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2-1

 夢を見た。
恐ろしくて、哀しくて、やりきれない、そんな切ない夢。
実際に会ったことなのか、私の脳味噌が作り出した幻覚なのか。
まるで、遠い昔に起こった事実を反映しているような、そんな懐かしさも感じた。

 その夢は、朝日の中に溶けて消えた。




「起きて。起きなさい、恵美」
「んぅ~?」

 少し怒ったような声色の姉の声。
布団を引きはがされ、夢の世界から強制的に引き戻される。

「んんーっ、おねえちゃん、なぁに……」
「なぁにじゃないでしょ! 今日は探索者試験だって言ったじゃない」

 探索者試験。
試験。

「ああっ!! 探索者試験!」
「そう言っているでしょー、もう」
「おねえちゃん、今何時?!」

 姉は時計を無言で指さす。
それを見て、私の顔から血の気が引いた。

「ちなみに、陽夏ちゃんはもう来ているわよ」
「やっば……ギリギリだー!!」

 急いでクローゼットから服を出す。
昨日準備していたリュックサックの中には、河野さんのお店で買ったダガーも一緒にしまわれている。

「おねえちゃん、私今日朝ご飯要らない!」
「丸一日あるのよ。食べていった方がいいわ」
「でもごめん! 私のせいだけど、電車の時間が」
「カナタさーん。とりあえずウチ、吸うタイプのゼリー持ってるし、これ飲んでいけば凌げるぜぃ」
「陽夏ぅ!」

 救世主!
両手を合わせて祈ると、陽夏に小突かれた。

「いつもありがとうね、陽夏ちゃん」
「いえいえ、こんぐらいはね? メグはさっさと靴を履く!」
「はいっ!」
「ガンダで行きゃ間に合う! カナタさん、行ってきます!」
「行ってきます、おねえちゃん!」
「ふたりとも、気を付けるのよ」

 心配そうな姉に見送られ、家を出る。
ガンダで行きゃ間に合うと言った陽夏の宣言通り、私と陽夏は駅まで猛ダッシュで向かう。

「ちょっと待ってその電車乗りまーす!!」

 ICカードで運賃を支払い、駆け込み乗車で飛び乗った電車は、息を整える私たちを乗せて走り出す。
肩を上下させ、荒く息を吐く。
そうして息が整いきると、陽夏の低い声が届いた。

「メグ、今度から目覚まし、三つはセットしとけ?」
「はい……。ごめんなさい」

 休日の、朝も早めの電車には、それほど人は乗っていない。
強いて言えば、私たちと同じ目的だと察せられる格好の、高校生くらいの人たちが数人、乗っているくらいだった。

「……座ろうぜ」
「そう、しよ……」

 口の端から漏れる息は誤魔化しきれない。
まだ落ち着きを見せない心臓を静まらせるため、私たちは空いている席に座った。

「メグ―。忘れもんはない?」
「大丈夫……。準備だけは昨日のうちにした」
「それ、大正解ー」

 陽夏が走っている間肩に提げていた剣道で使うような細長い袋には、この間買った杖を入れてあるのだという。

「メグはどこに?」
「リュックの中にそのまんま」
「それ、大丈夫なん?」
「だって、店で説明あるって協会で聞いたけど、お店で説明されなかったから……このままでもいいのかなって」
「刃物だし、まずくね?」
「やっぱりそう思う?」
「てか、あの店の店員はそもそも態度に問題ありっしょ。まともに教えてもらえない環境だったじゃん?」

 陽夏の言葉に、急に怖くなってきた。

「今日、会場行くし、そん時に聞こうぜ」
「そうだね。協会の受付の人、来てくれているといいなぁ……」

 できれば私を担当してくれた人がいい。
あの人が、お店の人が教えてくれるでしょうって言ったんだから。

 責任転嫁と言われても仕方のない思考回路で、私は電車が目的の駅に着くのを待った。

「とりま、先渡しとくわ」
「え、何を?」
「ゼリー。朝飯の代わりにしてちょ」

 渡されたのはパウチのゼリー、ブドウ味。
オーソドックスなやつだ。

「電車で食べるのはまずいよね」
「うん。まずいと思う」

 急に空腹を訴えてきたお腹を抱え、私は目的の駅に早く着くことを切に願った。

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