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シンヤが亡くなった

しかし、そんなまひるに真也は近づき頭をぽんと撫でる。その動作は普段真也がまひるにするようなものとは全く違い乱暴なものでありまひるの髪はあっけなくぐしゃぐしゃにされてしまう。しかしまひるはそのことに文句を言うこともなく黙っていた。
真也は「ごめんな」と言うと自室に戻っていった。残されたまひるは乱れた髪を手で整えながらその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
その後数日間、まひるは何事も無かったかのように過ごしていた。だが、シンヤの死を嘆いていた妹の姿はもう無い。しかし、真也はそのことを指摘することなく、ただいつも通りに過ごすまひるの姿を黙って見つめるだけだった。そんな折、学校では生徒たちの健康チェックが行われることとなった。シンヤが亡くなった直後であり学園側としては何かしらのイベントを行い生徒の気分転換を図りたい意図もあったようだったが真也の知ったことでは無かった。
検査は教室で行うためクラス毎に順番待ちをしなければならず真也が呼ばれることは無かったがまひるが呼び出されたのだけは確認した。
シンヤの葬式を終えた後も何度か行われる問診によって、真也も他の生徒と同様に様々な薬の服用を余儀なくされたが真也にはその実感はない。しかし真也にとってどうでも良かったが、周りの人間から見ればシンヤの葬式から日も浅く、彼の精神が不安定であることは誰の目から見ても明らかだった為その配慮は有難かった。また、彼の見た目が変化したのも大きい。
葬儀の直後にまひるの『異能』で元に戻ったはずの彼の髪の毛は再び色素を失ったように白くなっており、その風貌は『殻獣災害に巻き込まれた高校生』というよりはまるで『戦争帰りの兵隊』と言った風体に様変わりしていたのだ。
クラスメイトから向けられる心配や好奇の目に嫌気が差し真也は教室を出る。
彼の頭の中では数日前のまひると交わしたやりとりがありありと再生されていたからだ。
(『私がお嫁に行く時』か……あの時のまひるはどんな気持ちだったんだろう)自分がもし誰かと結婚することになったなら……その仮定を、真也は決して想像しなかったわけではない。だがその未来において妹の存在があるというのはどうしても思い浮かばなかった。だから、彼の脳裏にその光景が鮮明に浮かんだのは初めてのことだった。
真也はまひるとの思い出を振り返り、彼女が自分を兄の視点で見ることが無くなったのを悟る。今までならば彼女が自分に抱きついてくることやスキンシップを図ってくることはあった。
しかし今の彼女はそれを一切しようとしない。それは、彼女の兄への執着が完全に消え失せたからだろう。そして、彼女も真也と同じ結論に達したから、自分の目の前にその事実を突きつけてきた。
だからこそ真也は彼女と共に過ごした日々を思い返し、自分のしてきた事に改めて後悔の念を抱く。
「まひる、ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」「はい」
そう切り出すとまひるは即座に返事をした。その表情からは感情は読めず、何を言われるのか予想すらできていないように見えた。
「……」真也は何をどう話すかを考えていなかったことに気づき一瞬言葉に詰まる。しかしここで言わないという選択肢は存在しないと意を決して口を開いた。
「俺は、まひるの兄として相応しくないと思う」「……どういう意味ですか?」
「言葉通りだよ。今まひるとこうやって会話をしていても、俺にはまひるを妹と思えないんだ」
「それは」まひるの表情が初めて変わる。それは怒りか悲しみか。「……私の事を好きじゃなくなった、って事ですか?」
「……そうだね」
真也がそう言い切るとまひるの瞳が揺れた。しかしその目はまっすぐ真也を見ており、動揺の片鱗さえ感じられない。
「……私は……私は!……お兄ちゃんのこと大好きですよ」
「そう……だね」
その言葉を絞り出し、必死に訴えかけるような瞳をするまひるを見て真也の心にチクリとした痛みが走った。その痛む胸から目を逸らすように真也は自分の心を整理する。そして、彼女に嘘をつくべきではないと考えなおした。真也が彼女のことを嫌いになった訳でない以上、彼女を納得させられる答えを探すしかない。そうして導き出したのは……。
「……まひる。……いや、まひるじゃないな。……ソフィア・サザーランドさん。……貴女の想いに向き合えず、申し訳なかった」
真也の口から出てきたのは、彼自身にも予想外の答えだった。
「なっ……」
まひる、否、ソフィアが声にならない声をあげる。真也はその姿を見て「やっぱりそうなんだ……」と小さく呟いた。真也は以前見た夢の内容を思い出していた。
「な、なんで私の名前を……!」
まひるは驚きながらもどこかに確信があった。しかしそれを否定する声があがる。
真也が、自分の名前を知っていた。それはこの世界におけるまひるの名前ではなく現実世界での真也の記憶が戻っている事を表しており、まひるにとっては喜ばしいことだったが今は状況が悪すぎた。
何故なら真也がその名前を知っているのは、夢の中の彼がまひると会った事があるからである。
そしてその真也に自分とレイラの関係を知られてしまった、ということはつまり……自分の恋心が、彼にバレているということである。それは乙女にとって致命的な事態だった。
「あ、あ、あ……あああ、ぁ……あぅ……!」
真也は突然挙動不審になり顔を真っ赤に染め、目線をキョロキョロと動かすまひるの姿から全てを察した。
(あ、あ〜。そういえばまひる、寝ぼけてた時に言ってたなぁ……あの言葉はこういう意味だったんだ)
真也の胸に、ちくりとした痛みが走る。真也はそれが何か分からなかったが無視をして口を開く。
「……大丈夫、安心して欲しい。まひるのことは好きだよ、妹として」
その言葉を聞いてまひるの頬はさらに朱色に染まる。
真也が、まひるを、妹の、好きな女の子を、自分の妹だと勘違いしているという事実を知ってしまったまひるは恥ずかしさに耐えられずにその場にしゃがみこんだ。
真也は「ごめんね」と一言言うと足早に去っていった。
それから数日経っても、真也とまひるは互いに気まずさを感じてしまい距離を置くようになっていた。
元々兄妹という事で近すぎはしていたが、それでも以前よりも2人の間には見えない壁ができているようだった。
その様子は他の生徒から見ればすぐに分かるほどで『何か』あった事は明白であった。しかし、まひるに直接聞くわけにも行かず皆、気遣うしかできなかった。
そんな時、クラス担任の教師がクラス全員に対して検査の終了を伝えた。その知らせは生徒たちを歓喜させる。
真也もその例に漏れずに安堵した。これでやっと、まひるとの仲が進展することは無いだろうが、変な空気感から脱却できるからだ。
真也も検査を受けに教室を出る。そこで、真也はふと違和感を感じた。検査場へ向かう他の生徒たちは普段よりも表情に張りがあり笑顔が溢れているというのに、一人、真也だけが浮かない顔のまま歩いている。
しかし彼はその理由に思い当たることがあった。

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