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こんにちわ赤ちゃんでごじゃりまするぅ その3

 ヤルメキスが産休に入って3日経ちました。
 
 ヤルメキススイーツの新人がまだ見つかっていなかったため、僕が助っ人に入って作業を手伝っていたのですが……今朝はその作業を行っているケロリンが少々遅れ気味といいますか、いつもの時間にお店に顔を出していません。

 不思議に思っていると……ここでようやくケロリンが厨房に姿を現したのですが、
「う、う、う、う、う、う……」
 厨房に飛び込んできたケロリンは、なんかそんなことを繰り返しています。
「ど、どうしたんだい、ケロリン?」
 僕が思わず目を丸くしている前で、しばらく身もだえしながら「う」を連発していたケロリンだったのですが、

 そんなケロリンの横に、スアが転移してきました。
「……産まれた、わ」
「そう! それですぅ!」
 さらった言ったスアに、ケロリンは思い切り頷きながら同意の言葉を口にしていきました。

「え?もう!?」
 僕は思わず目を丸くしました。

 ヤルメキスの予定日はまだ2週間先だったはずです。

 とはいえ、産まれたのであればめでたいわけです。

 すぐにでも駆けつけたかった僕なのですが……まずは調理作業をこなさないことには、コンビニおもてなし全本支店ならびに出張所が開店出来ませんからね。

 ケロリンと一緒にヤルメキススイーツを作りつつ、魔王ビナスさんと弁当などを作成していくという、最近恒例となった超忙しいモードで朝の調理作業をこなしていった僕。

 スアは、ヤルメキスの異変をいち早く察知して、転移魔法でオルモーリのおばちゃまのお屋敷に出向いて、出産の手伝いをしていたんだそうです。

 これはあとでヤルメキスから教えてもらったのですが……
 超絶寝起きの悪いスアは、陣痛で苦しんでいるヤルメキスの眼前に出現すると、
『ま、ま、ま、まるで地獄の大魔王のようなお顔でですね『……おまた……あけて』と、地獄の底から響いてくるようなお声で言われた時には、もう私、生きている心地がしなかったでごじゃりまする』
 と、まぁ、そんなことをしでかしていたようでして……

 でも、このスアのおかげで、ヤルメキスは無事出産を終えた次第です。
 もちろん、母子ともに健康です。

 こうして、ヤルメキスは元気な赤ちゃんを産んだわけです、はい。

◇◇

 コンビニおもてなしでは、現在ウルムナギ又5人娘が、魔王ビナスさんの研修を受けていまして、営業時間の人手は十分足りている状態でした。
「本店の営業は私が引き受けましたので、店長さんも、ケロリンさんも、ヤルメキスさんの様子を見てきてあげてくださいな」
 魔王ビナスさんのご配慮を受けまして、僕はケロリンと一緒にオルモーリのおばちゃまのお屋敷へと移動していきました。

 ヤルメキスの部屋は、旦那さんのパラランサくんと当然同室です。
 2人で住んでいるにしてはかなり広い部屋でして……なんでも、このお屋敷って相当古い物らしく、それをオルモーリのおばちゃまの一族が代々引き継いでいるんだそうです。

 で、そんな豪華な部屋の中にあります、寝室の中にヤルメキスがいました。
 出産疲れのためでしょう、安らかな寝息をたてているヤルメキス。
 その横に、生まれて間もない赤ちゃんが並んでいました。

 1,2,3,4,5……って……え? 12人!?

 再度数え直した僕ですが……やはり間違いありません。

 ヤルメキスの横には12人の赤ちゃんが並んでいた次第です。

 男5人
 女7人
 合計12人

 ……こういう場合、12人つ子とか言うんですかね?
 確か、僕が元いた世界では八つ子が世界記録だったような気がするんですけど……ヤルメキスってば、それを4人も上回っているわけです、はい。
 まぁ、種族の違いもありますし、一概に同列で比べることは出来ないわけですけどね。

 様子見のために、朝からこの部屋でヤルメキスの具合を見てくれていたスアによりますと、
「……みんな元気、よ」
 とのことです、はい。

 ……しかし、12人かぁ……

 その赤ちゃん達を見ていると、僕は思わず「名前をつけるのが大変だろうなぁ」なんてことを考えていた次第です。

 ちなみに、この赤ちゃん達ですが……
 蛙人のヤルメキスと、人種族のパラランサくんの間の子供だからでしょう。

 半分は、僕がよく知っている赤ちゃんと同じ姿をしていたのですが、残りの6人は、僕が始めて見る姿をしていました。

 いえね、6人みんな女の子なのですが……その6人には大きな尻尾が生えていたんです。
 その尻尾……例えるなら、そう、オタマジャクシの尻尾と瓜二つといいますか……

 スアによりますと、
「……この6人は、幼いうちは水の中にいれておかないといけないの」
 とのことでして、
 ベッドに並べられている彼女達6人は、その言葉通り小型の桶の中にいれられていました。
 顔までつからないように、桶の中には半分程度のお湯がはられていまして、すべて人肌の暖かさに保たれているそうです。

 よく見ると、その桶の中にはそれぞれ魔石が入っています。
 おそらくスア製のこの魔石のおかげで、温度が保たれているのでしょう。

 よく考えたら、スアがまるで産婆さんのような役割を担っていたわけです。
 ちなみに、スア自身が出産した際には、スアの使い魔の1人であるキキキリンリンがそのお世話をしてくれたのですが……
「……あれからね、キキキリンリンに色々教えてもらった、の」
 とのことでして……

 未知のことや、興味を持ったことはとことん調べ上げないと気が済まない性格のスアですから、キキキリンリンにもあれこれ聞きまくって勉強しまくったんだと思います。

 その過程で、ヤルメキスのような蛙人の出産に関する知識も深めていたのでしょう。

 そのおかげで、こうしてヤルメキスは無事に出産することが出来たわけです。
 ほんと、スアの勉強熱心さに、あらためて感謝しないといけませんね、これは。

 ちなみに、このオタマジャクシな女の子達なのですが、
「……尻尾は、半月くらいでなくなるはず、よ。あとは、ヤルメキスみたいになっていくはず、ね」
 スアによると、そういうことなんだそうです。

 ホント……この世界の亜人種族の皆さんって、いろいろあるんだなぁ、と、改めて実感したわけです。

◇◇

 その日は結局ヤルメキスが目を覚ますことはありませんでした。

 夕方になり、パラランサくんも帰って来ましたので、僕達は入れ替わるようにしてお屋敷を後にしていきました。
 オルモーリのおばちゃまからは夕食を食べていくように勧められたのですが、子供達を残してきていますし、まだお店の片付けなんかもありますしね。

 オルモーリのおばちゃまの家に居候しているケロリンを残し、僕とスアは家路につきました。
 スアの転移魔法を使用すればすぐなのですが、今日は僕もスアも少し一緒に歩きたい気分でした。

「……みんな可愛かった、ね」
「うん、そうだね」
 僕とスアは、手をつないで歩きながらそんな会話を交わしていました。
「……旦那様」
「ん? なんだいスア?」
「……うふ」
 僕を見上げたスアは、意味ありげといいますか、嬉しそうに微笑みました。

 あぁ、あれですね、きっと……可愛い赤ちゃんを見て、自分もまた赤ちゃんを……そんな事を思ったんでしょう。

 僕は、そんなスアににっこり笑顔を返すと、その手を強く握りしめました。

◇◇

 で、まぁ、そのまま何事もなく、僕とスアは家へと帰っていったのですが……そんな僕達が再びオルモーリのおなちゃまのお屋敷へと駆けつけたのは。この5時間後のことでした……

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