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「またのご来店をお待ちしております」
「おーう、また来るぜぃ」
「色々、お話してくれてありがとうございました!」

 意気揚々と店を後にする陽夏の手には、杖の入った細長い木箱と、それが入る大きめの紙袋。
それがガサガサ音を立てて、彼女の手元で揺れている。

「陽夏、このフロアで装備買わなくっていいの?」
「んーとね、実はさ、もう買いたいものは決めてんだぁ」
「え、どこの?」
「ないしょー」

 はにかみながらはぐらかす陽夏。
私はもー。なんて言いながら、笑い声を上げる。

「今日買う?」
「買う予定ー」
「買ったら見せてよ」
「もちもちー」

 そんな会話をしながらエレベーターへと向かう。

「先に陽夏の買いに行く?」
「メグの先にしようぜぃ」
「おっけー。盗賊(シーフ)の用品は……。え、なんかよく見たらワンフロアにまとまっていないんだけど」
「おー、ほんとだ。武器はこの下で、装備は二階か。いーよ、先、メグの全部揃えよ」
「陽夏がいいなら、それでいいけど……」

 乗り込んだエレベータで、一階下のボタンを押す。
間もなく軽快な音と共に開いた扉の先は、ワンフロア全体が魔法使い用のショップで埋め尽くされた上の階とは違って、多種多様な内装の、正しくショッピングモールのような雰囲気を醸し出している。

 その中のワンスペースに、盗賊用の武器専門店が位置している。
物々しい雰囲気は全くなく、キャンプ用品などのアウトドア専門店のような門構えをしている。

「いらっしゃいませ! 何をお探しでしょうか?!」

 一歩店内に足を踏み入れると同時に声をかけてくる女性の店員さん。
彼女は真っ赤なルージュを引いた唇を吊り上げ、お手本のような笑顔を浮かべている。

「あ、えと、盗賊用の武器を探していて……」
「なるほど! それではこちらのダガーはいかがでしょうか!」

 ぱっと俊敏な動きで持ってきたそのダガーという武器は、刃渡り十センチほどの刃物。
ナイフのような形状ではなく、どちらかといえば剣士の使う長剣をうんと短くしたような、そんな形状。
手持ちはやや細く、握ることはできるが指が余ってしまうそれは、鉄でできているためか重厚感がある。
鞘や手持ちには煌びやかな装飾が施され、パッと見ても高価に見えるそれを、まるで押し付けるように捲し立ててくる店員さんに、たじろいでしまう。

「あの、これは……」
「こちらはかの有名なナイフ職人である、スミス・マックリーが手掛けた品のひとつで、見た目の華やかさ、重厚感、そして使われている素材共に一流品! 今やプレミアもついているほど人気の商品なのですよ! 本当であれば五十万ほどかかるのですが、負けに負けて二十万! 二十万円でお譲りします!」
「いえ、だから……」
「なんと、二十万では嫌だと! それでは我が店オリジナルの盾もお付けして……十八万! これ以上は負かりません!」

 私が目を白黒させているうちに、なんと盾までおまけされていた。
これは流れに押し負けて買わされそうだと察知するも、まるで機関銃のように捲し立ててくる店員さんの言葉に、私の言葉を滑り込ませる余地が見つからない。
私と一緒に店に入った陽夏も、これには割り込みようがなかったのか、口を噤んでしまっている。

「あ、あの!」
「アホか。これはコレクション用のアートナイフだ。見た目がいいからコレクションには向いてるが、実践に使える代物じゃない」

 機関銃トークを繰り広げる店員さんの言葉を止めたのは、冷ややかな男性の声。
声の主は私の横に立ち、おすすめされていたダガーを無遠慮に突き返す。

「なんですかぁ? あなた、営業妨害ですよぉ?」
「来い」

 白けた目を向ける店員さんを華麗に無視し、彼は店の奥に向かっていく。
二、三度、彼と店員さんの間に視線を彷徨わせ、そして陽夏の顔を見る。
陽夏が大丈夫、と言う風に頷いたから、私は彼の後を小走りで着いて行く。

「アンタ、盗賊だろ? 武器買うのは初めてか?」
「は、はい」
「そうか。なら、どんなスタイルにするかも決めてないんだな?」

 彼はこちらを一瞥もすることなく、棚の下の方にあるナイフを物色している。
おそらく、工場製の量販品。
盗賊の使う武器で、初心者がよく使うものとしてテレビに取り上げられたこともある品だった。

「戦うスタイルはまだ、分からないんですけど……。薬草とか、採取をしたいとは思っていて」
「採取か。盗賊の中でも収集(コレクター)型だな。それならこっちだ」

 さっさと立ち上がった彼はそう言って、レジ前のガラスケースの所へと向かっていく。
慌てて追いかけると、彼はガラスケースの前で立ち止まる。
尤も、視線はガラスケースの中ではなく、その脇の壁に掛けられている短剣に行っていたが。

「このダガーがいい。普通に比べれば大きめだが、多少乱雑に扱ったとしても壊れない。丈夫だ」

 壁からそのダガーを取り外した彼は、私に手渡してくる。
刃渡りが三十センチほど、革の鞘に収まるそれは、先ほど店員さんにお勧めされたものよりも、もっとずっしりとしている。

「薬草や木の蔓なんかも切れるし、木の皮も剥げる。木を切ったり薪を作ったりするのには少々てこずるが、できないこともない。何より、魔物と相対しても、戦える切れ味もある」

 飾りっ気の全くないシンプルなダガー。
手持ちも黒ければ、刃も黒い。それになんとも、心惹かれてしょうがない。

「それと、素材が浅い階層で手に入る扱いやすいものを使っているのもいい。仮に壊れても、腕に覚えのある職人ならだれにでも直せるし、素材も安い。自分でも比較的簡単に取りに行ける」

 私はダガーに付いている値札を見る。
税抜三万円。
私は即行で買うことを決めた。

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