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「……はい、ちょうどお預かりしますね」

 更衣室で脱いだ装備は、秋さんの手によって丁寧に畳まれ、紙袋の中へしまわれていく。
店長がアレだと、店員さんはしっかりした人が付いてくる法則があるのかな、なんて思って視線を上に上げると、嫌でも目に入って来る工事用のヘルメット。

 私は河野さんに提示された金額をそっくりそのまま支払い、秋さんが商品を包み終えるのを待っていた。
レジに近くなれば、普通の洋服と言われても不思議ではない形状の装備が増えてくるのに、なぜ店頭にはあんなにキワモノが見せびらかされているのだろう。
 威嚇用? ある意味で入り辛くはある。

「先ほどは店長がすいませんでした」

 紙袋を手渡しつつ、秋さんはそう言って頭を下げる。
受け取りながら、わたしは首を振る。

「いえ、ちょっと……大分変わっている人だとは思いますけど……」
「おっしゃる通りで」
「でも、あんなテンションでも、不思議と嫌な感じはしなかったんですよ」

 不思議ですね。なんて首を傾げると、秋さんも笑ってくれた。

「店長、我が道を突き進んでいるので可笑しな言動が多いのですが、人に好かれやすいんですよ。そういう宿命でもあるのかもしれないですね」
「そういう人、たまにいるみたいですね。おねえちゃんも言ってました」
「ええ。店長はあんなのですが、でもデザイナーとしてはわたしは尊敬しているんです」
「そうなんですか」

 軽く目を見開く。
秋さんは、にっこりと笑って答えてくれる。

「はい。たしかに店長はあんなので、接客には人を選ぶと思われがちですが。装備のデザインはよく考えておられますし、質も高いです。実際、盗賊ジョブの方々に長く愛用され続けている実績もございます」
「分かります。勧めてくれた装備、とても軽くて着やすいです。それに細かい工夫とか気遣いとか、そういうの、着たら分かりました」
「この店を愛用してくれるみなさん、そう言ってくれます。わたしは店長のデザインや理念に惹かれて、ここで働いているのです。店長はあんなのですが」

 河野さん。ひどい言われようである。

「まあ、趣味に走って可笑しな見た目の装備が多いのも、確かなんですが……」

 秋さんは、困ったような視線を店頭に向ける。
それだけで、なんのことを言っているのか把握できてしまった。

「あのやたらと店頭に目立つビキニアーマーは」
「店長の作品と意向ですね」
「なんであんなに露出面積が多いのかは」
「店長曰く、エロいから。だそうです」
「でしょうね」

 河野さんは女性の露出部にこれ以上ないほどの力を入れている気がしてしょうがない。

「まあ、ビキニアーマー自体、外見に自信のある方か、テレビに露出している方か。そうでなければイロモノ枠で活動をされている方が主に買っていかれるのですが」
「イロモノ枠?」
「はい。なんといいますか、奇抜な格好をして注目を集めている、そんな方ですね」
「すぐに怪我して帰って来そうなんですが……」
「ですが、そういう奇抜な格好ほど、意外と性能の高いものが出ているのですよ……。開発者の力の入れようが違います」
「河野さんみたいな人って……結構多いんですね……」

 秋さんは眉を下げ、困ったような笑みを浮かべている。

「この業界は、工場規格物と職人制作物に分かれていて、工場ですと安定した材料を長期間に渡って得ることができるのは、どうしても資金力のあるところに限られてしまうのですね。なので、職人が個人で作っているものが幅を利かせているのが現状で……。そのためどうしても、職人の趣味が反映されてしまうものが多いのですよ」
「職人さんって変わり者が多いんですね」
「そうですね」
「でも、結構短い期間で有名な職人さんって現れるものなんですね」

 陽夏の杖を買ったところ然り、この店然り。
ダンジョンが現れて、たったの三年で名を馳せる職人さんが大勢いる。
もしかすると、彼らはずっと適性のない職種に居座って、燻り続けていたのかもしれない。
そういう人が、多かったのかもしれない。

「そうですね。でも、このくらいの期間であれば妥当だと思いますね」
「そうですか?」
「はい。自身の能力なんて、ダンジョンが現れなかったら可視化できていませんでしたから。自分の才能さえも分からずに、凡人に徹していた人なんてごまんといますよ」

 きっと、店長もそのひとりです。
秋さんはどこかに思いを馳せながら、頭を下げる。

「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしています」

 その言葉に見送られ、陽夏の待つ店外へ出ようと背を向ける。
ふと、どうしても聞きたいことができてしまった。
私は秋さんの方へ顔を向けた。

「どうして、ずっとヘルメットを被っているのか聞いても?」
「いざ、地震や災害が起きた時に守れるじゃないですか」

 私はこの言葉以外、思いつかなかった。
類友。

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