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森へ

「アンタは?」
「後で話すよ!今は逃げることだけに専念して!」
「あ、ああ…」

黒づくめの女は縄をほどこうとする。

ばたりと倒れて動かなくなった兵士たちを見て、ギリーが聞く。

「これは…死んだのか?」
「いや、気絶してるだけ」

縄がほどかれ、ギリーは解放された。

「当面の間は目を覚まさないだろうけど、念のため縛っておこう」
「縛る?俺はこいつらに殺されかけたんだぞ?」
「気持ちはわかる。でも冷静になってくれ」

白目をむいている太った兵士の手を柱に寄せながら、彼女は続ける。

「銃で撃つ?大きな音でほかの兵士が寄ってくるよ。殴ったって同じだ。目を覚まして大声
で叫ばれでもしたら、一巻の終わりだよ」
「…分かった」

言うことに従い、ギリーも残されている背の高い兵士を縛り始めた。


縄を結び終え、小屋の入り口近くに立てかけてあった2丁の銃のうち、一方を取る。

小屋から出て、言った。

「待ってくれ。親父もつれていく」
「…急いで」

自身の小屋へ走り、父親であるレザフをたたき起こす。

「なんだ?その顔はどうした?」
「兵士どもに殴られた。だけど兵士は倒した。逃げるぞ親父」
「明後日までの辛抱じゃなかったのか?」
「奴らはそんなものを守る気はさらさら無かった」

レザフは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻る。

「そうか、なら行こう」

父を連れ、兵士小屋の前に戻る。

「この人は?」
「知らない。だが殺されそうなところを助けられた」
「そうか…分かった」

レザフも銃を手に取るのを確認し、ギリーが言った。

「北だ、逃げるならの北の森に逃げ込もう」
「了解」

3人は走り、暗い森の中へ消えていった。

森に入ったすぐ後に、乱雑に投げられた大きな黒い鞄を女は拾い上げた。息を切らしながらも真っ暗な森の中を駆ける。一通り走ったところで切り株と倒木を見つけ、休息をとることにした。皆が腰を下ろした後、長い口髭をなでながら、レザフが口を開く。

「さて、どういうことか。お二人さん、説明してくれんかね」
「ああ、あの兵士たちがオレを奴らの小屋に連れ込んだ後、殴り始めた。そして言ったんだ。『約束を守る気はない。そしてお前らを生かす気はない』ってな。
そうして再び奴らが殴ろうとした時、突然二人は泡を吹いて倒れ、彼女が現れた」
「そう。ボクがこれを使って気絶させたんだ。」

彼女は右手に持った黒い物体を掲げて言った。

「強い電気を流したんだ。スタンガンって呼ばれてる。」
「電気?まあいい。で、逃げたのち、わしのところへ来た、と」
「そうだね。そして今に至るわけだ」

これまでの流れを3人で共有し、確認する。

「さて、次に…」
「自己紹介かな。ボクはルーチャ・クロウ。ルーチャでいいよ」

短い黒髪を揺らしながら彼女は名乗った。

「ギリー・ティグケットだ。こっちが父親のレザフ・ティグケット」
「ルーチャ、といったか。おぬしはなぜわしらの言葉が話せるんだ?島民におぬしのようなものはおらんかったと記憶しておるが…」

ルーチャは少し考える素振りを見せたのち、ゆっくりと口を開いた

「ボクは人の話している言葉が直感的に理解できるんだ。そういう才能を持っていると考えてもらっていい」
「なら、理解して言葉にするのもその才能とやらのお陰か?」
「そういうことになるね」

ルーチャは少し他人ごとのように答える。

「ではなぜここに…」
「ちょっと待って。ボクは兵士の関係者でも、何か重大な秘密を知ってるでもないんだ。だから有益な情報を持ってはいない。ともかくキミたちに関わった以上、ボクも兵士の敵で君たちの味方だ。これで勘弁してくれないかい?」

少し逡巡したのち、ギリーが口を開く。

「…そうだな。もしルーチャが奴らの味方なら、あの時オレは死んでいた。本当に助かった。ありがとう」
「そうか、あんたは息子の命の恩人だ。ありがとう」
ギリーとレザフは深々と頭を下げた。
「次はボクから質問させてもらうよ」
「ああ」
「ボクは森からそっちの男の人が小屋に引きずられるのを見たんだ。そして助けに行った。それは約束を原因とした出来事だったわけだ。気になったんだけど、さっきからキミたちの言ってる約束って何なんだ?」

ルーチャの問いにギリーが答える。

「『10年間奴らに従ってれば俺たちを解放する』って話だ」
「その俺たち、ってのはここの二人だけじゃないのかい?」
「ああそうだ」
「その10年前というのは…聞いても大丈夫?」
「大丈夫だ。かつてこの島であった出来事を話そうか」

ギリーが話し始めた…

10年前まで、この名もなき小さな島では、皆で助け合いながら、平和に暮らしていたんだ。この島には人々が住む村がいくつかあるだけで、他は全て森だった。親父とオレはそんな島の長だった。長といっても普段は他のみんなとたいして変わりはない。村でもめ事があった時や、祝い事の取り仕切り、有事の際には長として動くというのがしきたりだった。長の子として産まれたオレは島の子供たちの面倒を見ることが多かった。お陰でよくなつかれてな。
漁師たちが村から船で出たりはしたが、他の島が見つかることはなかった。俺たちにとってこの小さな島こそが世界だったんだ。

そんなある日、数隻の大きな船が訪れた。みんな驚いた。それとともに喜んだんだ。この世界にはまだ知らない島がある。どんな人が乗っているのか、どんな話が聞けるのだろうか、彼らの世界はどんなものなのか。そもそもどうやってあんなに大きな船を造ったのか。皆各々が期待を胸にその船がこちらに向かうのを眺めていた。

船はこちらにある程度近づくと、この島をぐるりと回った。お陰でその船に気づいたみんなは船を追いかけ、船が一周するころにはこの島のほとんどが集まっていた。
船がこちらの岸につき、ついに人が降りてきた。だが、降りてきた複数の人間は鉄の筒をこちらに向け、大声で何かをまくしたてた。何も分からず、一人が彼らの元に歩み寄ろうとしたんだ。その時だった。パァンと大きな音が響き、その人が倒れたんだ。島の人々はみな混乱した。その場から動けなくなるもの、必死で逃げようとするもの、撃たれたものの傷をふさごうとするもの…だが、逃げ場なんてどこにもない。突然の来訪者たちは瞬く間にしてこの島を支配したんだ。

 こうして俺たちの地獄は始まった。

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