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第50話 上司さまは神様です

「天津さん」結城が叫び、
「天津さま」本原が口を押えた。
「天津さま?」結城が本原を見て訊き返す。
「天津さまは神さまです。気軽に“さん”づけではお呼びできません」本原が口から手を離し真顔で回答する。
「あー、そうかあ」結城は天井を見上げ納得したが「いや、ていうか天津さん、死んでるの?」すぐに眉根を寄せて棺桶様の木箱に納められ横たわる天津を見て言う。
「そんな」本原は再度口を押える。
「神様ならば死ぬはずはない」時中が理屈立てる。「あれは……替えの依代じゃないのか」
「替えの?」結城が目を丸くして時中に訊き返し「あー、そういや前スサノオに雷で真っ黒焦げにされた時も、マヨイガに追加発注してたよね。え、てことは」再び箱の中の依代を見る。「まさかまた、天津さんスサノオにぶっ殺されたのか」
「天津さんの依代が、だ」時中が訂正する。「これからマヨイガはこれを納品するのだろう……ということはもうすぐ、天津さんがここに来てくれるはずだ」
「おっ」結城は手をぱんと打ち合わせた。「ようし! 感動の再会だ」
「けれどマヨイガさまがここにいることを、天津さまはおわかりになるのでしょうか」本原が首を傾げる。「私たちはかなりの距離を車で走って来てここに辿り着きましたけれど」
「あー、そうかあ」結城は天井を見上げる。「迎えに行ってあげたいけどねえ」
「前の時は、マヨイガの方が天津さんや我々の居る場所に出現したはずだ」時中が記憶を辿る。
「あー」結城は引き続き天井を見る。「そうだったよねえ。てことは」
「マヨイガさまは今から天津さまのいる所まで移動なさるのでしょうか」
「どうやって?」結城と時中の声が完全シンクロした。
「いや」時中がすぐに否定する。「マヨイガはじめ出現物というのは、移動するのではなく“出現”するもののはずだ。そこに突然、いつの間にか出現するんだ」
「そうか」結城が時中を見る。「てことは」
「一度お消えになって、それからまた出現なさるのですか」本原が確認する。
「お消えになる」結城が本原を見て復唱する。「え、消えちゃうってことは、俺らはどうなるの?」
「理屈でいえば、ここに置き去りにされるのだろうな」時中が周囲をぐるりと見回す。
 馬が厩の中で首を下げ水を飲んだ。
「まじか」結城が目を見開き、
「まあ、そんな」本原が口を押える。
「まずい事態になるかも知れないぞ」時中が眉根を寄せて馬を見る。「そもそもここは洞窟の中でもなさそうだし、スサノオのいる所まで戻るにしても方向さえわからない」
「じゃあさ、必死でしがみついといたらどうかな」結城が人差し指を立てて提案する。「その辺の、柱とかにさ。そしたら置いてけぼりは食わないかもよ」
「消滅するんだぞ」時中が首を振って異議を唱える。「置いてけぼりを食わないとしても、一緒に消滅することになる」
「まじか」結城はぎゅっと目を瞑って天井に顔を向けた。
「あのお馬さまも出現物なのでしょうか」本原が厩を指差す。「見たところ、普通のお馬さまですけれど」
「あ」結城が続いて馬に注目する。「そうだよ。馬もおんなじ生き物なのに、マヨイガが消滅してまた出現しても無事なんじゃないの」
「しかし実際に我々はその現場を見ていないだろう」時中が否定する。「マヨイガと一緒に馬が消えて出現するところを」
「うーん」結城は腕を組んだ。「それはそうだけどねえ」
「それに、天津さまの依代も、一度消滅してまた再出現することになるのでしょうか」本原はさらに穿つ。「もし品質が変ったり劣化したりするのならば、納品できないのではないでしょうか」
「しかし依代は、今の時点では“生きていない”ものだからな」時中もさらに穿つ。「生き物に比べれば、再出現しやすいのかも知れない」
「うーん」結城はぎゅっと目を瞑り腕を組み直して天井を見上げた。「なんか色々考えたら、頭疲れて来たなあ。お茶と饅頭、食おうか」板の間の方を見る。
「いただくのですか」本原が確認し、
「――」時中が眉根を寄せた。
「いいんじゃない」結城は笑いながら板の間を親指で指す。「どうせ消滅するんならわけのわかんない饅頭ぐらい食ってもさ」
「そういう理屈は成り立たないだろう」時中は否定する。
「けれどお茶も冷めているでしょうし、さっきお馬さまに一人分差し上げましたから結城さんのがないですよ」本原が指摘する。
「あそうか。え、あれ俺の分なの」結城は自分を指す。

 こぷこぷこぷ

 その時また、板の間の方から茶を注ぐ音が聞えた。三人は一瞬目を見合わせ、直後板の間へ走り出た。
 板の間には、誰もいなかった。ただ卓の上の茶菓が、増えているだけだった。六人分。すべての湯呑から白い湯気が立っている。六人分すべて、淹れ立てのようだ。
「何、これ」結城が目を丸くする。
「誰が淹れていたんだ」時中が周囲を見回す。
「マヨイガさまが一瞬でお淹れになったのでしょうか」本原が口を押える。

「皆、大丈夫か」

 突然玄関から響いた叫び声に、三人は飛び上がった。振り向くと、酒林が板の間の上がり口に駆け寄って来るところだった。
「えっ、酒林さん?」結城が目を丸くし、
「何故ここに」時中が疑問を口にし、
「オオクニヌシさま」本原が口を押える。
「怪我とか、してない?」酒林はまず本原を気遣い、それから他二名の男子にも「無事?」と訊いた。
「はいっ、問題ありません」結城は背筋を伸ばして大きく頷く。
「ここまで、どうやって来たんですか」時中が質問する。
「マヨイガさまの方が、お近くに出現なさったのでしょうか」本原が追加質問する。
「うん」酒林は笑って頷く。「あまつんが、ワゴン車を売ったからね。買い取りに来てくれたよ」
「ワゴン車を?」三人が同時に訊く。
 そこへ、天津が両手を頭の後ろに組み、どこかかったるそうに玄関の方から歩いて来た。
「あっ、天津さん」結城が叫ぶ。「お疲れっす」
「天津じゃねえよ」天津は口を尖らせた。「俺はスサノオ」
「あ」結城の笑顔が消える。「お前、スサノオか」
「僕はここです」柔和な、いつもの天津の声が、板の間の奥から聞えた。
 振り向くと、畳の上に置かれていた木箱の中に天津が立って、いつもの微笑みを投げかけていた。
「皆さん、無事でよかったです。すいませんでした、本当に」木箱の中からぺこりと頭を下げる。
「おお」結城は二人の天津を交互に見た。「天津さんが二人」
「だから俺は違うって」土間に立つ方の天津が口を尖らせる。
「その依代は別のものに取り替えられないのか」時中がスサノオに対し要望を述べる。「同じ姿でいられると混乱する」
「そうだな」酒林が頷き、畳の部屋から板の間に出てきた方の天津に訊く。「経費で落とすとか、可能? こいつの依代代」訊きながら土間側の天津、つまりスサノオを親指で指す。
「いや、それはさすがに」天津は嫌そうな顔で首を傾げる。
「だよなあ」酒林は苦笑する。「咲ちゃんぶち切れるよな。じゃあお前、自腹で取り替えろ」スサノオを指差して命じる。
「やだよ、高いのに」スサノオはますます口を尖らせ「てかさっきからお前だのこいつだのって、お前俺の息子だろ。なんつう口の利き方すんだよ」酒林を指差し返す。
「まあまあ皆さん、まずはお茶でもいただきましょうよ」結城が仲裁に入る。「せっかくマヨイガさんが、二度も三度も淹れてくれたんすから」説明しながら板の間の床を手で示す。
「二度だけです」本原が訂正する。
「マヨイガはいつの間に、酒林さんたちの近くに行ったんだ」時中は腑に落ちない顔で疑問を呟く。「一度消えたのか」
「まあ、そうだろうね」酒林は微笑でその疑問に答えながら板の間に上がる。「いつものように、突然音もなく出現したからね」
「てっきりお前ら全員、食い殺されてると思ったけどな」スサノオもせせら笑いをしながら板の間に上がる。
 その憎まれ口に新人たちは目を見合わせたが、何も言えなかった。
「だからそんなわけないって」酒林は眉をしかめてスサノオに反論した。「マヨイガは備品の提供をしてくれるだけなの」
「じゃ何、こいつらに何か提供するつもりで誘拐したのかよ、マヨイガの奴」スサノオは目を細めて確認し「お前ら、何かもらった?」新人をぐるりと見渡して訊く。
 新人たちはやはり言葉に詰まったが、
「いや、何ももらってない」と時中が答え、
「いや、お茶とお菓子もらいました」と結城が答え、
「いえ、まだいただいてはいませんでした」と本原が答えた。

「天津君、査定額来たわよ」

 木之花の告げる声が届いたが、それを聞いたのは天津と酒林とスサノオだけだった。
「おっ」天津が右耳を片手で押えて反応する。「幾ら?」
「え、何がすか」結城が訊くが、神たちは伝えられた金額の確認に集中していた。
 そして、
「うへー」
「それだけ?」
「買い叩かれ過ぎだろ」と、神たちは嘆き、笑い、それぞれコメントを述べた。
「え、ワゴン車の値段すか」結城が再度訊く。
「はは」天津が、懐かしき気弱げな微笑を浮かべる。「まあ、今回は皆さんの保護をしてもらえたという事で、金額は問題ないです」
「天津の依代代の半分以下じゃねえか」スサノオがせせら笑いながら企業機密をばらした。「コスパ悪っ」
「えーっ」結城が目を見開き、
「幾らなんだ」時中がさらなる詳細を知りたがり、
「まあ、素敵」本原が溜息混じりに囁き、
「お前、何機密情報漏洩してくれてんだ」酒林が憤り、
「法的措置を取るぞ」天津が珍しく厳しい事を口にした。
「しかし本来、神の依代と一般的な自動車メーカーの車が同列の金額で取引されるというのは、どうなのか」時中がさらなる疑問を独り呟いた。
「桁が違う話になるのではないでしょうか」本原がコメントした。
「まあとにかく、これでマヨイガの用は済んだってことで」酒林が茶を飲み干して言った。「行きましょうか」
「行く、って」結城がきょとんとして訊く。「どこへすか」
「“対話”だよ」スサノオ側の天津が溜息混じりに答える。「せっかく俺様が空洞用意してやったんだからな」
「いや」本家の天津がぴしりと拒絶する。「クライアントに妙な心配をさせるわけにはいかない。新人さんたちはまだOJTの途中だ。元いた洞窟に戻る」
「なんでだよ」スサノオは声を荒げる。「このまま帰ったって、こいつらには何も残らねえぞ。やるならきちっと、最後までやらせねえと駄目だろ」
「お前のやり方は危険過ぎる」酒林が加勢する。「新人さんたちを鍛えるどころか、下手すると命の危険にさらしてしまうだろ」
「えー」結城が肩をすくめる。「それはちょっと」
「へっ、よく言うよ」スサノオ天津はぷいと横を向いた。「今までお前とこの企業、何人の新人を見殺しにして来たよ」
 全員が、黙り込んだ。

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