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1-1

 ジンジャー ライム ストロベリー
 レモンにザクロ サクランボ
 あまいお砂糖 溶け込んで
 魔法のシロップ 作りましょう




 世界にダンジョンが出現した。
三年前発表された一大ニュースは、お昼のラジオから、夕方のワイドショーから、深夜更新のネットニュース記事から、そして人から人へ、瞬く間に伝え広がった。

 発表当初は各国で混乱が起きたものだが、人は慣れるもの。
時間が経てば、はて、そんなことありましたか? なんてすっとぼけた顔で、その変化を受け入れ、日常生活を営んでいる。

 そうはいえど、受け入れた変化は、日常を元通りに戻してはくれない。
興味本位でダンジョンに入った、武道の心得もなければ武器を扱ったことすらない一般人が死んだ事実は覆らない。
ダンジョンから這い出てきた魔物が、人を襲った事実も覆らない。
ダンジョンに対応するために作られた新しい職業、『探索者』と呼ばれる人たちが活躍している事実も覆らない。
 そして、社会を回すうえで就く職業とはまた別の、もっと違う概念である、魂に刻まれた『適正職業(ジョブ)』なんてものが可視化された事実もまた、覆らないものとなっている。



「はい、これがホームルーム最後のお知らせになります。耳を澄まして聞いていてくださいねぇ」

 外で暑苦しく鳴き喚くセミの声に眉を顰め、壊れかけのエアコンの音を聞く。
八月も間近に控えた今日。明日が終業式ということもあってか、浮足立つクラスの空気を嗜めるように、担任の安井 美佐子先生が手を二回叩く。

「夏休みが楽しみなのはわかりますけどぉ。でも明日は終業式ですからね。最後まで気を引き締めること。それから」

 安井先生は一度そこで言葉を区切る。
その先の言葉が分かっているのか、クラスの空気は浮足立っている先ほどのものとは明らかに違う、アトラクションに乗る直前の高揚感さえ感じている。

「明日は、終業式後に『適正職業(ジョブ)検査』があります。詳細はみなさんのジョブが判明したのち、説明会が開かれますので、全員参加でお願いしますねぇ」

 あ、午後までかかる予定なので、お弁当を忘れずに持ってきてください。
安井先生が締めくくると同時、蜘蛛の子を散らすようにクラスメイトが動き始める。
ある者は一目散に扉へ向かい、またある者は友人たちと喋り始める。
その喧噪の中、のんびりと荷物をまとめる私に、暢気で明るい声がかかる。

「メグー。帰ろー」

 視線を上げると、予想通りいつもと変わらない顔。
活発な印象を与える、少年のような顔立ち、健康的な小麦色の肌。
塩素に浸かって色素が抜け落ちた、金髪に近い茶髪の彼女は、見た目に合わないのんびりとした口調で待っている。

陽夏(ひなつ)。もうちょっと待ってて」

 残った荷物を乱雑に鞄に詰め、閉まろうとしない蓋を無理矢理閉める。
パンパンに膨らんだ不格好な鞄を右手に、お待たせ、と陽夏に言う。

「今日どっか寄って帰る?」

 ぶらりと歩くは玄関前。
幾分か人のはけた靴箱前で、のんびり自分のローファーを取り出している陽夏に、私は両手を合わせてごめんなさいをする。

「ごめん陽夏。今日はお店の日なの」

 小学校高学年からの、早七年の付き合い。
最早私の事情は自分の事情とばかりに心得ている彼女は、いいよ、と言う。

「しょうがない。明日は休みじゃんね? ジョブに合う装備とか買いに行こー」
「いつもごめんね、明日は絶対行こう」

 ローファーのつま先を地面に打ち付けながら、私は明日の約束をする。
陽夏は既に靴を履き終え、私を待っている。

「お待たせ」
「いいってことよ」

 爪先に細かい傷がたくさんついているローファーを鳴らしながら、私と陽夏の影が伸びる。

「メグはさー、ジョブ、何がいいとかある?」
「あれ、珍しい。陽夏、滅多に言わないから、興味ないとか思ってた」
「興味はあるよう。だけどさ、聞かれたくないとかもあるじゃん? ちょっと、聞くのビビってた」

 舌を出して白状する陽夏に、私は小さく噴き出す。
思わず笑ってしまった私に対して、冗談っぽく頬を膨らませる陽夏も、やがて一緒に笑いだす。

「はー、おかしっ。陽夏がそんな気遣い屋さんだとは、初めて知ったよ」
「ウチだって気を遣うことくらいありますぅ。で、メグはジョブ、何がいい?」
「んー、とりあえず、ダンジョンの中に入れるものがいいなぁ。陽夏は?」
「ウチは逆ー。ダンジョンの外で稼げるものがいい」
「え、意外」

 なんで? と聞き返すと、陽夏は何か悪いことでも話すように周囲を窺い、そしてこっそりと耳元に唇を寄せてくる。

「だって、回復用のポーション、くっそ不味いって言うじゃん?」

 私は今度こそ爆笑した。

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