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3-3

「メグ、飛び込むことを怖がるな! 盗賊(シーフ)の身体能力であれば多少の無茶でも補正は効く!」
「はい!」

 パルクールの指導が始まって早一時間。
まずは跳び箱を飛び越えることから始まって、受け身の取り方、身体の使い方、それから障害物の適性を見極めることまでしっかりと教えてもらっていた。

 その中で何回か、身体から体力以外の何かが抜けていっているような感覚がした。
そのいずれも、常識はずれな動きがスムーズに行え、ちょっぴり楽しさを覚えたところ。
これが魔力を使うということか。
ネアからはその感覚を、自分で意識してコントロールできるようになるのが第一目標と言われた。

 ネアとはこの一時間で、随分と打ち解けたように思う。
主には姉の話で。
 ネアは姉と同い年の同級生で、よくグループとしてつるんでいたらしい。
予想通りと言うべきか、私のことは姉からよく聞かされていたのだとか。

「河野さんから教えられていた通りだったよ」
「河野さん……? ……ああ、柚子先輩か」
「うん。ネアが教えてくれたアレシアの店長さん」
「あの店にはよく世話になってる。……随分ときわど……趣味色の強いイロモノも用意されているけど」
「誰が着るんだろうね、あれ」
「この間、布面積が非常に狭い、隠す場所がほぼなかったビキニアーマーを買っているやつを見た」
「え? もしかしてあのマイクロビキニ?」
「ああ」
「ええ……。どんなナイスバディの人が買ったの?」
「筋骨隆々の男だった」
「うえ」

 クラブ全体でとる、三十分くらいの長い休憩。
一時間ごとに強制的に取らされるものらしい。
本来なら取らずとも、各自の判断で自由に休んでいいそうなのだが。
実際は、それぞれが小休憩を取りながらメニューをこなしていく人が大半の所、強制的に長い休憩を取らせないと、いつまでも動き続けている人もいるそうで。

 私はネアが渡してくれた、ペットボトルの水を飲む。
疲れて火照った体に染みわたる美味しさ。

「そういえばシシさんからメェちゃんって呼ばれたんだけど、ちゃんと最初はメグって呼んでたよね、あの人」
「シシはパルクールで興奮すると、あいつが勝手に考えたあだ名で呼んでくることがあるから。別に他意はないから気にしなくていい」
「え、じゃあネアもネア以外の名前で呼ばれているの?」
「そうだ」
「なんて?」
「ニャー」
「……猫じゃん」

 ネアをネアーと伸ばしてさらに素早く発音すると、ニャーに聞こえないこともないけれど。

 ネアは私の身体の一点を見て、すぐに顔を逸らす。

「……ところで、その装備はメグの趣味か?」
「これ? 河野さんチョイスの、大分割引されたであろう超良心的価格で買った装備」
「あの人の趣味か……」

 ネアが両手で顔を覆い、私は首を傾げる。

「柚子先輩は可愛い女の子の太ももが大好きだから」
「太ももが」

 まさかネアから、太ももなんて言葉が飛び出るとは思いませんでした。
ということはさっきのネアの視線は、脚じゃなくて太ももを見ていたということ?
私はそっと、ネアから脚を遠ざける。
彼はそれに気づかず、尚も続ける。

「しかもただの太ももじゃだめらしい」
「どんな太ももならいいと」
「細すぎず太すぎず……多少の締め付けにやんわり肉が乗るくらいが好みだとか」
「河野さんの言葉とはいえ、ネアからそんな言葉が出るとは思わなんだ」

 じっとり見つめていると、ようやくネアが私の体勢に気が付いた。
彼は弁解するように多少早口になる。

「俺は柚子先輩が言ってたことをそのまんま言っただけだからな。他意はない」
「ふーん……」
「ただ、練習にはタイツがいいと思うぞ」

 これは、ネアが河野さんと同じく太ももを絶対領域(ユートピア)と呼ぶ人種なのか、それともタイツフェチなのか見極める必要がある。
なおもじとーっと見上げる私に、彼は観念したように願い出た。

「……」
「……タイツで露出を減らしてくれ。頼む」

 新発見。ネアは意外と初心だった。

「はい! 休憩終わり! ……んん? ネア、ずいぶん顔赤いけど大丈夫か?」
「……気にしないでくれ」

 シシさんに首を振って項垂れているネアは、やっぱり初心だと私は思った。

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