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「なんか、めっちゃ疲れたんだけど」
「ね。これひとつで今日一日分の疲れって言っても過言じゃないよ」

 ぐったりと机に突っ伏している陽夏のもとに向かえば、彼女は生気の抜けた声で呟く。
同意すると、陽夏はゆらゆら、幽鬼のように立ち上がる。

「次、中庭だっけ?」
「うん。中庭ってどこだった?」

 荷物を背負う補助をしあいながら、地図の在処を記憶から探す。

「たしか、メインホール前に大きな地図があったはず」
「マジか。んじゃ、確認に行こうぜ」

 会議室を出て、向かう先はメインホール前。
しかし、メインホール前は人でごった返していた。

「あー……。戦闘実践? だっけ? ここでやってるっぽい」
「人の入れ替わりのためかぁ。ちょっと並ぶか」
「そだね」

 並んでいる間、私は陽夏とさっきのテストについて話す。

「メグはさっきどんな問題が出た?」
「白紙」
「んえ?」
「白紙だったの。なんか、浮き出るインクが使われていて、不可視の魔物を可視化するにはどうすれば? ってことを聞かれてた」
「メグはそっか」
「陽夏は?」
「岩の壁の写真がでんって置いててさ。この中で起こりうる危険性について分かるだけ書けって問題」
「落石注意とか?」
「そんなのの他にさ、よっく見ないと分かんないレベルの魔物が写ってたりしたんよ」
「テストは注意深さをうんぬん、みたいなこと言ってたよね」
「あー、最後の? そんなの、先に言えって話だよ」

 陽夏がぶー垂れている間に、列は前の方に来ていた。
大きな地図を見上げる。中庭へ出る扉は、非常階段の近くに設置されているようだ。

「場所分かったよ」
「よっしゃ行こ」

 整列の為されていない人混みを抜け、まばらに人の流れのある廊下を歩いていく。

「そろそろお昼だね。お腹空いた」
「昼飯出るって言ってっけど、次の実習、昼またぐくね?」
「案外野営食がお昼ご飯だったり……なんて、ないか」



「えー。では! この野営実習では講義の後、みなさんに、今日のお昼ご飯を作ってもらいます!」

 予想がドンピシャだった件について。

「お昼ご飯を作るのは予想以上に時間がかかる場合があるのでー。講義の方は手早くやっていきますね。まずはダンジョン内の野営において、拠点となるテントはこういうものがおすすめです!」

 そう言って指さされた場所にあるのは、ポールが二本と布一枚、ブルーシートが一枚。それから、何本かのペグにロープ、魔法陣の描かれた紙が一枚。

「これって、テントじゃなくてタープじゃ……」
「はい。タープですよ?」

 野営実習の講師、名前を宮野(みやの) 智花(ともか)と名乗った彼女は、講習生から上がった疑問に不思議そうな顔をして首傾げている。

「実際安全地帯で行うキャンプのように、扉があって壁があるテントを使うよりも、いざって時に逃げ出しやすい大きめの空間があるほうが、むしろ安全だったりするんですよー」
「あの、プライバシーは……」
「まー、特に女の子は気になりますよねっ。そんな時は、タープの入口に紐を渡して、ブルーシートやアルミシートをカーテンのように掛けて人目を遮断するといいでしょうー。持って行けるなら布でもいいですよ!」

 宮野さんは恐る恐るの疑問にきゃぴきゃぴと答える。
そんな彼女の様子に安心をしたのか、他の女性からも手が上がる。

「窃盗や強盗に遭ったりしないでしょうか。その、暴漢にも……」
「そのためのこの魔法陣ですよ! これは魔法陣に登録されている人以外、その敷地内に侵入することができない命令を込めた魔法陣になりますー。ダンジョンアウトドアショップに売っていますよっ。まあ、少々お高いのですが……」
「それは魔物も防げるのですか?」
「これは無理ですが、魔物除けの魔法陣もありますよ! それを展開するだけで一部を除いてどんな場所でも安全地帯に早変わり! なスグレモノですぅ! ……やっぱり、めちゃくちゃ高いんですがぁ」

 彼女は他に質問者がいないことを確認し、では! と手をひとつ叩く。

「ここに材料はありますので、ひとり、ひとつ、テントを張ってください! 分からない人には教えに行きますので、遠慮なく手を挙げてくださいねぇ」

 宮野さんの号令で、ひとり、またひとりとテントの材料を取りに行く。
漏れなく私も取りに行き、陽夏の隣に陣取る。

「えーと、多分、この穴にポールを刺して立てるんだと思うけど……」

 布にはハトメのかかっている大きめの穴がふたつ、きっと紐を通すのであろう布でできたタグのような穴が四か所ある。
それは理解できるが、ポールは自立する物ではなく、ただの棒。
それを二箇所も立てるとなると、ひとりでは中々に大変な作業だった。

(絶対これひとりで立てる用じゃないよ!)

 周囲を見渡すと、私のように苦戦している人たちがいる中で、立て終わり、悠々と他を見学している人もいる。
一体どんな裏技を使ったのか。
私は早々に諦めて、宮野さんを呼んだ。

「はいはーい。どこが分かりませんかー?」
「なんでみなさん一人で立てられるんですか?」

 宮野さんに泣きつくと、彼女はひとりで頷いている。

「彼らはきっと、普段からキャンプしている人なのでしょうねー。想像ですがー」

 慣れている人と慣れていない人の違いだと、彼女は暗にほのめかす。

「では、タープを一人で立てる方法を教えますねー」

 彼女に教えてもらったことは、先に二箇所紐を固定して、それからポールを立てるやり方。
一本立てて様子を見ながら紐を締め、もう一本立ててまた紐を締める。
そうして残った二箇所の紐を固定して完成らしい。

 それを教えてもらっている間、宮野さんは口は出すけど手は一切出してこなかった。
私がやらないと意味がないということらしい。納得。

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