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1-5

 高校二年、一学期の終わり。
終業式はつつがなく終了し、夏休みの始まりに生徒は浮足立っている。
 さらに私たち二年生は、この高校生活の境目に、私たちにとって重要ともいえるイベントを控え、そわそわ、わくわくする胸の内を隠せないでいる。

「二年生の皆さんは体育館に残ってください。一年生と三年生は各自教室に戻り、担任の先生の指示に従ってください」

 体育館内のステージ脇にあるスピーカーから、教師のアナウンスが聞こえてくる。
そのアナウンスに従い、一組ごとに一年生、そして三年生の集団が移動を開始する。
やがて体育館の中央に座る、私たち二年生だけが残された。

「え、えー。二年生の皆さん、それぞれ担任の先生方からは聞いていると思いますが、今日は適正職業(ジョブ)検査を行います。今から注意事項と、ジョブが判明した後のことをお話しますので、しっかり聞いて覚えてください」

 そう語るのは、二年生の学年主任。
最近髪の毛の存在感が薄くなった彼は、今にも光りそうな頭部とマイクを抱え、何枚かの紙に目を遣る。
 彼の背後では何人かの教師が協力して、移動式のカーテンレールを並べ、個室のような空間を作っている。
見た感じ、個室は三つ。

「まず注意事項です。検査を行う時は、検査官の言うことをよく聞いて、指示に従ってください。指示に従えない場合、ジョブが判明しないことがあります」

 これは去年、初めて検査を行った時にもよくあったトラブルらしい。
わざと検査官を困らせるような不届き者はその後、警備員さんなどの屈強な存在に見張られ……見守られながら検査をし直したのだとか。

「次に、ジョブが判明した後のことをいくつかお話します。まず、ジョブの開示は義務ではありません。検査官はデータとして保管するために情報を持ち帰りますが、皆さんがジョブを話すのも話さないのも、皆さん自身の自由です」

 なので、ジョブを話せと誰かに強要されたのならば、強要した人は罪に問われる場合があります。
学年主任は紙を一枚捲る。

「また、ジョブには大きく分けて二種類あり、ダンジョンに入ることのできるジョブと、そうでないジョブがあります」

 社会の授業でも取り扱っていた話題だ。
俗称として、ダンジョンに入ることのできるジョブは戦闘職、そうでないジョブは生産職と分けて呼ばれていると教えてもらった。

「入ることのできるジョブの人は、今日からでも探索者資格試験に挑戦することができますが、高校を卒業するまでは一定の規定をクリアした先輩探索者に引率してもらう必要があります」

 挑戦できるダンジョンの場所と最大階数も決まっていますが、これは探索者資格を得た後の講習で教えてもらえます。
学年主任は次に。ともう一枚紙を捲る。

「ダンジョンに入ることのできないジョブの人ですが、これはそのジョブに合った職場で働くことが可能になります。学校の規定上、待遇はアルバイトで働くことになります」

 学年主任はそれと。と言葉を続ける。

「どのジョブであっても、そのジョブを生かす、生かさないはみなさんの自由になります。しかし、皆さんの本分は勉強です。ダンジョンに潜っていた、ジョブの修業が楽しくて勉学が疎かになっていた等の理由で成績がボーダーラインを下回った場合、補講などの措置を取らせてもらう場合があります。その間のアルバイトや探索者業は一切禁止しますので、成績を落とさないよう、勉学に励んでください」

 伝えることは伝えきった。そんな態度で、学年主任の息を吐く音がマイクを通じてスピーカーで拡散される。

 先ほど作られていたカーテンの個室の中に、パソコンのような機械や、石板のようなものが、それぞれの個室に運び込まれていく。
その中に、生真面目そうなスーツの三人組が入っていった。

「検査を始めていきます。一組の一番の人から順番に、カーテンの中に入ってください。三人同時に検査をしますので、一番から三番の人たちは入ってください」

 準備が整ったのか、一組の最前列から三番目までの人が個室の中へ入っていく。
周囲から見える視覚的情報を一切シャットダウンしているあたり、ジョブは個人情報の一部に数えられるのだと、再認識した。

「ありがとうございましたー」

 時間にして二分くらい。
始めに入った一組の一番くんは、個室から出てきた。
なにやら、プリントらしきものを手に握っては、今にもスキップしそうなほどに、歩き方が弾んでいる。

「次、四番の人」
「はーい」

 時間が経つにつれ、着実に列は進んでいく。
検査が終わった人は担任の指示で、すでに教室に戻っている。
後に残されている人たちは、ひたすら暇に耐えるしかない。

「暇だ」
「そうだね」

 同じ斎藤の苗字を持つ、番号が一番違いの友人と、暇だ暇だと言って暇を潰す。

「携帯許可してくれればよかったのに」
「わかる」

 陽夏は同じ三組のクラスだが、私は斎藤の十八番、陽夏は相原の二番で、話そうにも座っている位置が遠い。

「まー、今、二組の最後の人が入ってったから、もう少しだよ」
「やっとかぁ。長かった」

 陽夏が入っていった。
今までと同じく、おおよそ二分くらいで個室を出され、手には印刷されたプリントらしきものを握っている。
しかし、陽夏の表情は曇っている。

(陽夏?)

 私が疑問に思っている間に、陽夏は教師の指示に従い、教室へと戻っていった。

(陽夏のあの顔、よっぽど嫌なジョブでも出たのかな)
「あ、次恵美だよ。行ってらっしゃい」

 陽夏の表情に思考を巡らせる暇もないまま、あっという間に順番だと呼ばれる。

「うん、行ってくる」

 一度、陽夏の表情のことを頭の隅に追いやって、私はカーテンの隙間から個室に滑り込んだ。

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