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1.暴いてやる


「じゃ、これ、生徒会まで持って行ってくれる?」

書類の束を先生に渡された。提出物を持っていったら代わりに用事をまた任されてしまった。
 しかも、生徒会…か。

「あの、俺、急いでまして…」
「あー、それも急ぎなんだよなぁ…行って渡すだけだし、頼むな」

たぶん、嘘だ。断られるのが面倒だからそういうことにしてるだけだろう。俺も嘘だったからこれ以上は無駄だ。

「分かりました」

書類を持って、廊下に出た。一気に嫌悪感が溢れ出し、放棄してしまいたい。
 生徒会に行くのが俺は苦手だった。別にその場所が嫌なのではなく、生徒会長が嫌だからだ。
 先生に頼りにされ、生徒にも慕われてる、誰にでも優しくて成績優秀、文武両道…おまけに顔も良い。だが、俺にはどうも、気に食わない。
 へらへら笑ってるが、作り笑いなのが見え見えだった。他の奴らはあいつの内面なんて興味が無いんだろう。だから、外面ばかり評価されて人気に拍車がかかる。
 ああいうタイプは恋人になった女から、思ってたのと違うと言われてガッカリされて別れるのがオチだろう。
 実際は告白された女子はみんなフラれてるらしいが。本人の理想が高いのだろうか。
 いずれにしても、俺には関係のないことだ。
 生徒会までの道のりをわざとゆっくり歩いて、やっと、生徒会の看板が見えてきた。
 それがよりいっそう、気分を下げた。
 ドアをノックするとすぐに返事が返ってきた。
 生徒会長の声だ。声もいいってか…。

「失礼します、先生から書類を預かってきました」

目礼で済ませ、改めて生徒会長に目を向ける。
 どんなに毒づいても、この容姿だ。目が合った一瞬、緊張した。鋭い目に刺さるようにな目線だ。

「あぁ、そうか、ありがとうね。こっちまで持ってきてもらえる?」

机まで持ってこいと?
 近寄り、書類を彼に差し出すと、受け取ってくれた。会長は、書類をパラパラと確認し、頷く。

「これ、文化祭の関連資料か。あ…、君、もしかしてA組の委員長?」
「そうですが…なぜ、それを」
「いや、君は有名だからね。生徒会でも注目の高い生徒だよ。成績優秀だしね。成績ランキングは生徒会にも回ってくるし、上位の人は話題にも登るしね。この前の試験なんて、2位だったし、よく覚えてるよ」

嫌味か?その時の1位はお前だろうが。

「…それが何か」
「あぁ、いや、別に。ただ、興味が湧いただけ」

興味、か。俺も興味ならある。

「…会長は、疲れたりしないんですか」

無感情に棒読みのように言う。

「え」

チラりと伺うと困惑が見てとれる。
 まさか、あれ素なわけじゃないよな。

「どうして?」

あくまで、ごまかすか。こいつ、化けの皮剥がしてやりたいな。

「…うさんくさい作り笑いが気に食わないから、ですかね?」
「な、なにを…は、はは…」

顔が引きつってるのが、分かるが必死に自我を保とうと頑張る姿には関心する。
 いいよ、会長、あんたは頑張ったんだ。
 肩にポンと手を置く。そうすると、怪訝そうにその手を一瞥してくる。

「会長、作ってることくらい分かりますよ、その作り笑いいつも不快なので」
「お、おまっ、下手に出てたら調子に乗りやがって…はぁ…で?俺をどうするわけ」

眉を下げて困り顔をしていても、目は鋭かった。警戒、それとも怯えからくる見栄だろうか。いずれにしても、好機に思える。

「どうもしませんよ。ただ…気を抜く相手くらい、いたらいいのではと思っただけです。失礼なことをした自覚はあるので、謝罪ならしますが」
「じゃ、いまのワザとか?」
「…まぁ」
「いい度胸してるよ。分かった、もうバレてるなら作る必要ないもんな。けど、初めてだな。俺がネコ被ってるの言い当てたの」

痛いところをついてきた。理由ならあるが、本当のことを言ったところでだ。

「人間観察、無意識にやってしまうんで」
「ふーん…もっと興味が湧いたよ。和美(かずみ)ちゃん、ケータイ貸して?」
「え?」

ここで、テンポよくノリで簡単に渡すほどマヌケじゃない。警戒心はいつでも高い方だ。
 さすがに、分かっていた反応だったのか、相手は肩をすくめるだけだ。

「変なことはしない。ちょっとの間だけ。嫌だったら消してもいい」
「…連絡先、か」
「あれ、分かっちゃったか…うーん、嫌?」

消してもいいなんて、連絡先くらいだろ。バカじゃなかったら誰でも察するくらいはする。
 珍しく懇願するような顔だ。
 人と関わるのは正直得意ではない。今回だって、たまたま、接触する機会ができたから、ついでに暴いてやろうくらいのつもりだったために、深く関わる予定ではなかった。だが、たしかに不用意に関わった責任はある。

「…やむを得ないな。構わない」
「了解。はい、入れた。消さないでくれると嬉しい」
「消しはしない」

そこまで、冷酷ではないしな。部屋の時計を見上げると、5時になろうとしていた。
 もうこんな時間か。
 帰る旨を伝えようとしたが、先に会長が口を開いたのでタイミングを逃した。

「和美、時間ヤバいんだろ。俺も帰る。一緒に出よう」

予想してなかったわけではないが、思考が停止するほど驚いた。完璧なほど整った顔が涼しげに微笑んだ。俺の考えなど、いかにちっぽけか分からせるみたいに。俺は一度も名前を言わなかったのに、もう下の名前で呼び捨てにする彼が眩しいと感じる。

「会長…貴方の名前、なんでしたっけ」
「あれ?何だ、知らなかったんだ。三橋鷹也(みはしたかや)、鷹也でいいよ」
「…なら、鷹也さんで…」

言われた通りに鷹也なんて言わなければ良かったとすぐに後悔した。そもそも、親しくなった友人なんかは数えるほどしかおらず、下の名前で呼ぶなんてもってのほかだ。

「うん、それでいい」

満足そうに頷く、鷹也を見てこれでいいのだと思うようにした。
 二人で生徒会室を出て、下足室まで向かう。

「和美は生徒会には興味なかったんだ?」

向かう途中、鷹也が言う。

「無かったわけじゃない…ただ、自分の自由を優先しただけだ。放課後に活動があるだろう」
「へぇ。和美も面倒とか思うんだな」

そういう訳じゃない。勉強の時間が減るのが惜しいと思っただけだ。

「そういうことでいい」



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