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   龍の集う夜

  

             西の茶店






 ぎゃああぁっ!

  

 それが声にならない第一声だった。



 あまりのショックのために、何が「ぎゃああぁっ!」なのかさえ、忘れてしまった。

  

 そして数分後、湖畔に映った自分の姿を凝視して、声にならない第二声が続いた。

 

 俺の色がぁぁっ!



 信じられなくて、バシャバシャと湖の水を手で散らした。



 でも揺れた水面が静まると、澄んだ湖畔に映った髪と瞳の色は明らかに紫を含んだ銀色だった。



 馬鹿な…髪と瞳が、紫銀になるなんて…!



 彼の名はユーリ。龍族の民で、天上界の四元素を司る四龍神の一。



 その中でも風を司る風龍と呼ばれる位の彼は、龍族の長、神龍の次に美しいと定評の銀の髪と瞳が自慢だった。



 ところが、今朝湖に水浴びに来たときはなんともなかった髪と瞳が、水浴びが終わってみると、紫銀になっていたのだ。



 紫は魔性の色。俺がいつ魔性と関わりを持ったんだ!このままじゃ、一週間後に控えた《四龍の集い》に出られねぇじゃねーか!



 思わずぎりぎりと歯軋りをして、口内の違和感に気付く。



 何かが足りない。いつもあるはずの、何かが…。



 嫌な予感が全身を突っ切る。この先は考えるのさえ恐ろしい。



 いくら本来の姿をしていないとはいえ、消えるはずなはい。なのに…。



「牙が、一本足りない…」



 あまりの連続的なショックに怒鳴ることさえ出来ずに、ユーリはただ呆然と呟いた。 

 

 牙が、消えた…!龍族の証とも言える牙が!



 上下に二本ずつ、四本の乳白色の牙が揃ってこそ、真の龍族。それが、一本足りない。



 理由も原因もわからず、がっくりと肩を落とすユーリの背後で、くすくすと笑い声がした。



「何をそんなに落胆しているんだい?ユーリ」



 はっとして、慌てて衣で髪を隠そうとしたのと同時に、その声の主に気付いた。



「…カイル!?」



「大当たり」



 楽しくてたまらない、というように笑う彼をユーリはぎっと睨みつけた



「なぜ、おまえがここにいる?」



 長い艶やかな髪。切れ長の瞳。それぞれに天上界にあり得ない色《紫》をくっきりと纏って、カイルは黒い装束に身を包んでいた。



「龍族の民が天上界にいて何が悪い?それとも、お偉い四龍神様は、魔性と関わったような魔龍は龍族ではない、と?」



 肩を竦めてみせるカイルに、ユーリはふと疑問符が浮かんだ。

 

 なぜカイルは、俺を見て驚かない?むしろ、それが当然とでも言うように笑っているなんて…。



 自分で出した疑問符に答えを出して、ユーリの表情はみるみる怒りに紅潮していく。



「…正直に答えろ。俺の色と牙を奪ったのは、カイル、おまえか?」



「もちろん。でも、それだけじゃないね。俺が頂いたのは、おまえの色と牙と鱗だ。いくら水浴びとはいえ、むやみに龍の姿に戻ったりして、迂闊なんじゃないか?おまけに取られたのに、全く気が付かないなんてそれでも四龍神、ユーリさまでいいのかね?」



「いくら幼なじみだって、本気で怒りゃぶっ飛ばすぞ!」



 胸ぐらを掴み上げるユーリに、カイルはムッとしたように手を振り払った。



「今の言葉、そのままおまえに返すよ、《四龍の集い》に出席なさる四龍神様」



「な…に!?」



 払われた手と、カイルの顔を交互に眺めて、ユーリは理解できずに首を傾げた。



「なにを、言ってるんだ…」



「なんのことだかわかりません、ってな表情してるな。ああやだ、なんでそんなに疎いわけ?やっぱりどれだけ能力があっても、ただの反抗的で馬鹿で物忘れのひどい若造だった?四龍神の一、風龍ユーリともあろう者が、ねぇ…」



 あからさまな嫌味の攻撃。ユーリは益々混乱して、頭を抱え込みたい衝動にかられた。



 俺が一体なにをした?



 しかも、それに対してカイルは完全にヘソを曲げている。



 幼い頃から悪ガキ同志で有名だったが、ユーリが四龍神になるのと同時に魔性と関わり、龍族の異端の魔龍となったカイル。未だに、その理由は明らかではないけれど。



 俺は、おまえを異端だなんて思ったことは、一度だってないぞ…。



「…もういい。鱗も牙も消滅させてやりたいところだが、あいにく人間界に通じる泉に捨てた後でね。期限は《四龍の集い》までだ。それ以上経過すると、鱗も牙も俺の龍神力で木端微塵になるようにしてある。

 せいぜい頑張って見つけてくれ。見つけたら色は返してやるよ。ま、その姿じゃ龍神力も使えないだろうけどな」



 一人納得して、カイルは現れたときと同様、いきなり姿を晦ました。



「カイル!」



 叫びに答える声もなく、ユーリはぐしゃぐしゃと髪に手を突っ込んだ。



「人間界に捨てただとぉ!?鱗が一枚でも欠けてりゃ龍の姿には戻れないし、牙が足りなけりゃ龍神力を使うこともできねぇ!一体どうやって探せってんだ、あいつ!」



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