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2-3

「ダンジョン理論の講習を行う。席に着いていないやつは早く着席しろ」

 会議室に着いてすぐ、私たちのすぐ後ろから入ってきた男性がそう急かす。
神経質そうな男性で、第一印象では真面目な印象を受ける。

「ダンジョン理論講師の飯沼だ。筆記用具を出して、机の上にある教科書の二ページ目を開け」

 命令口調でぶっきらぼうに言い放つ飯沼さんに従い、教科書を開く。
思うところがないわけではないが、教師の中にもこんな態度の人はいることだし、特に目くじらを立てるほどでもない、と思い流す。

「飯沼サン? んな命令口調で言われると、俺らやる気無くすんだけど?」

 しかしそうは思わない人がいることも事実のようで。
私の斜め後ろに頬杖をついて座っている男の子が、野次を入れるようにぶー垂れる。
 しかし飯沼さんは、彼に冷めた視線を向け、無言で入口の扉を指さした。

「こちらの態度が気に食わないのなら、すぐにそこから出て帰るといい」
「はぁ?!」
「既にダンジョン理論の講習は始まっている。キサマはダンジョンの中で敬語を言い交わす無駄な時間をお望みか?」

 飯沼さんは僅かに首を傾げる。
しかし可愛らしいとも思えないほどに、彼の視線は室内の温度を下げているかのように冷たい。

「行け、戻れ、やれ。たしかに命令口調だな。だが、行ってください、戻ってきてください、それをしてくれませんか? ……非常に無駄だ。その無駄な数秒で命が救えることもある。ダンジョン内において、丁寧な言葉を使えるときは安全地帯のみと心得よ」

 彼はそのまま入口の扉を開け放つ。そして、先ほど文句を言った男の子に向けて促した。

「ダンジョンの中で丁寧さを求めるお客様気質のやつは、入らないことを強く勧める」

 彼は唇を噛んだ。
飯沼さんは駄目押しの一言で畳みかけた。

「そういうやつこそ、死にやすい」

 もう一度、首を傾げる飯沼さん。

「どうした。死にに行くのがお好みか」
「……すみ、ません、でした」

 男の子は頭を下げる。
悔しそうな声色で、しかし席を離れることはしなかった。
飯沼さんは扉を閉める。

「では、教科書の一行目から」

 彼は何事もなかったかのように講義を始める。
室内の戸惑ったような空気は、誰にも指摘はされなかった。




「では、休憩の後テストを行う。各自、教科書を見て復習をしているように」

 飯沼さんが室内から出て行く。
一気に空気が弛緩した。

「っはあぁ……。緊張したぁ」
「んね。だけどさ、これ以上の緊張感がダンジョン中だと必要ってわけじゃん? 多分、これも勉強の一環ってやつじゃね?」
「そうだね。思っていた何倍も、ダンジョンの中だと気が休まらないみたいだし……」
「ずっとピリピリしてろって訳じゃないらしいけどさ。腹減ったり疲れてたり、それでもまだ休めないってなると、ピリピリすんのもしゃあないって感じ」

 ダンジョン理論では、代表的な魔物の種類、ポーションの活用方法。ダンジョンに入るための手続きの方法や、事前準備のこと。
それから効果的な役割分担やフォーメーションなどの他、探索でかかるストレスのことを教えられた。

 気をうっかり抜いてしまえば死ぬ。気を抜かなくても死ぬときは死ぬ。
そんな世界で、命を繋ぐために魔物の命を奪うこと。気軽な会話も早々できず、周囲に常に気を配っていなければいけないこと。
それは精神的に強い負担を与える。そのようなことを書かれていた。

「これ、ペーパ―テストだって言うけど。どんな感じで出てくるのか皆目見当もつかないよ……」
「写真の魔物の名前を答えろーとかならいいけどね」
「はー、こわい」

 机に突っ伏していると、休憩と指示された時間が過ぎる。
入口の扉が開けられ、分厚い紙の束を持った飯沼さんが戻ってきた。

「テストを行う。各自、机に戻れ」

 号令に、まだ机に戻っていなかった人たちは慌てて戻る。

「んじゃ、また後で」
「うん」

 陽夏もそのひとりで、そそくさと前の席に戻っていった。

「ではテストを配るが、先に近隣の席の回答を覗き見るカンニングは意味がないことを伝えておこう」

 飯沼さんの言葉に内心で首を傾げる。
そういったものを防止する道具があるとか、そういうことだろうか?
そんな疑問を見透かしたかのように、飯沼さんは答える。

「各自、それぞれ全く問題の違う用紙を配るからな。また、問題用紙は回収時、誰がどの問題用紙を取ったか分かるように控えさせてもらう。名前を変えるなどの不正もできないようになっているから、心するように」

 きっと過去に何回か似た事例があったのだろう。
そんなことをする人は少数派だと信じたいところだ。

「用紙を配った時に教科書は回収する。持ち出しは不可だ。では用紙を配る」

 飯沼さん自らテスト用紙を配っている。
私の順番で、教科書と引き換えにテスト用紙をもらった。
冊子のように袋綴じされているそれを机の上に置いた。

「行き渡ったか? もらっていないやつは手を挙げろ。……いないようだな。以降、無いと申告されても渡しにはいかない。時間は三十分。では始めろ」

 合図とともに袋とじの冊子を破る。

「……?!」

 中身を見た瞬間、受かる気がしないと思ってしまった。

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