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3-1

 夏休みの真っ盛り。
姉の経営する『シロップ・メディ』では、ミントのシロップの売れ行きが伸びる、猛暑の頃。

 朝起きて涼しい時間帯に宿題を終わらせ……。
そんなものはただの理想でしかなく。

「あづい……宿題、終わらない……」

 ログハウスには断熱効果と蓄熱効果があるとかなんとか。
冬はとても暖かい、しかしこの地球温暖化の猛暑には、そんなことは関係なく。
とにかく暑い。クソ暑い。

 机に突っ伏し、進まない宿題に、この世の気温全てを呪うことしばし。
私はのろのろと、冷房の電源を入れた。

「はー、涼しー」

 今日はもう部屋から出ないぞ。
そう決心し、腕捲りをする私の視界に入って来るのは、予定の書かれたカレンダー。
今日の日付に書かれた予定に、目が点になる。

「『パルクールクラブ顔合わせ』……」

 日付、今日。時間、正午から。
ギ、ギ、と、壊れたブリキ人形のような首の動かし方になる。

「わぁ、そろそろお昼ご飯の時間ー」

 私はダンジョン用品の入ったリュックを引っ掴み、裏口から飛び出た。




「遅れまして大変申し訳ございません!!」

 到着早々、待っていてくれたクラブ会員の人に、土下座する勢いで頭を下げる。
彼はそんな私の勢いが面白かったのか、涙を浮かべるほど爆笑し、ひーひー肩で呼吸する。

「いや、気にしなくっていいよ。顔合わせって言っても、ゆるーく集まるだけだし。顔合わせだって言うのに、直前までダンジョンに入る予定を立てて、まだ来てない奴もいるし」

 実はクラブ長もまだ来てない。
茶目っ気満載にそう言われ、ほっと胸を撫で下ろす。

「クラブ長さんじゃないんですね」
「俺? 違う違う。俺はいっつも時間通りに来るからってことで、案内役を仰せつかっただけ」

 彼は私にウインクをする。気にしないで。と言いながら。

「いやしかし! どういう子が来るのか楽しみにしてたら、こんなかわいい子が来るとは思わなかったよ」
「か、かわいいって……」
「あはは、照れやさんだ。まあ、実際問題、盗賊(シーフ)は男が多いんだよね。女の人って稀。なんでだろうね?」

 不思議そうに首を傾げる彼に釣られて、私も首を傾げる。
緊張はいつの間にか消えていた。

「あ、そうだ!」

 突然思い出したように叫ぶ彼。
私は驚いて肩を跳ねる。

「ここでは本名じゃなくってニックネームで呼び合うことになっているんだ。本名でも別にいいんだけど、伝統になっているのか、大半はニックネームだよ。君は何て呼べばいい?」

 ニックネーム。考えたこともない。
私は彼の問いかけに、しばらく考えてみる。
うん、どう考えても、名前か、名前の上二文字しか呼ばれたことがない。

「友達からはメグって呼ばれてます」
「オッケー、メグ。うーん……。メグ? メーメー? メェちゃんとか?」
「メグで。お願いします」
「メェちゃんいいと思うんだけどなぁ。よろしく、メグ」

 そう言って人のよさそうな笑みを浮かべ、彼は右手を差し出す。
それに返事をするように、私も右手を差し出し、握手をした。
男性らしい、骨張った手だった。

「さて、多分、みんな集まるのにもう少しかかるだろうから着替えておいで。ダンジョン用の装備、持ってきてるでしょう?」
「は、はい。更衣室はどこに……」
「うーん、実はさ、このパルクールクラブって男所帯なんだよね。前、ひとり女の子いたんだけど、結婚して妊娠したのをきっかけに辞めちゃったんだ」

 だから、と言って指さされた先は男性用更衣室。
なお、女性用は見当たらない。

「また女の子用の仕切りは考えておくから、今日はそこ使ってもらえる? あ、大丈夫。男連中が来ても、出てくるまでは入れないようにしておくから!」

 それじゃ! と、男性用更衣室に押し込まれる。
有無を言わせぬ手際だった。
しばらく呆けていたが、他の人が来る前にと思って、いそいそ着替え始める。
河野さんがおすすめしてくれた、防具装備一式を。

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