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「あの、ひとつ聞きたいんですけど」
「はい、なんでしょう」
「そこにある本って」

 私はさっきから気になってしょうがない、鎖でぐるぐる巻きの本を指さして問う。
彼はああ、あれですか。と呟き、訳知り顔で声を低くして答えてくる。

「あれは、実は呪われた魔術書なんですよ……」
「呪われた……魔術書……?」

 静かに、そして秘め事を告白するかのように低く話すものだから、つられて私も囁き声で返してしまう。

「はい。あれは一度手に取った魔法使いに呪いを運ぶのです……。実際、彼を手にした人々はダンジョンの中で死んでしまったり、大けがを負ってしまうなんてことも起こっておりまして……」
「そんなの、持っている人たちみんな手放すじゃないですか……」
「はい。実はそうなのですが、非常に厄介なことに……彼は一度持ち主になった魔法使いにひどく執着する性質がありましてね……」
「と、言うと……?」
「捨てても捨てても手元に戻ってくるのです……。山に捨てようが、海に投げようが、外国へ放っておこうが、燃やそうが……。どこまでも、いつまでも追って来るのです……」
「ひぃっ」
「そのため、わたくしはああやって、魔力封じの鎖を用い、動かないようにしているのです……」
「いや、怖い、怖いです!」
「……というお話は冗談であります」
「へ?」

 彼は悪戯が成功した少年のような笑みを浮かべ、弾んだ声で冗談だという。

「いえ、あれは単なるディスプレイなのですが、モチーフと言いますか、ありもしない逸話を付けたら面白いのではないかと。そういう意図ですね」
「び、びっくりしたぁ……。なにも怪談話を付けなくってもいいじゃないですかぁ……」

 驚いて腰を抜かしかけている私に、彼はですが。と表情を引き締めて話しかける。

「今の話は作り話ですが、実際ダンジョンに入った人々の内、油断したり準備を怠ったものは、大けがをして戻ってきたり、あるいは亡くなられて戻ってこなかったりもします。今の話は、そういう戒めも込めて作らせていただきました」

 それはまるで諭すような物言いで。

「気を付けます」
「はい。そうしてください。そしてまた、おふたりで元気な姿を見せに来てください」

 自然と身の引き締まる思いがした。
そう言ってくれる彼に感謝を込め、私はそっと頭を下げた。

「すいませーん、これ、持ってみることってできるー? ……なんで頭下げてんの?」
「陽夏っ!」
「お、おう?!」
「油断しないで頑張ろうね!」
「お、おー! 何言われたん?」

 終始不思議そうな表情の陽夏と私を穏やかな表情を崩さずに見守る彼は、陽夏が指さした杖の方に向かっていく。

「こちらでよろしいですか?」
「そう、それー」

 陽夏が持つにはやや太めに見えるそれを、彼は軽々と取り外して見せる。
陽夏はそれを両手で持ち上げた。

「トレント種の杖になりますね。トレントの中でも、ダークトレントという種類の素材から作られたものになります」
「んー、なんかちょっと重い?」
「はい、そちらは魔法使いの中でも男性向けに作られているものになりますので……。両手で持つ分には、女性でも使えるのですが、あまりお勧めはしません」
「だよねー。デザイン好きだったんだけどなぁ」

 残念そうな陽夏の持っている杖は、太めで武骨。色もダークブラウンと言えば聞こえはいいが、端的に言えば暗い。
店内には、ぱっと見で華やかだと分かるほど色味の明るいものや、宝石のようなものをたくさん埋め込んだ派手なものもある。
他にも、数は少ないけれど水晶や、鎖でぐるぐる巻きにされていない革張りの本などもある中で、よく言えば武骨、悪く言えば地味なその杖を陽夏が好んだことが意外だった。

「メグ、どした?」
「いや、意外だっただけ」
「そかな?」
「だって、陽夏やたらデコるの好きだったじゃん。ポーチとか」

 陽夏はカバンの中のポーチを見て、ああ。と納得したように頷く。

「デコんの好きだよ。だから、元は飾られていないのがいいじゃん」

 今度は私がああ。と言う番だった。

「杖もデコる感じ?」
「ん。ラインストーンとかもいいけど、魔石とか手に入ったら、それ使うのもよくない?」
「あり。なんか、どういう感じになるか想像もつかないんだけど」
「だよねー。ウチもそう思う」

 私たちのそんな会話を聞いた店員さんは、「それでしたら」と、店の裏に引っ込んでいく。
しばらくして戻ってきた彼の手には、一本の杖が握られている。

「ハマドライアドというモンスターから作られた杖になります。わたくしは染まる杖と呼んでいるのですが、持ち主の性格、性質、後付けされた魔石や、それから使う魔法によって、性質や見た目が変化していく杖になります」

 先ほどのダークトレントの杖よりも明るい色をしたその杖は、ただの一本の棒に見える。
しかし、何者にも染まっていないその色は、デコレーションが非常に映えそうでもある。
 陽夏はその杖を手に取り、片手で握る。そして数回、軽く振ってみている。

「いーじゃん、これ。おにーさん、これ、いくら?」
「はい。ハマドライアド自体、深い階層に生息するモンスターですので、本来であれば二十万はくだらない品なのですが……」
「二十かー。……どうしよ」
「ですが、この杖は五万で販売させていただきます」
「えっ、一気に下がったんだけど?!」

 いきなりの大幅値下げに構えてしまう。
私でもそうなのだから、陽夏はもっと構えたことだろう。
その証拠に、警戒する猫のように受け答えに慎重になっている。

「ちな、なんでそんな安いん?」
「はい、ここにある杖は、杖専門のメーカーが手掛ける量販品ではなく、一品一品が有名な杖生産の職人によって作られたものなのです。そのため、量販品よりも高価になっているのですが」

 彼はそこで一度区切り、杖に視線を向ける。
それはどこか、慈愛を含んだ眼差しに見えてしょうがない。

「これは、無名の新人が初めて手掛けた品になります。証拠に、切り口は乱雑、長さも不揃い。磨きは甘く、意匠も凝らされていないただの杖。到底、店頭に出せるものではありませんし、お金を頂けたとしても、材料費分でも申し訳ない出来です」

 ですが。彼はそう続ける。

「一度でも、見ていただきたかった。わたくしのただのエゴにございます」

 わたくしのわがままに巻き込んでしまい、申し訳ありません。
そう言って深々と頭を下げる彼の前で、陽夏は考え込む素振りを見せている。

「……ん。きーめた。おにーさん、これちょうだい」

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