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赤ちゃんががが その3

 これだ……

 これが逆境だ……

 ……なんか、そんな台詞が出てくるマンガがあったような気がしないでもありません。

 ですが、今の僕の心の中は、まさにそんな心境でした。

 何しろ、コンビニおもてなし本店の副店長にして弁当調理部門の実質エースの魔王ビナスさんが
「実はですね、私2人目を妊娠してしまいまして……つきましては少し早めの産休を……」
 満面の笑顔でそう言われているのです。

 めでたいです。

 えぇ、すごくめでたいですよ。

 心から祝福しているんですよ。

 ですが……

 魔王ビナスさんは、僕が他の支店やガタコンベ領主としての仕事で不在になる際に、本店をきっちり仕切ってくださっています。
 レジ作業なども、ご自分の姿を分身させて一度に2箇所のレジで応対してくださったりと、常人では出来ない方法で本店の営業をしてくださっています。

 同時に、魔王ビナスさんは弁当作成作業でも超人的な能力を毎日発揮してくださっています。
 1人で5人分くらいの作業を涼しい顔でこなしておられます。

 さらに、新人研修係まで引き受けてくださっています。
 この作業は、前副店長だったブリリアンがやっていた作業なのですが、副店長職を魔王ビナスさんが引き継がれた関係で、その仕事も引き継いでくださった次第です。
 現在はウルムナギ5人娘の研修を継続して頂いています。

 ただ……魔王ビナスさんは、「魔王」と名前の前に敬称がついていますように、別の世界の元魔王さんなんです。
 そのため、体内魔力や身体能力などが僕のような普通の人間とは比べものにならないんですよね。

 そのためか、前回第一子を出産なさった際も、すぐに復帰してくださった次第です。
 
 ……まぁ、そんなことを一瞬の間にあれこれ思案した僕ですが、

「おめでとうござます。安心して元気な赤ちゃんを産んでください」
 満面の笑顔で魔王ビナスさんにそう言いました。

 いろいろ頼りにさせて頂いている魔王ビナスさんですが……彼女は大切なコンビニおもてなしの仲間ですからね。
 その彼女のおめでたなのですから、笑顔で出産に専念してもらうように配慮し、後のことをなんとかするのが僕の仕事だと思っています。

◇◇

 そんなわけで……
 明後日から魔王ビナスさんが早めの産休に入ることになりました。

 それを受けまして、僕はブリリアンを呼び戻しました。

 現在、新店舗建設の事前調査のために、相方のメイデンと一緒に都市を回っていたブリリアンは、僕の依頼を受けたスアからの思念波通信を受けると、
「スア師匠様に呼ばれましたなら、何を差し置いても即参上いたします!」
 そう言いながら、すさまじい速さで戻って来ました。

 相変わらず、薬品作りの師匠としてスアのことを敬愛しているブリリアンです、はい。

 ちなみに、相方のメイデンが飛翔魔法を駆使してくれたおかげで、ブリリアンは通常なら2ヶ月くらいかかる道のりは1時間ほどで駆けつけてきた次第です。

 僕の前に立っているブリリアン。
 その横でメイデンが笑顔でブリリアンに寄り添っています。

 女性同士ですけど、とっても仲良しで今では一緒に暮らしている2人です。

 僕が元いた世界では、色々言われている関係ってことになってしまう2人なわけですが、正直に言いますと僕はそんな事はあまり気にしません。
 僕が元いた世界でコンビニおもてなしを経営していた際にも、そういう方々を何度も雇用させてもらいました。
 
 個人の趣向は人ぞれぞれです。
 大事なのは、お仕事をしっかりしてくれるかどうかですからね。
 その点、ブリリアンもメイデンも仕事をしっかりこなしてくれていますので問題ないと思っています。

 で

 そんな2人を前にいたしまして、
「……というわけで、ブリリアンには魔王ビナスさんが復帰するまでの間、本店のレジ作業と新人教育係を補佐してもらいたいんだ」
「事態を把握しました。そういうことでしたらこのブリリアン、全力で仕事に当たらせていただきますわ」
 僕の言葉に、ブリリアンは快く頷いてくれました。

 本来ですと、メイデンにもレジ作業を手伝ってほしいところなのですが、彼女の場合気合いが入るとすぐにネガティブ暴走する悪癖がありますので……
「わかりましたわ店長様、このメイデンは愛するブリリアン様のお役に立てますように、亀甲縛り姿で背後から応援させていただけばよろしいですか? それとも鋼鉄の処女に自ら入りまして……」

 うん

 いくら僕がいろいろ理解があるといいましても、お客さんがドン引きするような内容まで許可することは出来ませんので、メイデンにはスアの使い魔の森に行ってもらいましてタルトス爺達の作業を魔法で補佐してもらうことに相成りました。

 ブリリアン曰く

「2人で視察している際は普通なのですが……魔法で測量してくれたり、街の人々の流れをマップ化してくれたり……」
 とのことだそうですので……まぁ、メイデンにはブリリアンが店舗検討作業に戻り次第、そちらの業務に戻って頑張ってもらおうと思います。

◇◇

 翌日……

「店長さんおはようございます!」
 厨房で今日の調理作業を行っていますと、転移ドアをくぐってオトの街のラテスさんがやってきました。

 今日は、ラテスさんがヨーコさんと一緒にやっています
『テマリコッタスイーツ』
 の、納品日なんです。

 ラミア特有の長い尻尾が厨房で邪魔にならないように、入り口方面へそれを流しているラテスさん。
「店長さん、はい、今回の分です。ヨーコさんとテマリコッタちゃんと3人ですっごく張り切ってつくったんですよ」
 ラテスさんは笑顔で胸をはっておられます。

 そのお言葉通り、魔法袋の中にはかなりたくさんのロールケーキが入っていました。
 その1つを取り出して見ますと、ナイロンのような紙で包まれています。
 どうやら、ロールケーキ1つ1つがこのナイロンのような紙で包んであるみたいですね。

 その真ん中に、テマリコッタちゃんの顔のイラストが印刷されたシールが貼ってあります。
 その絵の下側には「テマリコッタスイーツ」の文字も入っています。

「このシール、可愛いね」
「でしょう? ヨーコさんがね、テマリコッタちゃんと2人で頑張ったのよ」
 ラテスさんは再度胸を張られました。
 
 そうなんですよね。
 ラテスさんはオトの街で、ヨーコさんとテマリコッタちゃんと一緒に楽しく「ラテスの食堂」を経営なさっているんです。
 充実しているからでしょう、なんかすっごく生き生きして見えます。

 ……あ、そうだ

 ここで、僕はあることに思い当たりました。

「あの、ラテスさん」
「はいはいなんでしょう店長さん?」
「あの……もしよかったらなんですけど、コンビニおもてなしの弁当作成作業を少し手伝ってはもらえないでしょうか?」

 ラテスさんには以前にも調理作業を何度かヘルプをしてもらったことがあるんです。
 ここで、魔王ビナスさんに料理の手ほどきを受けたりしたこともあります。

 ですので、ここの作業に精通なさっているわけです、はい。

「わかった店長さん! 私もお店があるから朝の早い時間しか無理だけど、それでもいいかな?」
「それで十分です、すごく助かります」
「わかった! じゃあ、お店に戻ったらヨーコさんにもお話しして見るね」
「はい、よろしくお願いいたします」
 ラテスさんの言葉に、僕は深々と頭を下げました。

 よかった……

 これでどうにか魔王ビナスさん不在の間の人員の目処がつきました。

「これで後は、みんなからの朗報が届くのを待つばかり……かな」
 ラテスさんを見送った僕はそんなことを考えていました。
「テトテ集落の皆さんか、ペリクドさんか、ルアか……ひょっとしたらビナスさんが皆さんをぶっちぎって最初に、なんてこともあるかも……」
 
 ……ん?

 気のせいでしょうか……誰かのことを忘れているような気が……

 僕が妙な違和感を感じていますと、
「店長ちゃん、チュンチュちゃん産まれたし!」
 4号店店長のクローコさんが笑顔で飛び込んでいきました。

「あ」

 その時、僕はやっと思い出しました。

 そうだ……今回の騒動の第一報って、チュンチュだった。

 なんか、後の皆さんのインパクトがでかすぎてすっかり忘れてしまっていた気が……

「そ、それはよかった、うん、本当によかった」
 僕は少しひきつった笑顔を浮かべながらクローコさんのめでたいダンスに付き合っていました。

 お詫びを兼ねて、少し豪華なお土産をもってお祝いにいこうと思っています。

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