝撃が走る。
 ギリーはその場に頽れた。
 レザフがそれを見て、目を見開く。
 瞬間、発砲した兵士を睨み、駆けていく。
 胸のあたりからどくどくと血が流れている。
 それを見たほかの島民たちがギリーを担ぎ、逃げていく。
 動けないまま、思考だけがぐるぐると回る。
 大丈夫か?
 大丈夫じゃない。
 生きられそうか?
 分からない。
 作戦は?
 オレのこと以外は問題なさそう。
 親父は?
 兵士の方へ駆けたな。背を向けてて見えないや。
 ルーチャは?
お、戻ってきてる。うまくやったな。
みんなは?
大丈夫そうだ。ごめん、話しかけられても答えられねえんだ。
あとは、あとは…
次第に思考がまとまらなくなっていき、目の前がぼんやりしてくる。
眠…い?
さっきあ、んだけ寝た、じゃないか。
まだ、お、わって、な、
 
 
狙撃に成功したルーチャは屋根裏から飛び降り、すぐに西の門へと走っていた。
西の門からは一斉にいくつもの銃声が聞こえた。彼らの方もうまくやっている。
あと少しでみんなの元へたどり着ける。西門をくぐってさえしまえば、こちらの勝ちだ。
あれ?様子がおかしい。レザフがたった一人、逆方向に走り出してる。
血だまりが見える。ギリー?!
いや、今は…

「レザフ!門へ!」

ギリーを撃った兵士を一撃で殴り倒し、レザフが西門に駆けだす。
全員が西門の外に回ったことを確認し、ルーチャも滑り込む。

「閉めて!」

島民が一斉に門を閉め、丸太で塞ぐ。

「撤収!」

ルーチャの声に従い、皆一斉に収容所の方へ走っていった。


「ギリー!ギリー!」

この中で処置法を知ってるのはボクしかいない。今頼れるのは自分だけだ。
布を巻き付けて傷をふさぎ、蘇生を行う。
頼む!生きていてくれ!
あとちょっとなんだ!
何度も何度もギリーの胸を押し続ける。
何度も、何度も、何度も、何度も…

そうして永遠にも感じる一瞬が過ぎ、蘇生の手を止めた。
かえってこない。
もう、予定通りにはならない。
島民は皆、泣いている。レザフは皆に背を向け、顔は見えない。
だが、まだ終わってはいない。
偵察していた島民が帰ってくる。
ルーチャは静かに聞く。

「状況は」

「兵長らしき人物3名と兵士8名の逃走を確認。兵長2人含め、残り10名が屋敷に入っていると見られます。ほかは皆、港の方角に逃げた模様。船の出航を確認しました」

「了解。ありがとう」

「はっ」

敵の動きは悪くない。むしろ良い方向に動いている。だが…
いや、今考えるのはやめよう。
次いで聞く。

「屋敷の中以外に敵は?」

「見当たりません」

ルーチャは周囲を見渡し、静かに告げる。

「行こう。移動だ」

そして、絞り出すように言った。

「この悪夢を終わらせるんだ」


静かな人の群れが列をなし、森の中を進んでゆく。
南の門に到達し、人々は辺りを見渡す。
他に誰もいない。門は開いたままだ。
列は門を通り過ぎ、石壁の中に入ってゆく。
あちこちに食べ物やテーブルの散乱した後が見られる。先ほどの喧騒を想像するのに難くはない。
石壁の中心部、円状に開けたところにたどり着く。ただ一人、王は何事もなかったかのように眠っている。島民に指示し、衣服を剥ぎ、縛り上げさせる。
真正面に大きな屋敷が見えた。小さな堀に囲われ、手前にかかる橋ただ一本がそこへ至る道となっている。

バン!と屋敷の一番高い窓が開く。緑色のひげを蓄えた男と目があう。彼が兵士長だろうか。すぐさま、窓は閉められる。これから、指示を出すのだろうか。

小奇麗な屋敷には不釣り合いな銃口がいくつもの窓から出ている。近づけば撃たれるが、彼らも自身から動けはしない。
島民に、銃の射程外で囲むように指示を出す。
ここからは持久戦だ。
皆、静かに屋敷を睨みつけていた。

想定は特攻。ここだけは犠牲が出かねない。皆、据わった目を屋敷に向け、マスケット銃を構えている。
突如、窓からのぞいた銃口は降ろされる。
動いた。
皆、身構える。
だが、予想外の出来事が起こる。
ドアが開き、一人を先頭に兵士たちがぞろぞろと出てくる。10人。全員いるはず。
みな両手を挙げており、抵抗の意志は見られない。

「投降だ」

先頭に立ち、髪色と同じ、緑の口ひげを蓄えた男が声を上げる。
だが、油断はならない。

「まて、そちらの頭と話をさせろ」

ルーチャが言い放った。

「分かった。銃口は向けたままで構わない」
兵士長とみられる男が集団から抜け、一人歩いてくる。

「よお、ルーチャ」

自らの名が、呼ばれるはずのない男から発された。

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